ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2017年12月24日

橋の下もグローバル化
遺伝子組換え除草剤耐性ナタネと日本の生物多様性が出会う時

特集 日本の自然共生とグローバルな視点
【調査研究日誌】

青野 光子

はじめに

 セイヨウナタネ(Brassica napus L.)は、食用油の原料として年間200万トン以上の種子が日本に輸入されており、カナダ産がおよそ9割を占めています。カナダでは栽培面積の9割程度が遺伝子組換えにより除草剤耐性となったセイヨウナタネ(除草剤耐性ナタネ)で、日本に輸入されるナタネにも含まれています。除草耐性を持つ作物は、その除草剤を散布することで農地に生える雑草だけを駆除することができ、栽培の労力を大幅に軽減できます。日本国内では除草剤耐性ナタネの商業栽培はされていませんが、食品や飼料としての安全性は確認されており、生物多様性影響についても、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(いわゆる「カルタヘナ法」)という法律に基づいて、「食用又は飼料用に供するための使用、栽培、加工、保管、運搬及び廃棄並びにこれらに付随する行為」について生物多様性影響が生ずるおそれがないものと評価され、承認されています。その際、輸送中に種子がこぼれ落ちることによる影響も含めて評価されていますが、カルタヘナ法では、「国は、遺伝子組換え生物等及びその使用等により生ずる生物多様性影響に関する科学的知見の充実を図るため、これらに関する情報の収集、整理及び分析並びに研究の推進その他必要な措置を講ずるよう努めなければならない」と定められています。そこで私たちは、実際にこぼれ落ちた種子により生物多様性影響が生ずるおそれがないことを確認するために、環境省請負業務として平成15年以来継続的に除草剤耐性ナタネの生育状況の把握を行っています。
 

調査の方法

 「除草剤耐性ナタネのこぼれ落ちた種子による生物多様性への影響」とは、例えばそれまで生育していた在来種にかわって除草剤耐性ナタネだけが多く生育するようになったり、セイヨウナタネと交配可能な在来種が除草剤耐性の遺伝子を持つようになって、その結果分布が変わったりすること等が考えられます。当初はいったいどのようにして生物多様性影響をみればよいのか分からず、ゼロからのスタートでしたが、まずはこぼれ落ちた種子が発芽して生長した除草剤耐性ナタネを野外で見つけるところから始めました。野外といってもいろいろで、予備調査ではやみくもに採取したりしていましたが、除草剤耐性ナタネを含むセイヨウナタネの主要輸入港とその周辺地域の道路脇や河川敷で行うことにしました。道路脇には輸送中にこぼれ落ちたナタネが生育すると考えられ、河川敷には従来からセイヨウナタネやその近縁種が生育しているからです。また、除草剤耐性ナタネが野外で交配しているかどうかを調べるため、対象となる植物は、セイヨウナタネの他、セイヨウナタネと交雑可能な近縁種である栽培由来の外来種(在来ナタネ(B. rapa L.)、カラシナ(B. juncea (L.) Czern.))や日本の在来種(ハマダイコン(Raphanus sativus var.raphanistroides (Makino) Makino)、イヌガラシ(Rorippa indica(L.)Hiern)等を選んでいます(表1)。

セイヨウナタネと交雑可能な近縁種の例の表
表1 セイヨウナタネ(Brassica napus L.)(除草剤耐性ナタネを含む)と交雑可能な近縁種の例

 除草剤耐性ナタネやそれらが交配してできた子孫の植物は、組換え遺伝子由来の除草剤耐性タンパク質を持っています。図1に調査方法をまとめました。除草剤耐性タンパク質、そのタンパク質の情報を持っている遺伝子、そして植物の除草剤耐性をしっかりと確認するために考えた方法です。調査の対象としている除草剤耐性ナタネは2種類あり、一つはラウンドアップ耐性ナタネ、もう一つはバスタ耐性ナタネです。ラウンドアップ、バスタというのは除草剤の商品名で(ホームセンターで売っています)、有効成分の化学物質としてはグリホサート、グルホシネートといいます。これらの除草剤耐性ナタネは、除草剤耐性タンパク質の情報を持っている微生物由来の遺伝子をセイヨウナタネに導入して作成された遺伝子組換え植物で、それぞれ異なる企業によって開発されました。除草剤耐性タンパク質と特異的に反応する抗体を用いた免疫クロマトグラフという方法を使い、野外に生育している植物(母植物)の葉や母植物から採取した種子の除草耐性タンパク質の有無を調べることができます。これは、インフルエンザの診断と同じ方法です。日本で使われている免疫クロマトグラフ試験紙(市販品)のかなりの割合を、私たちが使用していると思われます。また、除草剤耐性タンパク質の情報を持っている遺伝子も検出して確認します。さらに、母植物由来の種子を温室で播種して実生を育て、除草剤を散布して、除草剤耐性があるかどうか、つまり除草剤をかけても枯れないかどうかを調べます。

調査方法の図(クリックすると拡大表示できます)
図1 ナタネ調査の方法
 野外の植物を採取し、母植物、種子、種子由来の実生を試料として、除草剤耐性タンパク質、そのタンパク質の情報を持っている組換え遺伝子(除草剤耐性遺伝子)、そして除草剤に対する耐性を調べます。図中のNは対照の非組換え植物由来の試料、1、2は除草剤耐性タンパク質や遺伝子を持つ野外の植物由来の試料です。

調査の結果

 ナタネの輸入港から種子を運搬する際、種子がこぼれ落ちて道路脇などで発芽し、生育している、というのは調べてみるとそう珍しいことではありません。実際、平成20年度までの調査で、除草剤耐性ナタネを含むセイヨウナタネの主要輸入港である国内の12の港湾、すなわち鹿島、千葉、横浜、清水、名古屋、四日市、堺泉北、神戸、宇野、水島、北九州、博多と各港湾の周辺の地域のうち、鹿島、千葉、清水、名古屋、四日市、神戸、水島、博多の8地域の港湾や、輸入したナタネの輸送経路と考えられる主要道路沿いで、除草剤耐性ナタネが見つかっています。

 特に四日市地域では、輸送経路と考えられる国道23号線の橋の下にあたる河川敷で、除草剤耐性ではないセイヨウナタネ母植物から採取した種子で除草剤耐性が確認されたり(除草剤耐性ナタネと非遺伝子組換えナタネとの交配が生じていることを示唆)、1種類しか除草剤耐性を持っていない母植物から採取した種子で2種類の除草剤耐性が確認されたり(2種類の除草剤耐性ナタネが河川敷で交配したことを示唆)、セイヨウナタネと在来ナタネの雑種と思われる種子で除草剤耐性が確認されたり(除草剤耐性ナタネと在来ナタネの交配が生じていることを示唆)しています。そこで、最近では四日市地域の主要道路沿いの河川敷周辺に特に注目して調査を行っています(図2)。あわせて鹿島、博多地域でも同様に主要道路沿いの河川敷において調査を実施しています。

道路脇に生えたセイヨウナタネの写真
図2-1 国道23号線の道路脇(大東正巳撮影)
こぼれ落ち由来と思われるセイヨウナタネが生育しています。
河川敷での調査風景写真
図2-2 国道23号線雲出大橋下河川敷(大東正巳撮影)
このような河川敷では、セイヨウナタネ、在来ナタネやカラシナが混在して生育しています。
河川敷での調査風景写真2
図3 カラシナが繁茂する河川敷(大東正巳撮影)

 毎年の調査では、数百個体の母植物と種子の試料を調べています。四日市地域におけるセイヨウナタネのうち除草剤耐性ナタネ(除草剤耐性タンパク質が検出された試料)の割合は、平成20年度から28年度までの平均で、母植物試料、種子試料とも約7割で、年による大きな変動はありませんでした。野外での植物試料の採取は別な環境省請負業務として自然環境研究センターが行っており、種の判定はまずは外見で行いますが、外見だけでは判定できない試料については、本業務で細胞内の相対的なDNA量(これは種によって異なります)を測れるフローサイトメトリーや、DNAマーカーを用いた同定を試みています。雑種かどうかもこれらの方法で分かります。フローサイトメトリーには新鮮な葉が必要で、これまでは冷蔵便で届いた葉を大急ぎでその日に解析していましたが、今年になって液体窒素中で凍結した試料でも良い結果が得られることが分かり、余裕ができてほっとしたところです。セイヨウナタネと在来ナタネの雑種が見出されたのはすべて主要道路沿いの河川敷(橋の下)で、除草剤耐性かどうかに関わりなく、多くても年に数個体でした。また、現在までにハマダイコンのような在来種と除草剤耐性ナタネの交雑を示唆する証拠は得られていないこととあわせ、こぼれ落ちた除草剤耐性ナタネ種子により野外一般環境(農地等ではない、道路脇や河川敷)の生物多様性に影響が生ずるおそれを示唆するような結果は得られていません。この調査による除草剤耐性の検出で、遠く海外(主にカナダ)から輸入されたナタネが輸送の途中で道路にこぼれ落ち、その道路が橋だった場合に橋の下の河川敷に落ちてそこで発芽、生育して花を咲かせ、花粉がその河川敷に自生していた在来ナタネの花のめしべについて雑種種子ができた、という可能性が示されたわけです。菜の花の咲く河原の風景は昔から変わらないようでいて、橋の下にもグローバル化の波が押し寄せているようです(図3)。

(あおの みつこ、生物・生態系環境研究センター 環境ストレス機構研究室 室長)
 

執筆者プロフィール:

筆者の顔写真

耐震工事でプレハブに避難中。オフィスのドアが外部と直結しており、ヒトの他、ハチやアリ、トンボ、カナヘビなどが入ってきます。デスクにいながらにして蚊にも刺され放題。このニュースが発行される頃には、新装なった美麗オフィスにいるはずです、、、。

関連新着情報

関連記事