ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2022年11月28日

衛星観測データのモデル解析により中国北東部におけるメタン漏洩が明らかになりました
~温室効果ガス観測技術衛星GOSAT(「いぶき」)の観測データによる研究成果~

2022年11月28日(月)
国立研究開発法人国立環境研究所
地球システム領域
 衛星観測センター
  特別研究員   Wang Fenjuan
  高度技能専門員 Maksyutov Shamil
  特別研究員   Janardanan Rajesh
  主幹研究員   森野 勇
  主任研究員   吉田 幸生
  センター長   松永 恒雄
 物質循環モデリング・解析研究室
  室長      伊藤 昭彦
 動態化学研究室
  室長      遠嶋 康徳
 

 全世界における天然ガス(70%から90%がメタン)の消費量は過去10年間でほぼ倍増しました。特に中国では大気汚染の軽減を目的に石炭から天然ガスへの転換が進められたため、天然ガスの利用は2012年以降激増しています。今般、国立環境研究所のWang Fenjuan、Maksyutov Shamil、松永恒雄らの国際的な研究グループは、温室効果ガス観測技術衛星GOSAT(「いぶき」)の観測データと温室効果ガス世界資料センターの地上観測データを元に、インバースモデルを用いて2010年から2018年の中国の複数の地域からのメタン排出量を解析し、この期間の中国のメタン排出量が地域により大きく異なることを明らかにしました。特に中国北東部ではメタン排出量推定値の年々変動の傾向が同地域の天然ガス使用量のそれとほぼ一致しました。また2018年の中国北東部の天然ガス排出量は、同地域の天然ガス消費量の3.2%から5.3%に相当することも分かりました。本研究結果は、中国が2060年までにカーボンニュートラルを実現する目標を達成するためには、天然ガスの漏洩の削減が急務であることを示しています。
 本研究成果は、2022年11月17日に『Scientific Reports』誌に掲載されました。

 ※本ページは2022年11月28日付の英文報道発表の内容を和文で説明するものです。

1. 背景

 天然ガスは石炭よりも大気汚染の少ない比較的クリーンな化石燃料であり、世界中で広く利用されています。一方、最近の研究では、生産・供給・利用設備からの天然ガス漏洩はメタンの大きな排出源であるにも関わらず、排出インベントリにおいては多くの地域で過少評価されていることが示されています。またメタンは地球温暖化に対する影響が二酸化炭素に次いで大きい温室効果ガスですが、二酸化炭素と比べて大気中での寿命が短いため、その排出量削減はパリ協定に資する迅速かつ実現可能な緩和策の重要な要素となっています。
 中国では、大気汚染軽減と二酸化炭素排出量削減のために実施されてきた石炭から天然ガスへの転換政策により、天然ガスは過去10年間に最も急速に消費量の増えた化石燃料となりました。例えば中国の天然ガス消費量は、2010年の1,085億m3(一次エネルギー消費量の4%)から2018年には過去最大の2,800億 m3(一次エネルギー消費量の7.6%)まで劇的に増加しました。さらに中国のエネルギー計画によると、石炭・石油の消費量は今後減少することが予測されている一方、一次エネルギー消費量における天然ガスの割合は今後も増え続け、2030年には15%に達する見込みです。また2010年から2018年にかけて、中国の都市部での天然ガス供給パイプラインの長さは29.8万kmから84.2万kmと、約3倍になりました。しかしこれらのパイプラインからの漏洩を含め、中国における天然ガスの排出量に関して公開されているデータは限られています。

2. 研究概要と成果

 本研究では、中国の複数の地域のメタン排出量を推定するため、温室効果ガス観測技術衛星GOSATによる9年間(2010年から2018年)のメタン観測データと、温室効果ガス世界資料センター(WDCGG)の地上観測データを利用しました。GOSATは大気中のメタンカラム平均濃度を、地上観測点では地表面のメタン濃度を観測しています。これらの観測データを、国立環境研究所で開発された高分解能インバースモデルであるNTFVAR(NIES-TM-FLEXPART-variational)に入力して、メタン排出量の推定を行いました。
 図1に中国の4地域におけるメタン排出量のNTFVARによる推定値を示します。中国の北東部(NE)、南東部(SE)、北西部(NW)、青海チベット高原(TP)の4地域では、気候、地理的特徴、農業形態、主要な経済活動、メタン排出源が異なります。2010年から2018年の4地域の平均メタン排出量のNTFVAR推定値は、南東部では30.0±1.0 Tg CH4 /年(平均±標準偏差)、北東部では23.3±2.7 Tg CH4 /年、北西部では2.9±0.2 Tg CH4 /年、青海チベットでは1.7±0.1 Tg CH4 /年でした。過去9年間のメタン排出量の変化は各地域により異なりますが、中国全体と中国北東部では大幅な増加傾向が見られました。

中国の2010~2018年のメタン排出量のNTFVAR推定結果の図
図1 中国の2010~2018年のメタン排出量のNTFVAR推定結果。本研究では中国を中国北東部(NE)、中国南東部(SE)、中国北西部(NW)、青海チベット高原(TP)の4地域に分けて解析を行なった。

 本研究では、天然ガスの生産と消費が劇的に増加しており、その増加がその地域のメタン排出量増加の主な原因の一つと考えられる中国北東部に焦点を当てました。また省レベルの排出インベントリと漏洩分に対応する排出係数などを用いて、生産、輸送、利用の各段階からの漏洩を含めた天然ガス起源のメタン排出量を推定しました。この推定結果とNTFVAR推定結果はともに2010年から2018年の間に大幅な増加を示しています(図2)。なお天然ガスの漏洩はエネルギー資源の大きな浪費になりますが、例えば、2018年の中国北東部での天然ガス起源のメタン排出量推定結果は同地域の天然ガス消費量(1015 億m3)の3.2~5.3%でした。

2010~2018年の中国北東部におけるNTFVARによるメタン排出量の図
図2 2010~2018年の中国北東部におけるNTFVARによるメタン排出量(オレンジの実線は推定値、不確実性の範囲はオレンジの陰影で示す。)および天然ガス(NG)起源のメタン排出量推定値(青の陰影の範囲)。

 図3に中国北東部における天然ガス起源のメタン排出量推定値と、NTFVARによるメタン排出量推定値の2010年から2018年各年の前年に対する増分を示します。NTFVARによるメタン排出量の年々変動の傾向は、天然ガス起源のメタン排出量の年々変動の傾向にほぼ一致しています。2016年1月には中国北東部を記録的な寒波が襲い天然ガスの使用量が急増したため、天然ガス供給機関における天然ガスの漏洩量(天然ガスの購入量と販売量の差)の増加が報告されましたが、それと同時期にNTFVARによるメタン排出量も急増していました。このことより地域レベルでのメタンの人為起源発生源の変動をGOSATが観測可能であることが示唆されます。

中国北東部におけるNTFVARによるメタン排出量推定値の年増加量の図
図3 中国北東部におけるNTFVARによるメタン排出量推定値の年増加量(オレンジ)および天然ガス(NG)起源のメタン排出量推定値の年増加量(青の陰影の範囲)。

3. 今後の展望

本研究の結果は、天然ガスの使用増加が中国の炭素削減への取り組みを脅かしていることを浮き彫りにするものです。天然ガスの生産およびサプライチェーンからのメタン漏洩の増加は、炭素削減対策の導入にもかかわらず、多様な関係者に影響を及ぼします。特に中国には90万kmを超える大規模な天然ガス供給パイプラインが既に敷設されており、天然ガスの漏洩はエネルギー資源の多大な浪費につながります。本研究ではGOSATおよび地上観測データを用いたインバースモデル解析により地域別のメタン排出量の経年変化を捉えることができましたが、今後、高分解能の衛星による観測がさらに行われることでより正確なメタン排出量の推定が可能になり、排出量削減対策に関する科学的な方向性が示されることが期待されます。また中国におけるメタン排出量をより効果的に削減し、経済、環境、健康の増進に資するためには、高性能の可搬型測器を使用した漏洩検知/漏洩箇所の特定を進める必要があります。

4.発表論文・データ公開

発表論文

[タイトル] Atmospheric Observations Suggest Methane Emissions in North-Eastern China Growing with Natural Gas Use
[著者] Fenjuan Wang, Shamil Maksyutov, Rajesh Janardanan, Aki Tsuruta, Akihiko Ito, Isamu Morino, Yukio Yoshida, Yasunori Tohjima, Johannes W. Kaiser, Xin Lan, Yong Zhang, Ivan Mammarella, Jost V. Lavric and Tsuneo Matsunaga
[雑誌] Scientific Reports,12, 18587 (2022)
[DOI] 10.1038/s41598-022-19462-4

データ公開

GOSAT データ GOSAT Data Archive Service(GDAS)
https://data2.gosat.nies.go.jp/index_ja.html
メタンの地上観測データ 温室効果ガス世界資料センター(WDCGG)
https://gaw.kishou.go.jp
メタンの排出インベントリ Emissions Database for Global Atmospheric Research(EDGAR)
https://edgar.jrc.ec.europa.eu/
火災起源のメタン排出量データ Global Fire Assimilation System(GFAS)
https://www.ecmwf.int/en/forecasts/dataset/global-fire-assimilation-system
湿地からのメタン排出量データ 陸域生態系モデル(VISIT)
https://www.nies.go.jp/doi/10.17595/20210521.001.html
国立環境研究所航空機観測・日露シベリアタワー観測ネットワーク(JR STATION)データ:
https://db.cger.nies.go.jp/ged/ja/index.html
気象庁55年長期再解析 (JRA-55)データ:
https://search.diasjp.net/ja/dataset/JRA55

5.謝辞

 GOSATシリーズは、環境省、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、国立環境研究所が共同で推進している地球観測衛星プロジェクトです。
 本研究は、国立環境研究所GOSATプロジェクト、GOSAT-2プロジェクトの支援、および多くの機関による地上観測への資金援助を受け実施されました。また本研究で使用した計算機資源は主に国立環境研究所のスーパーコンピュータシステムです。気象データ(JRA-55)は気象庁が作成しました。

6.問い合わせ先

研究に関する問い合わせ

国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域 衛星観測センター
センター長 松永 恒雄
特別研究員WANG Fenjuan

報道に関する問い合わせ

国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
E-mail:kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

7. 補足情報

温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)

 温室効果ガス観測技術衛星(Greenhouse gases Observing SATellite: GOSAT、愛称「いぶき」)は、主要な温室効果ガスである二酸化炭素とメタンの濃度を宇宙から観測する世界初の専用衛星です。国立環境研究所はGOSATシリーズプロジェクトを環境省、宇宙航空開発機構(JAXA)とともに推進しています。GOSAT(いぶき)は、本シリーズの最初の衛星で2009年の打上げから13年以上にわたり二酸化炭素とメタンのカラム平均濃度の観測を行っています。2号機のGOSAT-2(いぶき2号)は2018年に打ち上げられ、二酸化炭素、メタンに加え、一酸化炭素の観測を開始しました。さらに、2023年度の打ち上げを目指し、3号機の温室効果ガス・水循環観測技術衛星(GOSAT-GW)の開発が進められています。

パリ協定

パリ協定は気候変動に関する法的拘束力のある国際条約で、2015年12月にパリで開催された国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の第21回締約国会議(COP21)において196の締約国によって採択されました。本協定は地球の平均気温の上昇を産業革命前の水準よりも 2℃より十分に低く抑え、できれば上昇を 1.5℃ に抑えるという長期的な気温目標を設定しています。この目標を達成するため、各国は、温室効果ガス排出量のピークにできるだけ早く到達し、今世紀半ばまでに気候中立を実現するための意欲的な取り組みを行っています。詳しくは以下をご覧ください。
https://unfccc.int/process-and-meetings/the-paris-agreement/the-paris-agreement

大気中のメタンの寿命

 メタンは、二酸化炭素に次いで人為的な気候変動に及ぼす影響の大きい温室効果ガスですが、その大気中の寿命は10 ± 2年で、二酸化炭素の寿命(5~200年)よりも短くなっています(IPCC、2013)。

メタンの排出源

 メタンは、さまざまな人為起源および自然起源の排出源から排出されます。メタン排出量の約60%は、農業活動、廃棄物処理、石油・天然ガスの生産/輸送/利用過程、石炭採掘などの人為起源排出源からのものです。一方自然起源の発生源には、湿地、湖や川などの淡水域、陸上・海上の湧出域や火山などの地質学的な発生源が含まれます。またその他の小さな発生源には、反芻野生動物、シロアリ、メタンハイドレート、永久凍土などがあります。詳しくは以下をご覧ください。
https://www.globalcarbonproject.org

インベントリにおける石油・ガスからのメタン排出量の過少評価

 メタンは天然ガスの上流・下流工程(生産、輸送・貯蔵、配給など)および最終使用の燃焼時に大気中に漏洩する可能性がありますが、大気観測データを用いた研究により、石油および天然ガスの生産時に排出される大量のメタンがボトムアップ方式のインベントリに計上されていない事例が報告されています。Zhangら(2020)は高分解能の衛星観測により、アメリカ合衆国最大の産油盆地から生産される天然ガスの3.7%(全国平均の漏洩率より60%程度高い)に相当する漏洩を推定しました。Chanら(2020)はカナダ西部の石油と天然ガス事業によるメタンの8年間の排出量を推定し、それがインベントリの排出量のほぼ2倍であることを明らかにしました。またWellerら(2020)はAdvanced Mobile Leak Detection(AMLD)のデータをパイプラインのGIS情報と組み合わせ、アメリカ合衆国内の地域配給システムのパイプラインからのメタンの漏洩量を推定し、インベントリで報告された値の約5倍であることを見出しています。

高分解能インバースモデルNIES-TM-FLEXPART-VAR (NTFVAR)

 インバースモデル解析(逆解析)は温室効果ガスの吸収排出量を推定する重要な手法であり、大気観測データに合うようにインベントリなどによる吸収排出量の先験値の最適化を大気輸送モデルを用いて行います。
 NIES-TM-FLEXPART-VAR(NTFVAR)は、国立環境研究所のShamil Maksyutovらのグループにより開発された全球インバースモデルで、オイラー型3次元輸送モデルである国立環境研究所大気輸送モデル(NIES-TM) v08.1iとラグランジュ型モデルのFLEXPART model v.8.0を組み合わせています。本モデルは、気象庁の気象データ(JRA-55)で駆動され、吸収排出量の先験値にはEDGERデータベースからの人為起源排出量グリッドデータ(エネルギー、農業、廃棄物などの分野)、VISITモデルによる湿地からのメタン排出量の推定値、GFASによるバイオマス燃焼からのメタン排出量の推定値、および海洋・地質・シロアリ起源のメタン排出量の気候値などが使用されています。NTFVARによるインバース解析では、変分法による最適化により、吸収排出量の先験値を0.1°×0.1°の空間分解能、隔週の時間ステップで補正し、吸収排出量を推定します。また変分法を用いたインバージョンではMaksyutovら(2021)に記述されている大気輸送モデルの高分解能版とそのアジョイントを組み合わせて使用しています。

参考文献

Chan, E. et al. Eight-Year Estimates of Methane Emissions from Oil and Gas Operations in Western Canada Are Nearly Twice Those Reported in Inventories. Environmental Science & Technology 54, 14899-14909, doi:10.1021/acs.est.0c04117 (2020). IPCC 2013: Climate Change 2013: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Fifth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. [Stocker, T. F. Q. et al.]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA. Maksyutov, S. et al. Technical note: A high-resolution inverse modelling technique for estimating surface CO2 fluxes based on the NIES-TM - FLEXPART coupled transport model and its adjoint. Atmospheric Chemistry Physics 21, 1245–1266 doi:10.5194/acp-21-1245-2021(2021). Weller, Z., Hamburg, S. & von Fischer, J. A National Estimate of Methane Leakage from Pipeline Mains in Natural Gas Local Distribution Systems. Environmental Science & Technology 54, 8958-8967, doi:10.1021/acs.est.0c00437 (2020). Zhang, Y. et al. Quantifying methane emissions from the largest oil-producing basin in the United States from space. Science Advances 6, doi:10.1126/sciadv.aaz5120 (2020).

関連新着情報

関連記事