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2019年9月30日

アジアの持続可能な発展に向けて

Summary

 世界各地で、集中豪雨、干ばつ、熱波、強い台風などの異常気象が観測されるなど、気候変動の影響が現れています。また、大気汚染は、健康に影響を与えるだけでなく、生態系や建造物などにも影響を及ぼし、気候変動とともに地域規模の問題です。経済成長が加速するアジアでは、人々が現在の先進国の大量消費・大量生産型の生活スタイルを追従して消費水準を高めていくと、気候変動も大気汚染も悪化の一途をたどると考えられています。そこで、気候変動対策としてエネルギー源の選択が重要になりますが、さらに私たちは気候変動だけでなく大気汚染も同時に解決することを目指して研究に取り組んでいます。

アジアの環境問題:気候変動と大気汚染

 経済成長が著しいアジア諸国では、石炭や石油などの化石燃料をエネルギー源とした工業化が進み、化石燃料の燃焼によるCO2や大気汚染物質の排出量の急増が大きな問題になっています。特に、中国やインドなどで大気汚染物質による健康影響が問題になっています。また、近年、アジア域で排出された大気汚染物質が西風に乗って長距離を運ばれてくるため、九州や西日本の広い範囲で、大気汚染物質の濃度が増加しています。こうしたことから、アジアで急増する温室効果ガスの排出量を削減し、大気汚染を改善するためには、日本だけで排出量削減の対策を考えるのではなく、アジア諸国を含めた地球全体で協力して対策を進めることが、必要とされています。

気候変動に向けた世界の目標と国別の目標の現状

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第五次評価報告書によると、気候変動の原因となる温室効果ガスの排出削減対策を取らなければ、「今世紀末には地球全体の平均気温が現在と比べて4℃前後高くなる」と報告されています。また、2015年9月末までに国連気候変動枠組条約事務局に加盟国が提出した温室効果ガスの排出削減努力目標を合計しても、パリ協定で合意した「2℃目標」の達成には十分でなく、約100億トンCO2eq(=2010年のアジア全体のCO2排出量の合計に相当)以上のさらなる削減努力が必要と指摘されています。各国において高い削減目標が掲げにくい理由の一つに、自国の社会・経済事情を最優先として数値目標が設定される点があります。また、温室効果ガスを排出する国と気候変動の影響を受ける国が異なり、気候変動を身近な問題として実感しにくい点も挙げられます。そこで、身近な問題として実感できる大気汚染のような視点も同時に考慮し、気候変動への対策の効果に注目することが大事だと考えています。

アジアにおける対策のポイント:大気汚染対策と気候変動対策の共便益に注目

 では、どのような対策が有効なのでしょうか?その理解のためには、まず、気候変動と大気汚染の原因物質とそれらの発生源、および環境への影響への特徴を把握する必要があります。温室効果ガスには、CO2、メタン(CH4)、亜酸化窒素(N2O)、フロン類(CFCs、HCFCs、HFCs、PFCs、SF6、NF3)などがあります。また、大気汚染物質には、硫黄酸化物(SO2)、窒素酸化物(NOx)、ブラックカーボン(BC)、一酸化炭素(CO)、 非メタン揮発性有機化合物(NMVOC)、対流圏オゾン(O3)などがあります。CO2と大気汚染物質(SO2、NOx、BC、CO)に注目すると、それらの発生源は共通して化石燃料であり、燃焼による排出量の割合が大きいことが知られています。そのため、化石燃料の消費に対する対策を考えれば、CO2も大気汚染も削減することができます。

 ただし、大気汚染物質には、BCや対流圏O3のような温室効果を持つものやSO2、NOxのような冷却効果を持つものなど、気候変動に正または負の影響を与えるものがあることに注意が必要です。たとえば、化石燃料から再生可能エネルギーへ転換した場合、化石燃料の燃焼によるSO2、NOxなどの大気汚染物質が減り、健康や生態系などへの影響は軽減しますが、同時に地域的な冷却効果が減り、気候変動を促進する可能性もあります。そこで近年、大気汚染物質であり温室効果を持つ対流圏O3やBCの削減に注目が集まっています。これらは、大気中の寿命(大気中に残存する期間)が数日から十数年と比較的短いため、短寿命気候汚染物質(SLCP: Short-Lived Climate Pollutant)と呼ばれています。SLCPを早期に大幅に削減することは、気候変動の抑制にも大気汚染の軽減にも効果があると期待されています。

「気候変動」と「大気汚染」の同時解決に向けたアジアにおける対策

 「2℃目標の達成に向けた気候変動対策と健康影響や環境影響の軽減対策を同時に実現し、さらに2℃目標の実現性を高めるための早期のSLCP削減」を目指すような将来シナリオを国際的に議論することが重要になります。また、近年では1.5℃目標も議論されています。 このとき、ガスの種類によって主な発生源や発生量が異なり、また対策の種類によって削減効果が異なるため、発生源の特徴に応じて適切に対策を組み合わせることが大切です。これは、対策の組み合わせ次第で、ある対策による削減効果が別の対策によって相殺される場合もあるからです。

 そこで、世界を対象とした技術選択モデル(AIM/Enduseモデル)を用いて、多数の将来シナリオを「探索」しました。最終的に表1に示した9つのシナリオについて、対策の組み合わせによる相乗効果や相殺効果の傾向を解析しました。その結果、アジア全体では、CO2排出経路は類似していても、対策技術の組み合わせ次第で、大気汚染物質やSLCPの排出経路は大きく異なることが分かりました(図5)。

 SLCPの早期の削減対策として、BCやCH4の排出源に対して「直接的な削減対策」を選択したときと、対流圏O3の前駆物質であるNOx、CO、NMVOCの排出源に対してそれぞれ対策を取ったことによって対流圏O3生成を抑制する「間接的な削減対策」に注目しました。すると、1)発電部門における電源構成、2)発電・産業部門におけるCO2回収貯留、3)家庭・業務・運輸部門における電化率の促進、4)発電・産業・運輸部門における大気汚染物質の除去装置の導入の促進、の主に4つの対策が気候変動と大気汚染の双方の解決に効果的であることが分かりました。気候変動と大気汚染の同時解決に向けて、大気汚染物質による気候変動への影響と健康や生態系などへの影響を総合的に考慮して、これからもアジアの研究者と協力して具体的な研究を進めていきます。

将来シナリオの概要の表
表1 複数の将来シナリオの概要
現状が続く「なりゆき」に、大気汚染の原因物質を削減する「除去対策」、さらに2℃目標の達成に向けた対策を加えた「2℃目標+除去対策」の3つのシナリオグループを策定しました。「除去対策」は対策の強さをMid(強化継続)、Max(最大)としています。また、2℃目標の達成に向けて、さらに強化を進める重要な対策を右4つの欄に示しています。
大気汚染物質の排出経路の例の図(クリックで拡大表示)
図5 複数の将来シナリオの検討:アジアのSLCP、大気汚染物質の排出経路の例
表1に基づいて対策の導入強度および組み合わせを考慮して試算したアジアにおける主要なガス種の排出経路の違いを図5に示します。その結果、1)BCを大幅削減しつつ、健康影響を考慮してSO2も十分に削減し、2)対流圏O3の抑制のために前駆物質であるNOx、CO、NMVOCを削減し、3)大気中CH4増加の抑制のためにNOxとCOを同時に削減し、かつ4)SO2、NOx、NMVOC削減による地域的な冷却効果の低減(=気候変動影響の増加)による相殺効果、を考慮すると、「2℃目標を実現する対策を取りつつ、特に再生可能エネルギー強化、民生・運輸での電化促進、汚染除去対策は強化継続を進める(2D-EoPmid-RESBLDTRT)」シナリオが、総合的に気候変動と大気汚染を同時に解決するシナリオとして有効だと考えられます。

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