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2019年4月26日

地域主体の低炭素シナリオ検討に向けて:低炭素ナビの開発とワークショップでの実証

特集 地域の持続可能性を高めるロードマップの開発
【研究ノート】

芦名 秀一

 2015年12月にフランス・パリで開催された気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で世界共通の気温上昇に関する長期目標等が示されたパリ協定が採択され(2016年11月4日発効)、世界全体での温室効果ガス排出量削減の取組がますます広がりつつあります。わが国もパリ協定を批准しており、「地球温暖化対策計画」で削減目標達成に向けた具体的な取組や目標を示しているほか、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略策定に向けた懇談会(パリ協定長期成長戦略懇談会)」等での長期戦略の議論が進められているところです。

 このような流れの中で、温室効果ガス排出量を大幅に削減した社会(低炭素社会)やさらに進んで排出量をゼロあるいはマイナスにした社会(脱炭素社会)を実現させていくためには、世界や国単位での取組とともに、都道府県や市区町村といった地域単位での取組も非常に重要となります。

 ところで、世界や日本で考えるときと同様に、地域単位で低炭素社会や脱炭素社会に向けた取組を考えるにあたっても『自分の住む地域は将来どうなるのだろうか?』を問いかけ、長期的な姿を地域の政策決定者、産業界、住民などさまざまなステークホルダー(利害関係者)が関わって考えることが重要となります。例えば、私の出身地である青森県八戸市は青森県内でも産業活動が活発な地域のひとつであり、水産業や紙・パルプ産業、鉄鋼業、非鉄金属工業などが立地して生産活動を行っています。現時点では、これら生産活動に伴う温室効果ガス排出量も高い傾向にあることから、低炭素社会に向けたシナリオ検討の視点のひとつとして、これら産業が将来どのようになっていくかの検討も必要となるでしょう。

 地域が将来どうなるかの考え方はステークホルダーそれぞれで、例えば、ある方は将来の地域の産業と活動水準は今と同じままと考え、別の方の考えではこれからも経済発展は続く、また別の方はそれらとは逆の方向性を提示するといったように、産業活動ひとつをとってもさまざまな将来像があり得ます。もちろん産業だけではなく、交通などのインフラや住宅、商業等の立地など、地域に関わる多くの事柄について、ステークホルダーそれぞれに多様な将来像が描かれることと思います。

 私たちは、これからは地域の低炭素化(あるいは脱炭素化)の方策を考えるうえでは、このような地域の将来の姿の議論と連携していくことが必要と考え、当所の統合研究プログラムや環境省・(独)環境保全再生機構の環境研究総合推進費(2-1711)などの支援を受けて、地域の将来像の議論と連動できる地方公共団体の低炭素シナリオ分析手法の開発を行ってきました。

 開発した地方公共団体の低炭素シナリオ分析手法(地域版低炭素ナビ)は、これまで当所を中心としたAIM(Asia-Pacific Integrated Model、アジア・太平洋統合評価モデル)プロジェクトで開発してきた数値シミュレーションモデルと、英国エネルギー・気候変動省(Department of Energy & Climate Change: DECC、現・ビジネス・エネルギー・産業戦略省)の開発した2050カリキュレータへ日本独自のデータや要素を加えて開発した日本版2050カリキュレータ(日本版低炭素ナビ)をもとに、地方公共団体向けに新たに開発したものです。地域版低炭素ナビはExcel上で構成されていて、将来の産業活動の見込みや低炭素技術の導入量などのさまざまな選択肢をもとに、2050年に向けた長期的な視点からエネルギー需給シナリオと温室効果ガス排出量の変化をシミュレーションし、結果を可視化することができるものです。図1が地域版低炭素ナビの分析フローですが、経済成長や人口等の社会経済的な想定を出発点に、エネルギー需要・供給量や利用するエネルギー種、温室効果ガス排出量などが分析できるようになっています。

フロー図
図1 地域版低炭素ナビの分析フロー

 地域版低炭素ナビでは、地域の産業構造や人口の将来見通しを3から5程度の選択肢の形で予め設定するほか、エネルギー需要側の省エネ型暖房器具や給湯機器などの低炭素技術や電化率の向上などの対策に関して、ほとんどあるいは全く削減努力をしない場合をレベル1、不可能ではないが実施には相当の努力が必要とされる場合をレベル4、レベル2、3をそれらの中間とする形で選択肢を設けています。また、供給側については太陽光発電や風力発電などの地域資源の活用度合いについて全く活用しないものをレベル1、最大限活用するものをレベル4又は5として選択肢を設定しています。系統電力については、対象とする地方公共団体の地域が属する電力会社(東京都内は東京電力、など)を想定して、将来のエネルギー源別発電量構成(エネルギーミックス)の選択肢を設定しています。これらのレベルを組み合わせることで、温室効果ガス排出量や一次エネルギー消費量、部門別最終エネルギー需要の変化を2050年までの5年ごとに分析することが可能となっています。

 地域版低炭素ナビの利用者は、まずはそれぞれの考える地域の将来像や低炭素社会に向けた対策の取組の程度に最も近いレベルを選択し、温室効果ガスやエネルギーの将来見通しを分析して、その結果も踏まえて他のステークホルダーと議論して必要に応じてレベル選択を変更した分析を行い、また議論を行うということを繰り返すことになります。これら一連の流れで地域の将来の姿の議論と低炭素シナリオ検討を連携させるかを確認するために、(一社)環境政策対話研究所が中心となって関東地方のある市で実施した低炭素都市づくり・エネルギーワークショップで、実際にその市を対象とした地域低炭素ナビの構築と議論への適用を行ってみました(図2はワークショップの流れ)。ワークショップには、産業界、市民、NGOのほか、政策決定者などの参加もあり、幅広い観点から地域の将来像について議論が行われました。

役割の図
図2 低炭素都市づくり・エネルギーワークショップの流れと地域版低炭素ナビの役割
(ワークショップ時の資料を一部改変)

 将来のエネルギー消費等の推計では、社会構造や経済活動の想定が大きく影響します。ワークショップで対象とした地方公共団体は産業に占める重工業の割合が大きいことから、現在の産業構造及び活動量が将来も一定と想定した現状維持シナリオと、重工業が徐々に第三次産業へ転換する第三次産業拡大シナリオ、産業活動から教育や研究開発等へ完全に移行する産業構造転換シナリオの3つを設けるとともに、需要側と供給側それぞれに選択肢とレベルを設定しました。

 開発したツールでは、産業構造の見通しも含めて約4.2×1016通りの組み合わせでのシミュレーションが可能ですが、一例として排出削減や気候変動対策を全く取らなかった場合(無対策ケース)と需給両面で低炭素社会への対策を強化したケース(最大努力ケース)の結果を図3に示します。一次エネルギー消費量については、産業を維持する場合には無対策ケースでは増加しますが、産業構造転換を行う場合には大幅に減少し、温暖化対策を取らない場合でも2050年には2015年の約1/3まで減少することがわかります。温暖化対策を講じることで省エネルギー等が進みますので、結果として一次エネルギー消費量は減少し、現状維持シナリオでも2015年よりも減少する結果が得られています。この傾向は温室効果ガス排出量も同様で、2050年には現状維持シナリオでは2015年比140%まで増加しますが、温暖化対策を講じることで排出量は減少し、産業が一定程度維持される場合には最大でも2005年比で30%減程度、産業構造転換シナリオでは同93.6%減と大幅削減が可能であることが示されています。

シナリオ別のグラフ
図3 一次エネルギー消費量の分析結果例
(単位は百万石油換算トン(Mtoe))
(破線が無対策ケース、面が最大努力ケース)

 低炭素都市づくり・エネルギーワークショップでは、シミュレーションを混ぜることで議論に客観性を持たせることができるという意見があったいっぽう、議論が現状のエネルギーシステムや発電構成、コストの制約を受けるのではないか、という指摘もありました。今後は、これらの指摘を踏まえた改善を進めつつ、さまざまな地方公共団体を対象とした地域版低炭素ナビの構築や、Webを利用するなどの操作性を向上させる工夫、ワークショップ等での議論により有効なツール化などを進めていきたいと考えています。

(あしな しゅういち、社会環境システム研究センター 広域影響・対策モデル研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール:

筆者の芦名秀一の写真

前回の国環研ニュース記事(36巻1号)で、2015年10月から半年間の企画兼務を離れての感想を記したところですが、まさにそのニュースが発行された2017年4月から、再び企画部に戻ってきました。そろそろ2年が経つところ、このニュースが発行される頃に、私はどこに居るのでしょうか。。。

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