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2019年9月30日

科学と政策をつなぐ統合評価モデル

研究をめぐって

 2℃目標や1.5℃目標の実現に向けては、経済発展と大幅な温室効果ガス排出量の削減をいかに実現するかが重要となります。この対策の基礎情報を提供してくれるのがAIMを含めた統合評価モデルです。ここでは、こうした統合評価モデルの動向について解説します。

世界の動向

 気候変動問題を解析し、有効な対策を検討するには、様々な学問領域の知見が必要です。しかし、気候変動問題のメカニズムを100%解明してから、解決策を探っていては手遅れになってしまいます。そこで、科学者は常に最新の科学的な知見を束ねて、政策決定者に伝え、一方、政策決定者は政策に必要な情報を科学者に伝えることが重要です。気候変動に関する様々な知見をとりまとめるとともに、政策決定者と科学の間の仲立ちをするのが統合評価で、統合評価モデルは、この統合評価という知見をモデルという形で取りまとめたものといえます。世界では様々な研究チームが独自の統合評価モデルを開発し、分析しています。2018年にノーベル経済学賞を受賞したNordhaus教授のDICEモデル、RICEモデルも、規模は小さいですが統合評価モデルの一つです

 コラム1で述べたようにモデルは、開発者の考えに影響をされます。このため、様々なモデルの結果を集めて、結果のバラツキの程度を検討するモデル比較研究が行われています。異なるモデルで計算しても同じような結果が出れば、その結果の蓋然性は高いと考えられるからです。代表的なモデル比較研究は、スタンフォード大学が主宰してきたEMF(エネルギーモデリングフォーラム)です。このフォーラムでは、AIMをはじめ世界の多くの研究チームが参加し、様々な施策を評価しています。また、IAMC(統合評価モデリングコンソーシアム)でも、年次会合を毎年開催し、モデル間の情報交流等を行っています(図6)。こうしたモデルの比較研究は、モデルのもつ不確実性を補えるので有用ですが、参加するモデルの結果が徐々に集約する傾向にあることも指摘されています。

 このほか、COP21の前にはIDDRI(持続可能な開発・国際関係研究所)とSDSN(持続可能な開発ソリューション・ネットワーク)が中心となって、DDPP(大幅な脱炭素に向けた道筋プロジェクト)と名付けられた国際研究が行われました。これは、世界16ヵ国の研究者が集まり、2℃目標を実現する各国の温室効果ガスの大幅削減に向けた政策を評価するもので、AIMを使う国として、日本、インドネシア、中国、インド等が参加しました。このプロジェクトは、その後はEUの予算により、新しい国際共同研究として受け継がれ、発展しています。特に欧州では、モデルによる計算とともに、様々なステークホルダーによる議論が一般的に行われています。

 AIMによる途上国支援でも、同じモデルを各国に適用しています。モデルの違いによる結果のバラツキは評価できませんが、モデルが共通なので、他の国の結果と比較や評価がしやすいという利点があります。

IAMCでの集合写真
図6 国立環境研究所で開催したIAMC第6回年次会合(2013年10月28-30日)
統合評価モデル開発に関わる世界中の研究者が、持ち回りで年次会合を主催し、最新の研究成果に関する意見交換やIPCCへの貢献等について議論しています。国立環境研究所も議論に参加するとともに、アジアで開催された年次会合のうち第3回、第6回、第12回はつくばで開催しています。第9回は、AIMメンバーであるJiang博士により北京で開催されました。
http://www.globalchange.umd.edu/iamc/annual-meetings/

日本の動向

第1回AIM国際ワークショップの写真
第24回AIM国際ワークショップの写真
図7 AIM国際ワークショップ
上段:第1回AIM国際ワークショップ(1996年2月1日)
下段:第24回AIM国際ワークショップ(2018年11月5-6日)
1995年度から国立環境研究所で毎年開催している国際ワークショップ。アジアの研究者を招へいし、各国の成果を共有するとともに、今後の共同研究について議論しています。開始当時は20名足らずの参加者でしたが、現在では80名を超え、若手研究者のためのポスターセッションも設けています。これまでのワークショップはhttp://www-iam.nies.go.jp/aim/aim_workshop/index_j.htmlを参照して下さい。

 日本では、1997年に京都で開催されたCOP3の前に、国立環境研究所がAIM/Enduseモデルを用いて2010年の二酸化炭素排出削減量の予測を示しました。これに対して、計算の際の入力条件としていた鉄鋼生産量や自動車の燃費改善率が違っているだけなのに「モデルそのものが理論的に崩壊した」とモデル全体が間違っているかのような非難を受けました。当時は、モデルを政策に活用するという考えはなく、また、削減目標の議論そのものもオープンではなく、各部門(各業界)が示した数字を積み上げるというものでした。

 2008年に始まった2020年の排出削減目標に関する議論では、オープンな議論を目指して中期目標検討委員会が組織され、その下に作られたワーキングチームで削減目標の定量化が行われました。国立環境研究所が参加したワーキングチームでは、世界を対象とした技術選択モデル(費用や削減ポテンシャルにおいて欧米との違いを比較するため)、日本を対象とした技術選択モデル(詳細な対策技術の組み合わせを検討するため)、日本を対象とした経済モデル(対策による経済影響を評価するため)の3種類のモデルが使われました。2009年6月には、これらの議論を踏まえて、麻生総理大臣(当時)が日本の中期目標を「国内対策として2005年比15%削減(1990年比8%削減)」に決定しました。このときの作業はモデル研究者にとって作業が大変でトラウマにもなっていますが、統合評価モデルとしては理想的なモデルの使われ方であったと思っています。

 その後、鳩山総理大臣(当時)が、2020年の排出量を1990年比で25%削減するという目標を国連で宣言し、それをどう実現するかがモデルに対して問われるようになりました。前述の中期目標検討委員会でも1990年比で25%削減は選択肢の一つとしてあげられていましたが、想定されている社会・経済シナリオと技術の組み合わせでは達成できないというのが、その時のモデル側からの答えでした。総理大臣が代わったからといって同じ前提では答えが変わるはずがないのですが、「25%削減は実現できない」という結果に対して、「モデルはだめだ」などとも言われました。その後、逆にモデルに対してどうすれば25%削減を達成できるのかという問いに対する答えが求められるようになり、中央環境審議会において社会・経済の姿や技術が普及する速度などの前提そのものも含めて25%削減を達成する道筋が議論されるようになりました。

 しかしながら、2011年3月の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故が、この議論に大きな影響を及ぼします。というのも、2020年に25%削減を実現するための議論の中で、発電部門では原子力発電のシェアを高めるのが有効という結果を示していたためです。そのため、エネルギー源の組み合わせを含めた将来シナリオが一から見直されることになりました。モデルに対しては、原子力発電の比率、経済成長率、温暖化対策の強度など、将来の不確実性に関する要素について様々な注文が出され、モデルは水晶玉のように最も望ましい結果を示すものといった誤った期待が寄せられました。すべての注文に対応しようとして多くのシナリオが設定され、その結果、多くの計算結果が示されました、このため、最終的には「モデルはわからない」という結末に至ってしまいます。

 さらに、2013年以降は、原子力発電の議論を避けるためか、モデルの結果そのものが公の場で議論されることはあまり見られなくなりました。2019年6月に閣議決定された「長期低炭素発展戦略(パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略)」についても同様です。

 モデルの役割は、将来の排出削減目標や想定された前提が整合的かどうかをチェックし、オープンな議論に必要となる情報を提供することです。モデルそのものが将来を決定するわけではありませんが、残念ながら現在はモデルが効果的に使われているとは言えません。モデルのトレーニングでは、モデルそのものの解説だけではなく、こうした日本におけるこれまでの歴史や世界における取り組み例も併せて紹介し、効果的、効率的な気候変動対策が自律的に行われるように支援しています。

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