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環境問題の「見える化」

【巻頭言】

森口 祐一

 最近,ごみ問題と地球温暖化問題とのかかわりについて,一般の方々を対象に講演する機会が増えています。日常生活における省エネやごみの分別など,消費者の行動にかかわる対策が呼びかけられる一方で,断片的な情報が伝わり,さまざまな疑問が渦巻いていることを実感しています。レジ袋の削減で地球温暖化対策に貢献しましょう,といった呼びかけを聞くと,温暖化問題とごみ問題の両方に携ってきた立場からは,やや違和感を覚えるのです。確かに,レジ袋の削減は,容器包装分野のごみを減らすきっかけとして重要な取り組みであるだけでなく,その生産段階や使用後の焼却に伴うCO2排出削減にも寄与します。しかし,レジ袋だけを大幅に削減したとしても,温室効果ガスの削減対策という面では不十分です。

 家庭でのエネルギー消費によるCO2の排出量は,家庭で直接燃焼させるガスや灯油,マイカーのガソリンなどの燃料分に,家庭での電力消費に伴う火力発電所での排出を加えると,市民1人1日あたり約5kgになります。これに対して,自治体が収集するごみは市民1人1日あたりおよそ1kgです。つまり,ごみよりもはるかに重いCO2を日々大気中に捨てている計算になります。身の回りで発生するごみには形があり,過剰な包装など無駄なものは減らし,まだ使えそうなものは分別してリサイクルしよう,といった行動につながりやすいのに対し,気体であるCO2は目に見えず,その量を実感することは難しいでしょう。このため,自動車への燃費計の装備,商品やサービスの生産段階で排出されるCO2を表示するカーボンフットプリントなど,エネルギー消費量やこれに伴うCO2の排出量を実感しやすくするための「見える化」と呼ばれる取り組みが進められています。

 環境問題への取り組みにおいて,実際の現場を見ることの重要性が指摘されますが,地球温暖化や資源枯渇などの長期的,世界的な問題は,現場を基礎としてきた環境研究にとって,多くの難題を抱えた研究対象です。電子計算機による将来予測のシミュレーションは,いくら精緻に計算しても,仮想の現実であり,現場そのものではありません。予想される地球温暖化の影響の深刻さを訴えるためにマスメディアで使われる映像は,他の原因で生じている事象を映したものである場合も多く,そうした不正確な表現への批判が,科学的な研究成果に対する信頼までも損ないかねない状況を生んでいるように思えます。目に見えないCO2の排出の見える化とともに,将来起こると予想される事象を誤解のないように「見える化」することも大切な課題です。

 大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済活動に根ざすという点で,地球温暖化問題とごみ問題には多くの共通点があります。「もったいない」という言葉に込められた,日本人のものを大切にする心ともかかわりの深い問題です。CO2などの温室効果ガスも,家庭から出る「ごみ」もどちらも,資源を使った結果として発生する不要なものです。石油をはじめ資源の大半を輸入に頼る日本にとって,温暖化対策もごみの発生抑制も,資源消費の削減という大きな共通の利点があります。有限な資源を食いつぶしながら経済を発展させることは,「持続可能」とはいえませんが,GDPに代表される現在の経済指標では,この問題点を見せることができません。これに代わる「持続可能な発展の指標」の開発も,取り組むべき重要な研究テーマの一つです。

 話が大きくなってしまいましたが,最近,地元の自治体の低炭素都市づくりの計画やごみ処理基本計画の策定に携わり,改めてThink globally, act locallyの大切さと難しさを実感しています。つくば市ではCO2排出量に占める業務部門の割合が高く,これには研究・教育機関のエネルギー消費が大きく寄与しています。国全体,あるいは全世界のCO2削減に寄与する研究を行っているのだから,自らのエネルギー消費は大目に見てほしい,という声も聞こえてきそうですが,CO2削減に役立つ研究ではふんだんにエネルギーを使ってもよいが,それ以外の研究では削減すべき,というような独善的な考えは不適切でしょう。研究という営みの必要性を「見える化」することも,私たちに課せられた重要な課題であることはいうまでもありません。

 

(もりぐち ゆういち,循環型社会・廃棄物研究センター長)

執筆者プロフィール

 前回,センター長に着任して間もない頃に,「職責」をテーマに巻頭言を書かせていただきました。その後,連携大学院での教育・研究指導というもう一つの「職責」が加わりました。限られた時間ですが,意欲に溢れる大学院生との交わりが良い刺激になっています。