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2023年10月3日

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絶滅危惧鳥類ヤンバルクイナの免疫系の活性化に関わる遺伝子の機能喪失を発見
—ヤンバルクイナの感染症リスク評価・対策への新知見—

(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境問題研究会、沖縄県政記者クラブ、岩手県政記者クラブ、岩手県庁教育記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会、日経バイオテク同時配付)

2023年10月3日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所
NPO法人どうぶつたちの病院 沖縄
国立大学法人岩手大学
 

 国立環境研究所生物多様性領域、どうぶつたちの病院 沖縄、岩手大学らの研究チームは、絶滅危惧鳥類であるヤンバルクイナにおいて、免疫系の活性化に関わるMDA5遺伝子が機能喪失していることを明らかにしました。この遺伝子は、ウイルスの体内への侵入を認識し、そのシグナルを伝達することで免疫系を活性化させています。
 また、本研究では、培養細胞を用いた解析で、ウイルス類似体を認識した後のシグナル伝達が、ニワトリと比較して、ヤンバルクイナでは遅延する結果が得られました。
感染症は、野生動物を大量死に導く要因の一つとして知られており、動物種ごとのリスク評価や対策が必要です。本結果は、ヤンバルクイナの感染症による死亡リスク評価や対策への新たな知見になると考えられます。また、絶滅危惧種の細胞やゲノムを用いた感染症によるリスク予測が可能であることを示すものでもあります。
 本研究の成果は、2023年8月22日公開の『PLOS ONE』に掲載されました。

図1の画像
図1 本研究概要

1. 研究の背景と目的

ヤンバルクイナは沖縄島北部やんばる地域にのみ生息する固有種です。個体数は1,500羽程度と推定されており、環境省第4次レッドリストでは絶滅危惧IA類に指定されています。環境省は、ヤンバルクイナを保護増殖事業(注1)対象種として、積極的な保護増殖を進めています。
 ヤンバルクイナのような野生動物の個体数を大きく減らす要因の一つとして「感染症」が挙げられます。特に、昨今の気候変動により、これまで発生していない感染症が発生するリスクが上昇しています。感染症が大流行する前に、科学的論拠を持ったリスクの把握や対策を進めることができれば、最小限の被害に留めることができます。
 免疫は感染症から生体を守る機構です。免疫系を活性化させる機構の一つとして、Retinoic acid-inducible gene I like receptor (以下「RLR」という。)ファミリー(注2)によるウイルスの認識機能が知られています。代表的なRLRとして、RIG-IとMDA5が知られていて、多くの鳥類は、RIG-IとMDA5の両方のセンサーを持ち、ウイルスを認識すると、自然免疫を中心に免疫系を活性化(注3)します。一方で、ニワトリからはRIG-I遺伝子が発見されていないため、欠損していると考えられています。このため、ニワトリでは、この遺伝子欠損と高病原性鳥インフルエンザに対する高感受性の因果関係も指摘されています。
このことから、ヤンバルクイナにおけるRIG-IやMDA5の有無などが明らかになれば、感染症によるリスク評価を行うための有益な情報になる可能性があります。そこで、我々はヤンバルクイナのRLRファミリーの構造と機能の解析を実施しました。

2. 研究結果と考察

 本研究では、ウイルスを認識するRLRファミリーの遺伝子配列の取得を試みました。国立環境研究所では、ヤンバルクイナのドラフトゲノムを解読し公開(注4)しています。そこで、ニワトリやマガモといった他の鳥類の遺伝子配列を用いて、ヤンバルクイナにおける似た配列(高相同性配列)の有無を検索しました。検索の結果、ヤンバルクイナのMDA5遺伝子は、断片的に似た配列が存在していましたが、遺伝子の全長の候補配列を取得することはできませんでした。また、それらの似た配列にもストップコドン(注5)が多数認められました。より精度の高い解析を実施した結果、多数のストップコドンが認められ、ヤンバルクイナではMDA5が偽遺伝子(注6)化していると考えられました(図2)。

図2の画像
図2 ヤンバルクイナMDA5配列のニワトリMDA5全長との比較
上段は、取得したヤンバルクイナMDA5とニワトリMDA5との比較の概略。
下段は、取得したヤンバルクイナMDA5とニワトリMDA5の実際の比較。
上段、下段ともに赤丸はストップコドンを示す。

 そこで、ヤンバルクイナの死亡個体から取得した体細胞を用いて、MDA5の機能喪失を確認する実験を行いました。国立環境研究所では、死亡した国内の絶滅危惧種から体細胞を取得し、凍結保存を行っています(https://www.nies.go.jp/biology/aboutus/facility/capsule.html)。死亡個体から取得し、培養した体細胞は増殖可能で、生理学的な応答性も示すため、個体としては死亡していても、体細胞としては生きていると考えられます。本研究では、死亡したヤンバルクイナ個体から取得した体細胞を用いて解析を行いました。ヤンバルクイナの体細胞にウイルス類似体(注7)をばく露したところ、MDA5の遺伝子の発現量は上昇しませんでした(図3)。この結果は、ヤンバルクイナではウイルスに感染してもMDA5が作られず、遺伝子としての機能を喪失していることを示しています(図4)。

図3の画像
図3 ウイルス類似体ばく露後のニワトリとヤンバルクイナのMDA5遺伝子の発現量


図4の画像
図4 本研究結果の概略

 本研究では、培養細胞を用いてRLRファミリーによるウイルス認識後の下流シグナルに関しても解析を実施しました。その結果、ニワトリと比較してヤンバルクイナでは、ウイルス認識の下流シグナルにあたるインターフェロン、炎症性サイトカイン(IL6など)、抗ウイルス遺伝子(Mx)の発現に遅延が認められました。これらの結果は、ヤンバルクイナにおいてMDA5遺伝子が機能喪失していることにより、免疫系の活性化が遅延する可能性を示しています。

3. 今後の展望

 ヤンバルクイナは、ウイルスを認識するMDA5が偽遺伝子化しているため、ウイルスに対する応答性がニワトリに比べて低い可能性が考えられます。今後、より詳細な解析を進める必要がありますが、少なくとも飼育下にあるヤンバルクイナの感染症対策の優先度を上げる必要があると考えられます。既に開始された分散飼育に加えて、飼育個体に対する各種ワクチンの接種や抗ウイルス薬などの治療薬の使用について検討することが必要であると考えられます。
 本成果は、絶滅危惧種における細胞やゲノムを用いた感染症によるリスク予測が可能であることを示します。リスク予測は、効果的な対策を可能にし、種の保存に貢献することができます。今後、細胞やゲノムを用いた感染症リスク予測を他の多くの種へ応用することが期待されます。

4. 注釈

(注1)保護増殖事業
国内希少野生動植物種に指定されている種のうち、その個体の繁殖の促進、生息地等の整備等の事業の推進をする必要がある場合は、保護増殖事業計画を策定して、保護増殖事業を実施しています。
https://www.env.go.jp/nature/kisho/hogozoushoku/index.html

(注2)Retinoic acid-inducible gene I like receptor (RLR)ファミリー
細胞内に存在し、ウイルスを認識する受容体の総称。

(注3)自然免疫を中心に免疫系を活性化
免疫は、自然免疫と獲得免疫に大別されます。自然免疫は、侵入してきた異物をいち早く認識し、排除する仕組みです。生体防御機構における最前線ということができます。代表的な自然免疫としてマクロファージなどの細胞による異物の分解(貪食)などが挙げられます。獲得免疫は、感染した病原体を特異的に見分けて、攻撃する仕組みです。獲得免疫は、機能するまでに時間がかかるため、遅延型の生体防御機構となります。抗体による認識も獲得免疫になります。古典的には、自然免疫と獲得免疫は、異物等の抗原の細胞内への取り込みと他の細胞への抗原情報の提示(抗原提示)を除き、別々の機構と考えられていましたが、現在はサイトカイン等のシグナルによって、相互に関係していると認識されています。
生体内にはウイルス等を認識してサイトカイン等を放出する機構が存在することが知られています。その一つが、RLRです。RLRはウイルスを認識した後に、サイトカインであるI型インターフェロンや炎症性サイトカイン(IL-6等)の発現を誘導し、免疫系を活性化します。

(注4)ヤンバルクイナのドラフトゲノムを解読し公開
全ゲノム(遺伝情報の1セット)の概要のことをドラフトゲノムと呼びます。
国立環境研究所では、ヤンバルクイナ等の絶滅危惧種を中心にドラフトゲノムを解読し公開しています。
https://www.nies.go.jp/genome/index.html

(注5)ストップコドン
終止コドン。遺伝子は、DNAが転写されてRNAとなり、その後アミノ酸配列に翻訳されてタンパク質となることで生理機能が生じます。ストップコドンは翻訳を終止するコドンですので、塩基配列の途中にストップコドンが入ると、アミノ酸への翻訳(タンパク質生合成)が途中で止まることになり、遺伝子としての機能が喪失します。コドンは、DNAから転写されたRNAにおいて、アミノ酸となる連続した3つの塩基のことを言います。

(注6)偽遺伝子
タンパク質を作る機能を失い、遺伝子としての役割を失った配列のことをいいます。

(注7)ウイルス類似体
化学的に合成され、ウイルスと同様にRLRによって認識される化学物質のことをいいます。

5. 発表論文

【タイトル】
Cultured fibroblasts of the Okinawa rail present delayed innate immune response compared to that of chicken
【著者】
Masafumi Katayama* , Tomokazu Fukuda, Noriko Kato, Takashi Nagamine, Yumiko Nakaya, Nobuyoshi Nakajima, Manabu Onuma
*: corresponding author
片山雅史1、福田智一2、加藤徳子1、長嶺隆3、中谷裕美子3、中嶋信美1、大沼学1
1国立環境研究所、2岩手大学、3NPO法人どうぶつたちの病院 沖縄
【掲載誌】PLOS ONE 【URL】https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0290436(外部サイトに接続します) 【DOI】10.1371/journal.pone.0290436(外部サイトに接続します)

6. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
 国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域
 環境ゲノム研究推進室 研究員 片山雅史

【報道に関する問合せ】
 国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
 kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

 国立大学法人岩手大学 法人運営部総務広報課
 kkoho(末尾に”@iwate-u.ac.jp”をつけてください)

 NPO法人どうぶつたちの病院 沖縄 事務局
 info(末尾に"@oki-wild.org”をつけてください)

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