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2018年12月27日

環境を調節して生物の実験を行う施設

特集 自然共生社会の実現をめざして いま私たちが取り組んでいること
【研究施設・業務紹介】

青野 光子

 私たちの研究活動に欠かせない大型施設である生物環境調節実験施設と、そこで取り組んでいる主な研究について紹介します。この施設は通称を「バイオトロン」と言いますが、「トロン」というのはギリシャ語由来の接尾辞で「道具」や「装置」を意味しています。バイオトロンは本来「生物に関する装置」といった意味ですが、人工的に環境を変化させて生物を用いた実験をする装置や設備を指す一般名詞として使われています。

 国立環境研究所のバイオトロン(図1)は、光や温度、湿度、大気環境等の生物の生育環境を人工的に調節できる設備を備えた、生物に対する種々の環境条件の影響を調べる実験を行うための施設です。主に、大気汚染ガス等の環境汚染物質や気候変動による気温の変化等が、生物、特に植物に及ぼす影響の解明に関する研究を行っています。建物の南側は3階建てのガラス温室になっており、1、2階に実験植物を栽培するための温度・湿度、光条件を調節できる材料提供温室(計6室)があります。3階には2室の温室の中に自然光型のチャンバーが各々2基ずつ、計4基設置されています。チャンバーというのは、環境要因と植物の反応の相互関係を研究するための処理試験室で、オゾン等の大気汚染ガス暴露や高濃度CO2処理が可能であり、温度条件を変えた実験にも使用することができます。外部からは見えませんが、建物2階には、人工光型の大気汚染ガス暴露タイプのチャンバー3基と、それより小型の乾燥・CO2暴露タイプのチャンバーが6基あります。大気汚染ガス暴露タイプのチャンバーでは、二酸化窒素や二酸化硫黄のボンベを使用したガス暴露の他、オゾン発生装置によってオゾンを発生させ、濃度を調整してオゾン暴露を行うことができます。また、建物内には一般の生化学や分子生物学の実験室の他、種子の低温処理等を行う低温室や、鉢に土を入れる等の植物栽培の準備室も備わっています。これらの温室やチャンバー、実験室等のうちいくつかは遺伝子組換え植物を用いた実験にも対応可能となっています。バイオトロンは1975年に建設された古い建物で、当初は人工光型の大気汚染ガス暴露タイプのチャンバーが9基ありました。その後環境問題が変化し、研究の手法も新しくなって行くのに合わせて、小型チャンバーの新設や実験室の整備等設備の改修を行いながら、大事にメンテナンスして使っています。

バイオトロンの外観写真
図1 施設外観
建物南側の1、2階が温湿度等の環境制御可能な材料提供温室、3階は温室の中に自然光型チャンバーが設置されている

 バイオトロンの設備を必要とする研究の一つが、大気汚染ガスのオゾンに対する植物の応答メカニズムの解明です。オゾンというと、「オゾン層」として成層圏に存在し、生物にとって有害な短波長の紫外線が地表面に到達するのを防いでくれる「良い」物質である、ということがまず思い浮かぶかもしれません。しかし、同じ物質でも、私たちの生活の場である対流圏に存在するオゾンは、温室効果ガスであると同時に、非常に強い酸化力を持ち毒性のある「悪い」物質といえます。対流圏のオゾンは窒素酸化物と炭化水素の光化学反応によって生成しますが、その濃度は日本では「公害」が大きな問題となった1970年代半ばよりは低くなったものの、驚くべきことに現在に至るまで環境基準はほとんど達成されていません。産業活動の活発化に伴って世界的にはむしろ濃度が高くなって来ており、また広範囲で観測されるようになっています。オゾンは人間の健康に害を及ぼすだけでなく、樹木を弱らせて森林衰退の一因となったり、農作物の収量を低下させたりするなど、植物にも大きな被害をもたらしていますが、必ずしも被害がすぐに目に見えるとは限りません。

 そこでバイオトロンでは、モデル植物のシロイヌナズナや農作物のイネ等を使って、オゾンが植物に与える影響や障害の起きるメカニズムを解明し、分子レベルでの影響を把握するための研究を行っています。シロイヌナズナは主に世界の中緯度地帯に分布する草丈20~30cmの小さな野草ですが、他の植物に比べゲノムサイズが小さいのが特徴で、ゲノムの全DNA配列が分かっており、遺伝子に関する豊富な情報が蓄積・整備されています。多くの野生系統や突然変異体の種子が入手できるストックセンターもあり、植物の遺伝子研究では非常に重要なモデル植物です。バイオトロンを利用して、シロイヌナズナのオゾン感受性突然変異体を用い、オゾンを葉の中に取り込むための気孔の開閉に関わる遺伝子や、オゾンによる細胞死をもたらすシグナル伝達に関する遺伝子、オゾンによる活性酸素の生成を抑制する機能が示唆される光呼吸に関する遺伝子等、オゾン耐性機構に関わる遺伝子が次々に見出されてきています。また、いくつかのインディカ系統(長粒種)のイネでは、葉の見た目にはオゾンによる障害が見られませんが、その収量が低下することを見出しました。その原因がオゾンによる穂の枝分かれの数や穂あたりの花の数の減少にあること、また穂の枝分かれの数の増加に関与する遺伝子の働きがオゾンによって抑制されていることを明らかにしました。これらの研究に重要なのが、「オゾンの濃度(有無)と暴露時間を光強度や温度などの環境条件とともに調節できること」なので、実験には大気汚染ガス暴露タイプのチャンバーが大活躍しています。

 また、バイオトロンでは気候変動下におけるマングローブ植物の環境適応機能の解明に関する研究も行われています。本号の「研究プログラム紹介」にもあるように、マングローブ生態系は、多様な生物を育む生産性の高い生態系として注目されていますが、現在、世界規模で衰退と減少が進行しています。陸上の主な植物では、根は呼吸のために必要な酸素を土壌中から吸収し、利用しています。しかし、マングローブ植物が生育している潮間帯は潮の満ち引きで水位が変動する場所のため、土壌中に酸素があまりない嫌気的環境となっています。そのためマングローブ植物は独自の方法で酸素を取り入れています。バイオトロンでは、このマングローブ植物の根の機能に焦点を当て、一般の陸上植物では見られない根からの酸素の漏出や、土壌に供給された酸素の微生物による利用等について明らかにしてきました。自然界では熱帯から亜熱帯に分布するマングローブ植物は、つくばの野外では栽培できないので、バイオトロンの材料提供温室無しには研究ができません。また、温度の変化によるマングローブ植物の呼吸等の応答の違いに関する研究も進められており、いろいろな生育温度を設定したチャンバーが使われています。

 バイオトロンではここで紹介した環境要因による植物の影響解明研究の他、アオコやアオサ等地域の生態系における有用生物と迷惑生物に関する研究や、遺伝子組換えナタネによる影響監視調査・研究等にも利用されています。夏の大公開等の機会を利用して、ぜひバイオトロンを訪れて頂き、栽培されている植物や実験設備を実際に見ていただければと思います。

(あおの みつこ、生物・生態系環境研究センター 環境ストレス機構研究室 室長)

執筆者プロフィール:

筆者の青野光子の写真

バイオトロンの耐震工事も無事終わり、久しぶりに「夏の大公開」で施設の公開をすることが出来ました。常設展示のパネル等もどんどん整備を進めています。今年度中にもうひと工事ある予定ですが、このニュースが発行される頃には無事着工しているはずです。。。

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