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2016年12月9日

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大気汚染と常位胎盤早期剥離との関連について(疫学研究成果報告)

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、九州大学記者クラブ同時発表)

平成28年12月9日(金)
国立研究開発法人 国立環境研究所
 環境リスク・健康研究センター
  環境疫学研究室
    (主任研究員) :道川武紘
      (室長)  :山崎 新
九州大学 環境発達医学研究センター 
    (特任准教授) :諸隈誠一
 

 国立環境研究所環境リスク・健康研究センターの道川武紘主任研究員、山崎新室長、新田裕史フェロー、九州大学環境発達医学研究センターの諸隈誠一特任准教授らの研究グループは、日本産科婦人科学会が実施している周産期登録事業の登録データを利用した環境疫学研究を行い、大気汚染物質である二酸化窒素と常位胎盤早期剥離(以下、早剥)とに関連がある事を示した研究成果を疫学専門誌(Epidemiology)に論文発表しました。早剥とは、通常は子どもが生まれた後に子宮壁からはがれてくるはずの胎盤が、子どもが生まれる前にはがれてきてしまう産科救急疾患で、いまのところその発生機序ははっきり分かっていません。この関連性を示した我々の報告は世界初のものです。我々は、今後この領域の知見をさらに掘り下げて検討していく必要があると考えています。
 

1. 研究の背景について

 大気汚染は肺がんや心筋梗塞などの原因になることが報告されていますが、近年、妊婦が大気汚染に曝露(ばくろ)されることで妊婦自身の健康、お腹の子どもの健康に影響する可能性を指摘する知見が蓄積されつつあります。我々は現在、日本の一般環境においても、大気汚染が妊婦とその子どもの健康に影響しているのかどうか研究を進めています。

 早剥とは、通常は子どもが生まれた後に子宮壁からはがれてくるはずの胎盤が、子どもが生まれる前にはがれてきてしまう状態で(図1)、発生頻度は全妊婦の0.6%ほどと報告されています。母については出血が多くなったり、胎盤がはがれることが引き金になり、場合によっては播種性血管内血液凝固症候群(血液が固まりにくくなる状態)になることがあります。胎児については胎盤を通した酸素や栄養供給が絶たれることなどにより、母子ともに命の危険にさらされる産科救急疾患です。現在その発生機序ははっきり判明していませんが、もともと形成不全のある胎盤に血流障害や炎症が起こると子宮と胎盤の間に出血が生じて、貯留した血のかたまりによって子宮の壁から胎盤がはがれてくると言われています。我々は、大気汚染が胎盤で血流障害や炎症を引き起こしているという仮説があることから、妊婦の大気汚染物質曝露が早剥と関連するのではないかと考えて、疫学的に検討しました。

図1.常位胎盤早期剥離

2. 研究データについて

 日本産科婦人科学会(周産期委員会)は出産前後の医療向上を目的として、協力施設における匿名化された出産記録を収集する周産期登録事業を展開しています。我々が提供を受けた2005~2010年にかけての九州沖縄地域内28病院における登録データにおいて、子ども一人を妊娠していた妊婦の中で早剥と診断されていたのは821人でした。この方々を対象として、出産した病院に一番近い一般環境大気測定局(24局)で測定された大気汚染物質濃度を、その妊婦が曝露されていた大気汚染物質濃度としました。この研究で評価した大気汚染物質は、二酸化窒素(NO2)、浮遊粒子状物質(SPM)、光化学オキシダント(Ox)と二酸化硫黄(SO2)です。

3. 主な結果について(NO2が早剥と関連)

 我々は、早剥のリスク因子として考えられている妊娠年齢や血圧などの影響を考慮した研究デザインを用い、大気汚染の影響を受けて胎盤に影響がおよぶまで約1日、早剥発生から出産まで1日以内と見積もり、その前後(出産1~5日前)の大気汚染について、とくに出産2日前の大気汚染に着目した解析を行いました。その結果、大気汚染物質の中でNO2が早剥と関連しており、NO2濃度が10 ppb上昇するごとのオッズ比(相対危険度の近似値)が1.4(95%信頼区間 1.1~1.8)という結果でした(図2)。まれにゆっくり進行する早剥もあるので、急激に進行して緊急対応したと考えられる緊急帝王切開での出産例にしぼった解析でも10 ppb上昇に対するオッズ比は1.4(95%信頼区間1.1~1.9)、母子の状態によっては、早産にならないように出産を先延ばしにした可能性がある妊娠35週未満の出産例を除いた解析でもオッズ比は1.4(95%信頼区間1.0~2.0)という結果でした。大気汚染の影響を受けて胎盤に影響がおよぶまでの時間が前後する可能性も考慮して累積曝露と早剥の関連も検討し、一貫してオッズ比は上昇する傾向があることを確認しました。すなわち、出産1~2日前平均NO2濃度10 ppb上昇に対するオッズ比は1.2(95%信頼区間1.0-1.5)、同様に出産1~3日前平均NO2濃度については1.2(95%信頼区間0.9-1.6)、出産1~4日前平均NO2濃度については1.3(95%信頼区間0.9-1.7)、出産1~5日前平均NO2濃度については1.2(95%信頼区間0.9-1.8)でした。さらにNO2と早剥との関連を修飾する(オッズ比を小さくしたり大きくしたりする)特性を調べるために、母年齢(35歳未満、35歳以上)、出産回数(0、1回以上)、妊娠中喫煙(なし、あり)、妊娠高血圧症候群(なし、あり)、出産年(2005~2007年、2008~2010年)、妊娠した季節(5~10月、11~4月)で層化した解析を行いましたが、本研究ではそのような特性は確認できませんでした(図3)。

 なお、その他の大気汚染物質(SPM、SO2、Ox)については早剥と関連していませんでした。

 今回の研究で関連を認めたNO2は、燃焼(自動車、工場、ビル、家庭、自然界など)にともない排出される一酸化窒素(NO)が大気中で酸化されて発生する大気汚染物質です。

図2. 出産1~5日前の日平均大気汚染物質濃度と常位胎盤早期剥離との関連
図3. 出産2日前の日平均NO2濃度と常位胎盤早期剥離との関連についての層別検討

4. 本研究の限界と今後の展望について

 本研究には、以下のような限界点があります。第一に、妊婦が実際に曝露した大気汚染物質濃度を正確に捉えられていない可能性があるということです。本研究で使用した周産期登録のデータは個人が特定できないように匿名化されており、妊婦の自宅住所情報(里帰り出産の場合の実家情報を含む)がないので、出産した病院の所在地から早剥を起こした妊婦が曝露されていた大気汚染物質濃度を推定しました。そのため、実際にその妊婦が曝露されていた大気汚染物質濃度とは差がある可能性があります。第二に、早剥が発生した日を把握できていないということです。第三に、今回はNO2との関連が示されましたが、本当はNO2の影響ではなくNO2と一緒に濃度が変動する何らかの因子が影響していることも考えられるということです。

 このような限界はありますが本研究の知見は世界初のものであり、「大気汚染が早剥のひとつの誘因になるのではないか」という我々の仮説を掘り下げて検討していくことは、未解決な部分が多く残されている早剥のリスク因子を解明していくことにつながる可能性があります。我々は、早剥の発生機序の解明、早剥の発症予測や予防を目指して、知見の蓄積を進めていく必要があると考えています。

5. 発表論文

Michikawa, T., Morokuma, S., Yamazaki, S., Fukushima, K., Kato, K., Nitta, H. Air pollutant exposure within a few days of delivery and placental abruption in Japan. Epidemiology. 2016 Dec 1. doi: 10.1097/EDE.0000000000000605.

6. 問い合わせ先

〇国立研究開発法人国立環境研究所 
 環境リスク・健康研究センター 環境疫学研究室
 主任研究員 道川 武紘
 電話:029-850-2712
 E-mail:tmichikawa(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

〇九州大学 環境発達医学研究センター 
 特任准教授 諸隈 誠一(産科婦人科)
 電話:092-642-5105  
 E-Mail:morokuma(末尾に@med.kyushu-u.ac.jpをつけてください)

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