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2020年5月1日

環境-経済-社会の相互メカニズムの図解

特集 持続可能社会のためのまちとしくみの評価
【研究プログラムの紹介:「統合研究プログラム」から】

田崎 智宏

 「統合研究プログラム」は、様々な環境問題を統合的に取り扱うことによって、社会や経済の価値と一緒に環境の価値を高める将来を実現するための理論と手法を開発しようとして始動した研究プログラムです。脱炭素社会、循環型社会、自然共生社会といった各分野における環境対策の目指す方向性を統合していくことや、環境-経済-社会という持続可能な発展のために重視される3つの柱をどのように統合的に発展させていくかを研究することになります。

指標研究からのスタート

 私が参加している統合プロジェクト3「環境社会実現のための政策評価研究」では、環境-経済-社会の間にある相互メカニズムを理解することで、統合的な発展を目指すことに貢献しようとする研究を進めてきました。例えば、経済活動が拡大していくなかで環境容量を超えないようにするにはどうしたらよいか、経済活動等に課税することと公共政策の活動のために支出することをどうバランスさせるか、貧困状態から脱出するにはより多くの資源やエネルギーが求められますがそれが環境問題を悪化させないかといった相互作用が環境-経済-社会の間に存在します。その前段となる研究が、事象間の関係(専門用語で「連環」などと称します。)を的確に提示するための指標研究でした。そのときに開発した指標(「持続可能性連環指標」と命名。)の枠組みを図1に示します。人間活動が下の4つの資本を使って上の環境-経済-社会-個人の4つの良い状態をつくりだし、その状態の成果物が資本として蓄積するという循環的に発展していく構造を表現しています(詳しくは、「持続可能な社会に向けた日本の状況~連環指標体系によるモニタリング~」の指標のページを参照ください)。

 しかし、4つの資本と4つの状態どうしの関係の数は、関係の向きも考えると4×4×2=32あり、これにそれぞれの資本と状態の8つを単独で把握しようとすると、これだけで40もの指標ができてしまいます。適当な指標が設定できなければ、複数の指標で計測せざるを得ず、さらに指標は増えてしまいます。全体が、統合的に良い状態の方向に進んでいるのか、悪い状態の方向に進んでいるのかの判断も難しくなると思われました。

持続可能性連環指標の枠組みの図
図1 持続可能性連環指標の枠組み

図解というアプローチへの展開

 そこで、これまでの社会がどのように発展してきたかという動的な変化(メカニズム)を把握することで、現代において重要な関係は何かを把握しようと考えました。狩猟社会から農耕社会、工業化社会といった変遷や、経済がまだ物々交換であった社会から貨幣が登場・流通した社会、自由市場や資本主義が浸透した社会への変遷などを理解し、どの関係性が社会を駆動させて変化させてきたかを図示しようとしました。また、現在の新たな取り組みが社会のどこの構造を変えようとしているのかという将来への変化も図示しようとしました。具体的には、私たちの研究グループは、分野を超えて文献レビューをはじめ、有識者へのインタビューも行いました。知れば知るほど、図示されるメカニズムは複雑になっていきました。

 そんなとき、『ビジネスモデル2.0図鑑』という多くのビジネスモデルを図解している本に出会います。定説を覆す逆説が新しいビジネスモデルの新規性・魅力を生み出すということや、その逆説をビジネスモデルへと組み込むことなどが解説されている本でした。そのような「図解」というアプローチを適用することで、本質的かつムダのない表現ができるのではないかと考えました。早速、執筆者および図解作業を行った方々と連絡をとり、図解アプローチの協働作業を開始することとなりました。

環境問題図解

環境問題の共通図解(左)と5つの段階(右)の図
図2 環境問題の共通図解(左)と5つの段階(右)

 
 検討メンバーで幾度もの議論を重ね、図解の立案と廃案を繰り返して、最終的に図2に示す図解がされました。私達が「環境問題図解」と呼ぶものです。図解においては、「引き算」の発想で伝えたいことを絞り込み、本質的なことだけを記述します。今回は環境問題が発生することとそれに対応して環境対策を行うことの二点に着目しました。環境-経済-社会という視点からみれば、環境を中心に、経済が環境に及ぼす作用と社会が環境に及ぼす作用をそれぞれ問題のメカニズムと解決のメカニズムとして表現したことであり、図2(左)ではそれらを上半分と下半分で図解しています。

 図2(左)の上半分では、「環境」を起点に、資源採取、生産、消費、廃棄という一連のライフステージのつながりを黒矢印のループとして表し、その一連の経済活動が環境への「負荷」を発生させているということを下向きの白い矢印で示しています。一方、図2(左)の下半分では、「環境」を起点に、環境問題が発生して人々の被害が生じ、被害者等が解決を社会に訴え、社会が解決に働きかけ、環境対策が行われるという一連の流れを黒矢印のループとして表し、上向きの白い矢印で環境「保全」が進むことを示しています。ここでいう環境対策には2つの種類があります。一つは直接的に真ん中の「環境」を改善する「回復」の黒矢印で表されているもので、もう一つは、上半分の経済活動のループが環境保全型に変わって白矢印の「負荷」が低減するというものです。ここで環境保全型というのは、排ガス・排水処理装置を設置するという経済活動の末端での対策だけでなく、省エネや省資源のような環境効率性を高める対策や脱炭素や脱物質を目指す経済(例、シェアリング・エコノミー)にするといったビジネスの根幹を変える対策までを含みます。時代とともに、後者側の対策がより重視されるようになっています。

 国民や事業者、政府などの関係主体はこれらのメカニズムに様々な形で関わり、問題の原因者にも解決者にもなりえます。ここでは、国、地方公共団体、マスメディアなどは下側の「社会」に含まれるとしています。また、個人と企業はそれぞれ消費者と生産者として左右に配置していますが、環境問題ごとにその関わり方は様々です(詳しくは図解のページをご覧ください。公害、気候変動、資源問題の3つを図解しています)。

 環境問題図解では、表現されるメカニズムのダイナミズム、すなわち時間的な変遷の図解にもチャレンジしました。図2(右)は、図2(左)を一つの状態として(縮小して示しています)、それが5つの段階で変化していく様を表現しています(各段階で図2(左)の図がどのような状態であるかを、図解のページに詳しく説明していますので、併せてご覧ください)。図2(右)の上段は、問題を引き起こすループが環境の状態を青信号から黄信号、赤信号へと悪化させていき、環境対策のループが環境を青信号の状態に戻していきます。事後対策よりも未然防止を重視して早めに対策を行えば、図2(右)の中段や下段のように、環境問題が赤信号の状態や黄信号の状態になることを回避できます。気候変動の問題についていえば、残念ながら黄信号の状態で対策を強力に進めることはできず、赤信号の状態となってしまっています(「気候危機」と呼ばれるようにもなりました)。図2(左)の上半分のループが脱炭素型の経済に転換しきてれていないことを意味します。

おわりに

 今回の図解により、環境の持続可能性を担保した経済活動への転換と、環境問題が発覚した際の速やかな対策実施が大変重要であることが確認できました。これら二点の実行を難しくさせているメカニズムが存在するので、実は「言うは易く行うは難し」なのですが、だからこそ、このような図解による本質的な理解を世の中に広めていくことが大切だと考えています。なお、今回の図解では、図の上部と下部の間の経済-社会の相互メカニズムや、一つの環境問題の進行が他の環境問題を引き起こす、ある環境対策が別の環境問題を引き起こすという連鎖関係は複雑になるため示していません。これらについては、今後さらなる検討を進めます。

(たさき ともひろ、資源循環・廃棄物研究センター循環型社会システム研究室 室長)

執筆者プロフィール:

筆者の田崎智宏の写真

環境研究が専門化・細分化するなか、それに逆行する「統合」研究を行うことは苦労を伴います。自分の度量や知見がどの程度広いかをいつも試されている気がしますね。

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