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2022年8月23日

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中国のカーボンニュートラル実現に向けた運輸部門の脱炭素化への道筋の策定

(文部科学記者会、科学記者会、広島大学関係報道機関、筑波研究学園都市記者会、環境問題研究会、環境省記者クラブ同時配布)

2022年8月23日(火)

本研究成果のポイント

・運輸部門に関する中長期シナリオを定量的に評価するため、交通モデルとエネルギーシステムモデルを組み合わせた統合評価フレームワークを開発しました。
・中国を対象として、運輸部門におけるエネルギー消費量の大幅な低減およびカーボンニュートラル目標の実現に向けた脱炭素化への道筋を示しました。
・交通計画とエネルギーシステム工学の分野横断研究を促進し、「回避(Avoid)、転換(Shift)、改善(Improve)」分析フレームワークを用いた統合評価を実施しました。

概要

広島大学大学院先進理工系科学研究科理工学融合プログラムの張潤森助教は、国立研究開発法人国立環境研究所社会システム領域地球持続性統合評価研究室の花岡達也室長と共同で、中国のカーボンニュートラル実現に向けた運輸部門の脱炭素化の分野横断的なシナリオを評価し、温室効果ガス排出削減経路を分析しました。
中国31省を対象とした運輸部門における長期的な脱炭素化への道筋と戦略について、開発した交通・エネルギー統合モデルを用いて、「回避、転換、改善(ASI:Avoid、Shift、Improve)」分析フレームワークに基づいて、輸送需要の削減、モーダルシフト(環境負荷の小さい輸送手段への転換)、および技術の改善などの全体的な観点から、様々な低炭素政策の有効性と実現可能性を評価しました。その結果、ASI分析フレームワークの下で、バランスの取れた低炭素交通政策パッケージを導入することで、2060年までに運輸部門におけるCO2排出量をベースラインシナリオと比べて最大で81%削減可能であり、中国のカーボンニュートラル目標に大きく貢献できることが分かりました。

本研究成果は、学術誌『Nature Communications』に2022年6月24日に掲載されました。

<論文発表> ●掲載誌:Nature Communications ●論文タイトル:Cross-cutting scenarios and strategies for designing decarbonization pathways in the transport sector toward carbon neutrality ●著者名:(*は筆頭著者)
張潤森1*,花岡達也
1.広島大学大学院 先進理工系科学研究科 理工学融合プログラム
2.国立研究開発法人国立環境研究所 社会システム領域
●DOI:10.1038/s41467-022-31354-9

背景

都市化と産業化に伴う交通運輸システムの発展は、温室効果ガス排出の増加に影響を与えており、運輸部門における地球温暖化対策の強化は世界全体の二酸化炭素(CO2)排出量削減のために必須です。中国のCO2 排出量は世界の約3割を占めており(2018年時点)、中国政府は2030年までにCO2 排出量をピークアウトし、2060年までにカーボンニュートラルを実現する目標を掲げています。カーボンニュートラル目標を達成するためには、全ての部門において対策を強化する必要があります。運輸部門でもCO2 排出を大幅に削減し、ゼロ排出に近づけることが出来るかどうかが、カーボンニュートラル社会の実現に向けた重要な課題の一つです。

脱炭素化への中長期シナリオ分析においてはエネルギーシステムモデルが用いられますが、運輸部門をエネルギー需要部門の一つとして扱い、国全体を網羅した分析手法が主流であるため、空間・地域解像度が粗く、具体的な地域別の都市構造、インフラ整備、交通行動などの特徴を十分に考慮できません。一方、土木計画・交通工学研究では、具体的な地域に対する低炭素まちづくりと交通行動に関する交通モデルを用いた分析手法が主流であるため、国全体の中長期シナリオに基づく交通運輸政策やエネルギー消費構造、および環境負荷などの影響を十分に考慮できません。そこで本研究では、エネルギーシステム工学分野と土木計画・交通計画分野の方法論およびモデリング手法を統合し、交通システムとエネルギーシステムの双方を考慮した、カーボンニュートラルの実現に向けた運輸部門の中長期シナリオの研究に取り組みました。

研究成果の内容

本研究では、中国31省を対象として、交通モデルとエネルギーシステムモデルを組み合わせた統合評価フレームワークを開発し、将来の運輸部門のエネルギー消費構造や温室効果ガス排出削減経路を分析しました。特に、回避(例えば、都市構造に基づく規制やロードプライシングなどによる輸送量の抑制)、転換(例えば、乗用車利用から公共交通機関利用への転換、乗用車の相乗りの普及など)、改善(内燃機関車の燃費効率改善や段階的廃止、バイオ燃料の普及、電気自動車の普及など)を考慮し「回避、転換、改善(ASI:Avoid、Shift、Improve)」分析フレームワークを用いました。そして、表1に示すように回避対策、転換対策、改善対策のそれぞれの方策(Strategy)に対して、技術手段、規制手段、情報手段、価格手段のそれぞれの対策手段(Instrument)を組み合わせた合計12種類の個別の将来シナリオと全ての対策の組み合わせを考慮した将来シナリオを設定し、各シナリオにおける交通輸送パターン、エネルギー消費構造や消費量、温室効果ガス排出削減経路、および緩和コストへの影響を評価しました。

表1 回避・転換・改善(ASI)分析フレームワークの概要

回避対策 転換対策 改善対策
技術手段 公共交通指向型の都市開発 高速鉄道の開発 バイオ燃料の普及
規制手段 都市構造に基づく規制 公共交通機関の利用推進 内燃機関車の段階的廃止と電気自動車の普及
情報手段 テレワークの普及 カーシェアリングの推進 エコドライブの推進
価格手段 ロードプライシングの導入 ガソリン税の導入 電気自動車への補助金の
導入

複数のシナリオ分析を実施することで、運輸部門における各種対策の相乗効果(シナジー)を最大化し、交換効果(トレードオフ)を最小化する望ましい対策の組み合わせを探索しました。図1は2015 年から2060年までの各種シナリオのCO2 排出経路を示しています。個別対策の組み合わせの効果を見ると、「改善対策-規制手段」を考慮したシナリオの削減効果が最も大きく、「回避対策-規制手段」を考慮したシナリオの削減効果が最も小さいことが分かりました。図2は、2015年から2060年までのベースラインシナリオと比べたCO2累積排出削減率を示しています。回避(Avoid)対策のみの場合の累積CO2 削減率は3~12%、転換(Shift)対策のみの場合は7~22%、そして改善(Improve)対策のみの場合は3~44%と、対策手段の種類やそれらの導入強度によって、削減効果が大きく異なります。
そこで、全ての対策の組み合わせを考慮し、中国のカーボンニュートラル目標の実現に向けた分析を実施したところ、図1 の脱炭素シナリオが示すように、運輸部門におけるCO2排出量はベースラインシナリオと比べて2030年までに58%削減、そして2060年までに最大で81%削減が可能であることが分かりました。以上より、ASI分析フレームワークの下でバランスを考慮し、回避・転換・改善の全ての対策・手段を取りこんだ低炭素交通政策パッケージによって、2060年までに運輸部門の大幅な脱炭素化が実現可能性であり、中国のカーボンニュートラル目標の達成に大いに貢献できることが分かりました。しかし現実には、交通計画と気候変動の研究の間に距離があるため、カーボンニュートラルを実現するには、交通計画の政策決定者、エネルギー計画の政策立案者、および気候変動の専門家の間で緊密な協力が必要とされます。

今後の展開

交通モデルとエネルギーシステムモデルを組み合わせた統合評価フレームワークを用いて、運輸部門における気候変動緩和策の経済面・環境面のトレードオフ、シナジー効果などを評価し、長期的な持続可能な発展目標や気候変動政策を検討することが可能になりました。本統合評価フレームワークは、将来、他の国や地域、さらには世界規模の交通計画・運輸政策による気候変動緩和策としての効果や影響の評価に適用することが期待されます。

参考資料

2015年から2060年の運輸部門からのCO2排出経路の図
図1:2015年から2060年の運輸部門からのCO2排出経路
2015年から2060年までのCO2累積排出削減率(ベースライン比)の図
図2:2015年から2060年までのCO2累積排出削減率(ベースライン比)

<研究資金>
本研究は、日本学術振興会が助成する科学研究費助成事業・国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(A))(21KK0208)、科学研究費助成事業・若手研究(21K17926)、および独立行政法人環境再生保全機構が助成する環境研究総合推進費(JPMEERF21S12009、JPMEERF20192008)によって実施されました。

お問い合わせ先

<研究に関すること>
広島大学大学院先進理工系科学研究科 助教 張潤森
Tel:082-424-3723 FAX:082-424-6904
E-mail:rzhang@hiroshima-u.ac.jp

<報道に関すること>
広島大学 広報室
Tel:082-424-3749 FAX:082-424-6040
E-mail:koho@office.hiroshima-u.ac.jp

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