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2016年2月29日

森林の窒素飽和と林内環境の関係

特集 森林の水質保全機能の可能性 -森林管理による窒素飽和の緩和に向けて-
【シリーズ先導研究プログラムの紹介:「流域圏生態系研究プログラム」から】

林 誠二

はじめに

 森林における窒素飽和は、大気降下物由来の慢性的な高窒素負荷を受けることによって森林生態系が窒素過剰状態に陥ることを意味しています。それでは、同じくらいの高い窒素負荷を受け続けた森林生態系は、すべからく窒素飽和状態へと移行するのでしょうか。私たちが2007年から2008年にかけて、茨城県筑波山全域にわたる40箇所の森林小集水域(いずれも源流域)において晴天時に年4回調査した渓流水中の硝酸性窒素濃度を各地点について平均すると、最も低い地点で0.5 mg/L,最も高い地点で4.2 mg/L,40地点を平均すると1.8 mg/Lとなり、同程度の窒素負荷を受けていると考えられる近接する集水域間でも、濃度は大きく異なっていることが確認されました。このように、渓流水中の硝酸性窒素濃度、すなわち森林生態系からの窒素溶脱状態が空間的に大きくばらつくことに対して、必ずしも大気降下物由来の窒素負荷の影響だけで説明出来ない状況にあります。それでは、窒素飽和した森林からの窒素溶脱に対して他にどのような要因が影響しているのでしょうか。本先導研究プログラムでは、この要因を明らかにすることを一つ目の目的として、上述の40箇所の森林小集水域を対象とした検討を行いました。広域調査を実施した際、各集水域における森林の様子は必ずしも一様ではなく、地形は勿論のこと、樹木の種類と分布や、その生育状況による森林内への日の当たり方とそれに伴う下層植生の発達状況等が、大きく異なっていることに気づきました。このような地形や樹種、林内の環境が、集水域からの窒素の溶脱に強く関わっているのではないかと考え、それらを定量化し、広域調査から得られた水質データ等との因果関係を明らかにすることを試みました。以下に、その取組と結果の概要を紹介します。

地形や樹種は影響しているのか

 地形の影響を評価するため、国土地理院が発行している10 mメッシュの数値標高データを用いて、地理情報システム(GIS)によって40集水域ごとに平均標高や平均斜面勾配といった地形特性を表す値を求めました。また、植生分布については、空間解像度が1 m程度の高解像度の衛星画像データを用いて、筑波山全域を対象に常緑針葉樹と落葉広葉樹の分類を行い、同様にGISを用いて集水域ごとに針葉樹林の占める面積割合(針葉樹林率)を算定しました。次いで、これら地形特性データや針葉樹林率を説明変数に、渓流水の年平均硝酸性濃度を目的変数とした多変量解析の結果、まず、渓流水中の硝酸性窒素濃度は、樹種に関わらず地形が急峻な集水域で高くなる傾向を強く示しました。これは、集水域に降った雨の土壌を介して流れ出てくる時間が比較的短く、大気降下物由来の高窒素負荷の影響を受けやすいと言ったことが要因として考えられます。次いで、地形が急峻でない場合は、針葉樹林率が高い集水域において高くなる傾向、すなわち針葉樹林の多い集水域では窒素が溶脱し易い傾向にあることが確認されました。これは、樹木の葉や枝から成る樹冠部による大気中の塵芥を捕集するフィルター作用が、落葉広葉樹と比べて常緑針葉樹落葉が高く大気降下物を捕集し易い、つまり、大気降下物経由での窒素負荷をより多く受けていることが要因として挙げられます。一方で、この傾向とは真逆の結果になるのですが、上述の40集水域の中で渓流水中の硝酸性窒素濃度の低い上位3集水域は、いずれも針葉樹林率が高い(75%以上)ことも分かりました。日本の森林面積の4割を占める人工林の大部分は針葉樹林であり、対象とした筑波山の針葉樹林の大部分も人工林です。人工林は、その名の通り、人間が栽培管理して木材等用途のため生育する必要がある樹林です。私たちは、上記の一見矛盾する結果に対して、対象流域の針葉樹(人工林)に対する管理状況が、窒素の溶脱に影響を与えているのではないかと考えました。

人工林管理の影響を探る

 スギやヒノキに代表される人工林の生育は、一般的に1ヘクタール当たり2~3千本程度の密度で苗木を植栽し、その成長段階に応じて間引き(間伐)を行い、最終的に成木として収穫(主伐)される際には、1ヘクタール当たり数百本程度の立木(りゅうぼく)密度の林分を形成させます。しかし、近年の林業の低迷により間伐等、生育過程での管理が十分に行われない状況が続いており、筑波山もその例外ではありません。間伐が遅れれば必然的に立木密度は高くなり、非常に混み合った林分となります。私たちは、この混み具合を表す数値指標として、林業で用いられている相対幹距比を採用しました。相対幹距比は木の高さ(上層樹高)の平均値に対する木と木の平均間隔の割合(%)を表したもので、通常20%くらいが適当で、17%を下回ると混み過ぎ、14%以下で超過密状態と見なされます。私たちは、上述の40集水域の中の渓流水中の硝酸性窒素濃度が異なる3つの集水域において、スギやヒノキの林分において円形区(面積:100 m2)や方形区(同:400 m2)プロットを設けて、そこに含まれる樹木の平均樹高(m)と立木密度(本/ha)を測定し、それらを基に相対幹距比を求めました。また、プロット内の表層土壌(A層)を採取し、その硝酸性窒素含有量も測定しました。そして、各集水域の相対幹距比と土壌中の硝酸性窒素含有量の関係を一つにまとめたところ、両者には有意な負の相関関係があることが確認されました(図1)。

図1
図1 筑波山における渓流水の年平均硝酸性窒素濃度が異なる3つの集水域(集水域A:0.5 mg/L、同B:1.3 mg/L、同C:1.9 mg/L)における人工林地調査プロットでの相対幹距比と表層土壌中の硝酸性窒素含有量との関係
相対幹距比が低下、つまり人工林の混み合いが高まるほど、表層土壌中に存在する硝酸性窒素の量が増加する傾向にある。

 表層土壌に含まれる硝酸性窒素が多ければ多いほど、降雨の浸透に伴い土壌の鉛直下方に移動する量が多くなりますので、両者の関係は、間伐が遅れて混み合った人工林地では、表層土壌からの窒素の溶脱が生じ易いということを意味しています。一方、これはあくまでも土壌のプロットスケールでの結果であり、渓流水中の硝酸性窒素濃度、すなわち集水域スケールでの窒素溶脱状況を説明したものではありません。そこで、まず集水域単位での相対幹距比の算定を行いました。具体的には、筑波山を対象とした航空機によるレーザー測量データから常緑針葉樹を対象に樹木の分布と樹高を求め、樹種や樹齢が共通の林分(小班)ごとに相対幹距比を算定しました。さらに、上述のプロットで測定された相対幹距比を検証データとして算定結果の妥当性を確認しました。その上で、集水域内の小班ごとの相対幹距比の面積加重平均値を算定し、集水域単位での相対幹距比としました。

 図2は、集水域における相対幹距比と渓流水中の年平均硝酸性窒素濃度の関係を示しています。集水域の針葉樹林率で3つに区分して両者の関係を見たところ、人工林の占める割合が半分にも満たない場合は、有意な関係が確認されませんでしたが、その割合が増加するにつれて、両者には明確な負の相関関係があることが確認出来ました。つまり、間伐遅れの過密な状態の人工林は、集水域からの窒素の溶脱に強く寄与していることが分かりました。

図2
図2 集水域単位で算定した相対幹距比と渓流水中の硝酸性窒素濃度との関係
相対幹距比は集水域内の針葉樹林(人工林)のみを対象に算定した値。針葉樹林率は、集水域に占める針葉樹の割合(%)を示している。人工林の占める割合が高い集水域ほど、渓流水中の硝酸性窒素濃度が人工林の混み具合の増加と共に上昇する傾向にある。

おわりに

 私たちの取組から、大気降下物由来の慢性的な高窒素負荷を受けている森林集水域において、スギやヒノキの常緑針葉樹林地は、落葉広葉樹林地に比べて窒素飽和状態になり易いこと、間伐を主とする人工林管理を適切に受けていない場合は、その傾向が顕著であることが確認されました。それでは、窒素飽和状態にある森林集水域において間伐を実施すれば、その状態は改善されるのでしょうか。残念ながら、この取組からは間伐の効果について明確な答えは出せません。そこで本プログラムでは、間伐による人工林地からの窒素の溶脱抑制効果を明らかにすることを二つ目の目的として、異なる強度で間伐を実施しているスギ人工林試験地を対象とした調査・解析を行い、間伐の効果とそのメカニズムについて検討しました。その概要は、次頁以降の研究ノート「続・森林から窒素が流れ出す ー間伐が窒素飽和を緩和する可能性ー」に紹介されておりますので、是非ご覧ください。

(はやし せいじ、地域環境研究センター 土壌環境研究室長)

執筆者プロフィール

著者写真(林)

森林の窒素動態を極めるつもりが、気づけばセシウムを追いかけている毎日です。そして春から研究所の福島支部で働くことになりました。窒素のことは頭の片隅に置きつつ、まずは福島の環境回復に少しでも貢献できるよう励みたいと思います。

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