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2023年1月20日

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カーボンニュートラル社会への移行は
日本の鉄鋼生産・利用をどのように変えるのか

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2023年1月20日(金)
国立研究開発法人国立環境研究所
資源循環領域 国際資源持続性研究室
 研究員     渡 卓磨
 准特別研究員  畑 奬
 主幹研究員   中島 謙一
 室長 (PG総括)  南齋 規介
 

 2050年カーボンニュートラル(CN)の達成には、残り27年という非常に限られた時間内で対策困難な産業部門を脱炭素化することが必要です。この課題に対して、国立環境研究所 物質フロー革新研究プログラムの研究チームは、CN社会のカーボンバジェットと整合的な日本の鉄鋼生産・利用像について数理モデルを用いて解析し、供給側と需要側において鍵となる対策を調査しました。
 その結果、2050年のCN社会における鉄鋼生産・利用可能量は、技術開発が計画通りに進展した場合でも、再エネ電力・水素・鉄スクラップの供給制約のために、現在の半分程度となる可能性が示唆されました。特に高級鋼材(薄板や高張力鋼など)を多く利用する自動車産業への影響が大きく、鉄スクラップを許容限界の高い建設材料(棒鋼や形鋼など)にダウンサイクルするという現在の慣習が今後も続いた場合、自動車産業が2050年に利用可能な鋼材は現在の約40%のレベルに留まると推計されました。
 上記の結果は、現在、中心的対策として議論されている特効薬的技術(水素直接還元製鉄など)に加えて、(1)鉄スクラップで高級鋼材を生産するアップサイクルの確立、(2)現状より少ない鋼材利用でサービス提供を可能とする新規ビジネスモデルへの転換、の2つを鉄鋼産業と需要側産業が協働的に進めることの重要性と喫緊性を示唆しています。2050年CNの達成には、安価な素材を大量に利用する現代社会から、高機能な素材を効率的に利用する社会へ迅速に移行し、社会全体で資源制約に備えることが鍵となります。
 本研究の成果は、2023年1月5日付で国際学術誌『Nature Sustainability』に掲載されました。
 

結果1 現在の鉄鋼生産・利用

図1 2019年の日本における鉄鋼生産と利用の構造の図
図1 2019年の日本における鉄鋼生産と利用の構造
本フロー図は原材料の調達から生産、利用に至る一連の鉄の流れを示しています。色の濃淡は鉄スクラップを主原料とする電炉鋼材の割合を示しており、色が濃くなるほど電炉鋼材の割合が大きいことを意味します。現在、鉄スクラップの大半は不純物許容度の厳しい高級鋼材ではなく、棒鋼や形鋼といった建設系の鋼材にダウンサイクルされています。その結果、全鋼材利用量に対する電炉鋼材の割合は、建築産業で60%を超えるのに対して、高級鋼材への依存度が高い自動車産業では20%以下に留まることが分かりました。図中の数値の単位は全てmillion tonnesです。

結果2 カーボンニュートラル社会における鉄鋼生産・利用

2050年カーボンニュートラル社会のカーボンバジェットと整合的な日本の鉄鋼生産と利用の推移の図
図2 2050年カーボンニュートラル社会のカーボンバジェットと整合的な日本の鉄鋼生産と利用の推移
上段が粗鋼生産、中段が鋼材生産、下段が製品生産を示しています。Innovative production(革新的生産技術)にはエネルギー効率改善、高炉におけるコークスの一部水素代替、炭素回収貯蔵(CCS)、水素直接還元製鉄が含まれます。Circular economy(循環型経済)には国内リサイクル能力の拡大、および製品の長寿命化(リユース等を含む)が含まれます。本図は、革新的生産技術と循環型経済が野心的なペースで普及した場合でも、再エネ電力・水素・鉄スクラップの供給制約によって、2050年の鉄鋼生産・利用可能量は現在よりも大幅に制限される可能性を示唆しています。特に鉄スクラップを建設材料にダウンサイクルするという現在の慣習が今後も続いた場合、高炉/転炉法に依存する高級鋼材の生産能力がより厳しい制約を受けます。

結果は何を示唆するのか?

 本研究結果から得られる重要な示唆は、鉄鋼生産を脱炭素化するための特効薬は存在しない、ということです。現在、脱炭素化のための中心的対策として議論されている水素直接還元製鉄や炭素回収貯蔵技術等の、いわゆる特効薬的な生産技術は技術的・経済的・社会的な課題を抱えており、大規模な導入には至っていません。そして、これらの技術を利用するために必要な再エネや水素等の供給可能性は非常に不確実であるのが現状です。つまり、特効薬的技術に依存した脱炭素化計画は、産業の操業可否や安定的な地球への転換を、不確実かつ将来世代の多大な努力が必要な技術に委ねていることを意味します。
 本研究が示唆するのは、特効薬的技術に依存しない脱炭素化計画を持つことの重要性です。そのためには、(1)スクラップで高級材を生産するアップサイクルの確立、(2)現状より少ない素材利用でサービス提供を可能とする新規ビジネスモデルへの転換、を素材産業と需要側産業が協働的に進めることが特に重要になります。

 本研究で開発した数理モデルのコードと全ての入力・出力データはGitHub(https://github.com/takumawatari/material-budget-steel)で公開していますので、計算の詳細やモデルの再利用はそちらをご覧ください。

研究助成

 本研究は、科研費基盤研究(C)(21K12344)、科研費挑戦的研究(開拓)(22K18433)、環境研究総合推進費(JPMEERF20223001)、JST未来社会創造事業(JPMJMI21I5)の支援を受けて実施されました。

発表論文

【タイトル】
Limited quantity and quality of steel supply in a zero-emission future
【著者】
Takuma Watari, Sho Hata, Kenichi Nakajima, and Keisuke Nansai
【雑誌】
Nature Sustainability
【DOI】
https://doi.org/10.1038/s41893-022-01025-0

問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 資源循環領域
国際資源持続性研究室 研究員 渡卓磨

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

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