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2019年12月24日

誰でもゲノム解析ができます!
(ゲノム実験施設のお仕事)

特集 環境DNA 生態系に描かれた生き物たちの航跡をたどって
【研究施設・業務紹介】

中嶋 信美

 DNAの塩基配列を読み取る方法(シーケンシング技術)が開発されてから、今年で44年になります。この間シーケンシング技術は飛躍的な進歩をとげています。当初は1回の分析で100塩基を読み取るのが精一杯だったのが、2005年に次世代シーケンサーと呼ばれる新たなシーケンサーが開発され、今は、一度の分析で最大6テラ塩基の配列(6×1012、ヒトゲノム2,000人分に相当)を読み取ることができるようになりました。これまでに、ヒトやモデル生物(マウス、イネ、トマトなど)の全ゲノム(注1)情報が解読され、医療や作物の品種改良等の応用研究へ波及しています。その一方で絶滅危惧種のような非モデル生物の全ゲノム情報の解読は非常に遅れています。絶滅危惧種の全ゲノム情報の解読が進めば、保護・増殖事業が効率的にできることから、生物・生態系環境研究センターでは絶滅危惧生物の全ゲノム情報の解読と公開を進めています。

 また、環境中に存在する微量のDNA(環境DNA)を集めて、塩基配列を分析することにより、そこに存在している生物種を推定する手法が開発されました。これは、例えば、湖から水を汲んできてフィルターで濾過することでDNAを回収し、バーコード遺伝子をPCRで増幅後、増幅されたDNAの塩基配列を次世代シーケンサーで読み取り、読み取った塩基配列をデータベースと照合することで、水に含まれていたDNAの持ち主である生物種を推定するという方法(メタバーコーディング)です。現在所内でも多くの研究者がこの技術を取り入れようとしています。

 このように最近の10年でDNAを取り扱う研究の技術革新が急速に進みましたが、国立環境研究所においてもこの技術革新を環境研究に広く取り入れるために、2015年にインフラ整備を集中的に進めました。そして2016年には、所内の研究者が誰でも使える施設として「ゲノム実験施設」がRI・遺伝子工学実験棟内に設置されました。

 施設はバイオハザード管理区域と管理区域外からなっています。管理区域外には従来型DNAシーケンサー、2台の次世代シーケンサー、3台の解析用ワークステーション、デジタルPCR装置、DNA定量装置、分注自動化装置などがところ狭し、と並んでいます。管理区域内にはDNAフリーの環境を提供するための安全キャビネットがあります。これらの装置は、定期的なメンテナンスが行われ、常にベストの状態で維持されており、所内の研究者であれば誰でもほぼ無料(従来型DNAシーケンサーのみ1ラン600円)で使用することができます。これらのインフラのうち、3台のDNAシーケンサーと分注自動化装置は非常に利用頻度が高く、利用時間を調整するため、Outlookによる予約を取り入れています。研究者の希望があれば、装置の運転は管理室で代行することも可能です。サーバー室に設置されている3台のワークステーションは所内LANを通じてリモート環境で使用することができます。

次世代シーケンサーMiseqの写真
図1 分析機器室の様子。手前は次世代シーケンサーMiseq。この装置はヒトゲノム5人分の塩基配列データを4日間で読み取ることができます。右側は分注ロボットBiomeck4000。真ん中奥はキャピラリー型シーケンサーDNAアナライザー3730。

 本年度の利用登録者数は68人で、利用者の所属は社会C以外の7センターにまたがっています。これまでに本施設の装置を利用することで、絶滅危惧鳥類16種、バクテリア22系統、藻類87系統、ほ乳類3種、その他7種12系統について全ゲノム配列が解読され、一部は国立環境研究所のホームページ上で公表しています。

 昨年度から、所内の研究者なら誰でも参加できるゲノム実験施設の説明会を開催しています。説明会は1回6人程度の少人数を対象として概要説明と機器の見学、質疑応答を含めた30分のスケジュールで実施しています。参加者からの質問内容は「DNAってどんなもの」という初歩的なものから、「環境DNA解析をやりたいのですが、ゲノム実験施設ではどの程度の解析ができるのですか?」という専門的なものまで多岐にわたり、スタッフが丁寧に回答しています。説明会はこれまでに4度開催しましたが、非常に好評で延べ31名の参加がありました。

 今後、ゲノム情報の利用は生物生態系分野だけで無く社会科学分野までに裾野が拡がることが予想されており、研究者にとって必須のツールとなることは間違いありません。一方でインフラについては、塩基配列のデータ取得が外部委託化され、情報処理作業に重点が移ってくるものと考えられます。データ解析環境の整備が研究の成否を分けることになるため、スーパーコンピュータの利用も考慮しながら、より利用しやすい施設へと発展させたいと考えています。

 注1:「ゲノム」とは、元々は、その生物が持っている最小限の遺伝子セットを表す言葉でした。
 近年では、生物が持っているDNAの全塩基配列を示す言葉となっています。ここでは後者の定義で使用しています。

(なかじま のぶよし、生物・生態系環境研究センター環境ゲノム科学研究推進室 室長)

執筆者プロフィール:

筆者の 中嶋信美の写真

減量のため自転車通勤を始めました。昔は名古屋から東京まで自転車で帰省したこともあるほどのサイクリストだったのですが、今はびっくりするほどの衰えよう。それでも、瀬戸大橋を自転車で渡る目標を持って鍛えています。