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2011年10月31日

アスベスト含有廃棄物の無害化処理の評価について

【研究ノート】

山本 貴士

はじめに

 アスベスト(石綿)は天然の繊維状鉱物であり、蛇紋石属の鉱物であるクリソタイル、角閃石属の鉱物であるアモサイト、クロシドライト、アクチノライト、トレモライト、アンソフィライトの鉱物が含まれます。アスベストには、張力に対して強い、耐熱性や保温性に優れる、摩耗や薬品に強い、布などに織ることができるなどの優れた性質があり、吹付石綿や石綿スレート板などの建築材料(建材)やパッキン、ブレーキライニングなどとして使用されてきました。その一方、アスベスト繊維の吸入による石綿肺や肺がん、中皮腫などの健康被害がアスベスト製品製造工場の従業員などに発生したことから、今日ではアスベスト製品の製造や使用は原則禁止されています。しかし、現在でもアスベストを含む建材を用いた建築物が多く残されており、今後建築物の改築や解体により大量のアスベスト含有建材が廃棄物として排出されることが予測されています。こうしたアスベスト含有廃棄物のほとんどは埋立処分されますが、埋立処分場の残余容量が不足しているなどの理由により、今後は環境大臣が認定した無害化処理の方法による処理が推進されます。

 ここで、アスベスト含有廃棄物が「無害化した」ということはどのようなことを言うのでしょうか?環境省の定める無害化の基準には、無害化処理物中に石綿が「検出されないこと」とあり、無害化処理物を「建材製品中のアスベスト含有率測定方法」(JIS A 1481、以下JIS法と略記)に準拠する方法により試験したときに、アスベストが検出されなければ「無害化した」とする考えです。無害化処理の評価としてアスベストが検出されないことは確かに妥当なのですが、建材よりも低濃度である無害化処理物にJIS法を適用することが適当なのかといった問題があります。

 このような背景から、私たちはアスベスト含有廃棄物の無害化処理の評価に関して、(1)無害化処理物中のアスベストの試験法の検討、(2)一般環境試料中のアスベスト濃度の把握、(3)熱処理によるアスベストの鉱物組成及び繊維数の変化、の3つのテーマで研究を行いました。

無害化処理物中のアスベストの試験法の検討

 前述した通り、アスベスト含有廃棄物の無害化処理物の試験法としては、JIS法が準用されています。JIS法はX線回折法と分散染色法の2つの方法から構成されますが、X線回折法には繊維の観察ができず定量下限値も0.1重量%と高い、分散染色法には微細な繊維を観察できず繊維同定も十分でない、といった問題があります。アスベストの毒性はその繊維形態に起因するところが大きいため、私たちは微細な繊維の観察が可能であり、繊維同定の確度が高い測定法を用いることが適当であると考え、このような条件を満たす透過型電子顕微鏡法(以下TEM法と略記)を測定法として採用しました。写真1にTEM法で観察したクリソタイル標準物質を示しますが、TEM法は幅が数十ナノメートルであるクリソタイル繊維の観察が可能で、電子線回折による結晶構造の確認とエネルギー分散X線分析による元素組成の把握により繊維同定の確度が高いのです。また、TEM法による測定のための観察試料の作製方法として、無害化処理物を破砕して水中に分散させ、これをフィルターにろ過することで内部の繊維を観察できる方法を開発しました。この試験法を無害化処理物(溶融スラグ)の評価に適用したところ、アスベストでない繊維の濃度範囲は47~170Mf/g(Mf/g:試料1g当たり繊維100万本)でしたが、アスベスト繊維はいずれも不検出でした(検出下限値:1.5~4.4Mf/g)。これらの試料は別途JIS法によっても分析しており、いずれも不検出でした。以上はアスベストの繊維数濃度の試験結果ですが、繊維サイズの計測から重量濃度を求めることも可能であり、その場合JIS法の定量下限値より数桁低いμg/gオーダーの濃度のアスベストの定量が可能です。本試験法の問題点としては、TEM法での観察面積が限られるため、試料の代表性の確保や適切な分析精度管理の実施が求められることがあり、この点から多量の試料の分析が可能で精度管理の点で有利な試験法であるJIS法と相補的に用いることが望ましいと考えます。

写真1
写真1 クリソタイル標準物質の透過型電子顕微鏡による観察
(左) 繊維画像、 (右) 電子線回折像

一般環境試料中のアスベスト濃度の把握

 アスベスト含有廃棄物の無害化処理を考える上で、一般環境土壌相当までアスベスト濃度が低減されていれば、処理物が環境中におかれても問題となるような汚染は発生しないと考えることもできます。従って、私たちはクリソタイルなどのアスベストが存在する可能性の高い蛇紋岩地域6カ所(熊本県、長崎県、埼玉県、北海道3カ所)と非蛇紋岩地域1カ所(千葉県)において土壌試料を採取し、偏光顕微鏡法と上述のTEM法によりアスベスト濃度を測定しました。蛇紋岩地域土壌からは微量のクリソタイルが検出された他、一部試料からはトレモライトが検出されました(写真2)。トレモライトが検出された地点での濃度は、表層が0.042%であるのに対して、深層(90~150cm)が6.2%であり、土壌表面で風化がおきる過程で繊維形態が保てなくなり濃度が低下した可能性が考えられました。北海道の蛇紋岩地域においては、蛇紋岩露頭土壌や旧石綿鉱山から流出する沢の堆積物等、濃度がパーセントオーダーに達する試料もありました。また、これらの地域で大気中のアスベスト濃度も同時に測定しましたが、概ね環境省の大気濃度調査と同程度であり、顕著な飛散は認められませんでした。また、旧石綿製品工場跡地周辺においても土壌などの環境試料を採取し、TEM法によりアスベスト濃度を測定しました。繊維数濃度(重量濃度)の結果は、土壌2試料で44~62Mf/g(0.56~1.5μg/g)、河川底質4試料では17~25Mf/g(0.51~9.6μg/g)でした。これらの濃度の持つ意味については、重量当たりの繊維数がアスベストの毒性に直接関連するわけではないので評価が難しいのですが、米国で蛇紋岩地域の土壌や運河の底質試料中のアスベスト繊維数濃度として、54~770Mf/gという値が報告されています。

写真2
写真2 蛇紋岩土壌試料中のアスベスト繊維 (矢印)の偏光顕微鏡による観察
(左) トレモライト、 (右)クリソタイル

熱処理によるアスベストの鉱物組成及び繊維数の変化

 アスベスト含有廃棄物の無害化処理の代表的な方法は溶融処理などの熱処理であるため、熱処理によるアスベストの鉱物組成や繊維数の変化を把握することは重要です。従って、クリソタイル、クロシドライト、アモサイト、トレモライト、アンソフィライトの各標準物質を400℃から1500℃の温度で熱処理し、X線回折法により鉱物組成変化を、TEM法により繊維数濃度を評価しました。X線回折法による評価では、クリソタイルは500℃、クロシドライトは800℃、アモサイト、トレモライト、アンソフィライトはいずれも900℃以上でこれらの結晶に由来する回折パターンが消失し、より高温で他の鉱物の結晶由来の回折ピークが出現することを確認しました。TEM法による評価では、クリソタイルとクロシドライトは低温で繊維数濃度の減少が始まるのに対して、アモサイトなど他のアスベストは高温まで繊維数濃度が減少しないことが分かりました(図1)。また、アスベスト単体の熱処理によって繊維数濃度を上述の旧石綿製品工場跡地周辺土壌・底質と同程度まで低減するためには、クリソタイルやクロシドライトでは1000℃以上、アモサイトなど他のアスベストでは1400℃以上での処理が必要であることが分かりました。

図1
図1 アスベスト繊維数濃度と処理温度との関係

おわりに

 本研究で開発したTEM法による無害化処理物中のアスベストの試験法は、処理物中の微量のアスベストの定量が可能であり、環境省通知「石綿含有一般廃棄物等の無害化処理に係る石綿の検定方法について」に反映された他、無害化処理の環境大臣認定にも活用されています。また、TEM法を適用することで、一般環境中のアスベスト濃度の把握やアスベスト熱処理物の評価も行うことができました。TEM法には上述の長所がある反面、分析に要するコストや時間などの問題もありますが、環境省の「アスベストモニタリングマニュアル」に採用されたこともあり、今後普及することを期待しています。

(やまもと たかし、資源循環・廃棄物研究センター
循環資源基盤技術研究室主任研究員)

執筆者プロフィール:

山本 貴士

入所後20年が経ちました。その間様々な有害物質の分析や環境動態に取組み、今はアスベスト研究に携わっています。アスベストが特定粉じんとして規制されたのも約20年前のことで、有害物質の問題は一朝一夕には終わらないものだなあと痛感しています。