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2022年4月28日

感染症による野生動物の大量死リスク
の評価に向けて

特集 生物多様性撹乱がもたらす社会への脅威 ~生態リスク管理を目指して
【研究ノート】

片山 雅史

 2021年末、イスラエルで数千羽のクロヅルが鳥インフルエンザで大量死したというニュースが報道されました。驚く方もいらっしゃるかもしれませんが、実は数千羽単位の野生動物の大量死は、これまでも報告されています。一例として、チェンら(2006)の報告では、2005年には中国の青海湖において約6000羽の野鳥の鳥インフルエンザによる大量死が報告されています。国内においては、この様な数千羽単位での野鳥の大量死は報告されていないものの、2004年1月に79年ぶりとなる高病原性鳥インフルエンザが発生後、死亡した野鳥個体から高病原性鳥インフルエンザウイルスが検出されています。この様な状況下において、環境省は2008年度より野鳥を対象とした鳥インフルエンザウイルスの保有状況の全国調査を進めています。国立環境研究所では、糞や綿棒により採取した口腔内の核酸を用いて、ウイルス保有に関する遺伝子検査機関の役割を担っています。本稿では、感染感受性評価による野生動物の大量死リスク評価の調査研究に関してご紹介いたします。

鳥インフルエンザウイルスの主要な自然宿主はカモなどの水禽類

 鳥インフルエンザウイルスの主要な自然宿主はカモなどの水禽類と考えられています。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、マガモやオナガガモなど多くのカモ類は渡り鳥です。実際にマガモだけでも毎年30万から40万羽が国内に飛来しています。したがって、一定の数の鳥インフルエンザウイルスに感染したカモ類が、体内にインフルエンザウイルスを保有したまま、日本各地に飛来します。図1は国内の調査地の写真です。カモ類の一つであるオナガガモの他、オオバン、オオハクチョウ、マガンなどが確認できます。この様な湖や池、沼で、鳥インフルエンザウイルスに感染したカモ類の糞を介して、他の野鳥への鳥インフルエンザウイルス感染が成立します。したがって、自然宿主であるカモ類の糞中に含まれる鳥インフルエンザウイルスの遺伝子検査は、国内に生息する野鳥の鳥インフルエンザの感染状況を把握する貴重な情報となります。この様に、遺伝子検査の様な分子生物学技術の発展は、今や生物多様性の保全に貢献する技術の一つとなっています。

調査地の図
図1 調査地にて
A:左3羽がオナガガモ、右の黒色の鳥がオオバン。B:オオハクチョウとマガン。

野生動物には鳥インフルエンザウイルスの感染感受性に種差がある

 一方で、感染症による野生動物の大量死のリスクを考える際に検討すべき要因として、感染感受性があげられます。これまでの調査研究により、鳥インフルエンザウイルスは宿主の感染感受性に種差があり、鳥インフルエンザウイルスに強い種と弱い種があることがわかってきました。先ほど、鳥インフルエンザウイルスの主要な自然宿主であると解説したカモ類は鳥インフルエンザウイルスの感受性が低く、感染しても死亡することは、ほとんどありません。言い換えると、カモ類は鳥インフルエンザウイルスと共生可能な生物であるため、一定量のウイルスを保有した状態で国内に飛来することが可能なのです。感染感受性が明らかになっていれば、あらかじめ感染症による野生動物の種ごとの大量死リスクを予測することが可能になります。特に、鳥インフルエンザの様な感染症が、絶滅危惧種で流行してしまった場合、個体数の大幅な減少につながり、最終的に種の絶滅の可能性さえ示唆されます。国内ではすでに、死亡した状態で発見された、クマタカ、ハヤブサ、ナベヅル、マナヅルなどの環境省レッドデータブックに掲載されている絶滅危惧種から鳥インフルエンザウイルスが確認されており、備えや対策が必要であると考えられます。実際に、一部の絶滅危惧種では飼育個体の分散飼育等により、感染症のリスク低減に向けた取り組みが進んでいます。この様な感染症のリスクを低減する備えや対策に加えて、感染感受性の種差の解明による大量死リスクの評価も、絶滅危惧種の保全において重要です。

野生動物の細胞の取得

 私たちは、感染感受性を評価するためには、野生動物の体細胞の利用が有効であると考えました(図2)。細胞は生物を構成する最小単位と考えられており、医学、理学、農学、獣医学など幅広い分野で研究資源として活用されています。驚く方もいらっしゃるかもしれませんが、体細胞は死亡した動物からでも取得可能です。国立環境研究所においても、域外保全の一環として2002年から国内の絶滅危惧野生動物種などの死亡個体から体細胞を取得し、凍結保存を続けています。細胞は、一定の条件で凍結することで、半永久的な保存が可能です。私たちは、国立環境研究所に凍結保存されている野生動物の細胞(簡単に言うと眠っている状態の細胞)を、生体温度に戻して(眠りから起きていただいて)利用しています。加えて、私たちは全国の野生動物飼育施設等の死亡個体の一部からもサンプリングをさせていただき細胞を取得しています。これもまた驚く方もいらっしゃるかもしれませんが、死亡直後の個体ではなくとも、多くの場合、死後数日程度であれば細胞を取得することができます。また、これは聞いた話ですが、死亡後2週間であっても、場合によっては細胞が取得できることもあるそうです。したがって、一般的に死体発見まで時間がかかるフィールドで発見した死亡個体であっても、体細胞が取得できる場合があります。この様な体細胞を利用すれば、遺伝子発現解析や細胞死解析などを通じて、感染感受性の評価が可能となります。そこで私たちは、現在、体細胞を用いた感受性評価を進めています。

取得した体細胞(A:オオハクチョウの細胞、B:イエネコの細胞。Barは500µm)の図
図2 取得した体細胞(A:オオハクチョウの細胞、B:イエネコの細胞。Barは500µm)

フィールド研究と分子生物学の融合

 これまでは、フィールド研究における分子生物学的アプローチは、サンプルから抽出した核酸(DNAやRNA)を用いた解析を中心に、大きく飛躍を遂げてきました。特にここ数年の環境DNA研究は目覚ましいものがあり、様々な生物多様性研究に利用されています。今後、フィールドで取得した細胞を用いた感染感受性評価を通じても、生物多様性の保全に有益な情報が得られると考えています。

 本稿では鳥インフルエンザに関する内容を中心に取り上げましたが、国内には鳥インフルエンザ以外にも、野生動物を大量死に導く感染症が示唆されています。その一つとして、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)が挙げられます。今後は、この様な鳥インフルエンザ以外の大量死を引き起こす可能性がある感染症の感受性評価も視野に入れていきたいと思っています。また、現在、環境研究総合推進費「野生動物への環境汚染物質の影響評価を実現する培養細胞を用いた新規評価技術の構築(4RF-2102)」の採択をいただき、汚染物質の影響評価への応用も視野に入れています。フィールド研究と融合させて生物多様性の保全などに貢献するため、日夜精進していきたいと考えております。

(かたやま まさふみ、生物多様性領域 環境ゲノム研究推進室 研究員)

執筆者プロフィール:

筆者の片山雅史の写真

卒業論文の実験で、初めてPCR(遺伝子を増幅させる方法)をした時、簡単に遺伝子が増幅できることに驚きました。今や網羅的な遺伝子発現も解析できる時代になりました。様々な手法を組み合わせながら、生物多様性の保全や自然共生社会の実現などに貢献できるよう、努力させていただきたいと思っております。

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