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2017年12月28日

日本の生活と自然を日本の枠を越えて考える

特集  日本の自然共生とグローバルな視点

竹中 明夫

 大陸と日本とを行き来する渡り鳥、大洋を泳ぐクジラや魚。本来、生き物は国境とは無関係に動きます。また、人間による生き物の移動も国際貿易も、100年前とは比べ物にならないほど増えています。人と自然のよりよい関わりを考える際にも、日本の中に閉じていては見えないことや解決できない問題は枚挙に暇がありません。今回の自然共生研究プログラム特集号では、さまざまな意味で日本という枠におさまらない問題を取り上げました。

 一年前の本ニュースも自然共生研究プログラムの特集号でした。その巻頭言で、自然共生といってもその実態は生き物に迷惑をかけながらの共存だという考え方をご紹介しました。今回の号の最初の記事「資源消費により地球規模で波及する生物多様性への影響」でとりあげる生物多様性フットプリントは、自然への迷惑度合いを表す概念です。フットプリント、すなわち足跡が大きいほど、たくさん迷惑をかけているということです。日本での人間の生活が迷惑をかける自然は日本のなかにとどまりません。たとえば海外の天然林で切った木を輸入すれば、輸出国では森が減りますし、そこを生活の場にしている動物にとっても迷惑です。その関係をどう定量的に表現し、生物多様性フットプリントの指標とするかという研究を紹介します。

 日本のなかだけを見渡しても、そこには日本の外から入ってきた生物が少なくありません。中には、もともと日本にいた生き物や人間の暮らしに悪影響を与えるものもあり問題になっています。一方、そもそもどの生き物が外からの侵入者なのか、分かりにくいケースもあります。研究ノート「DNAが語る日本のコイの物語」では、大陸から人間が持ち込んだと思われていた日本各地のコイにも、じつは以前から日本にいた独自の系統があること、琵琶湖の深い所にはそんな日本のコイがまとまって生息していることを明らかにした研究を紹介しています。日本の外を比べることで、日本の生物の生い立ちが見えてきたという研究です。

 所変われば品変わると言います。生き物だけでなく、国が違えば社会の仕組みも違います。日本では受け入れられていても他の国では受け入れられない、あるいは法的に禁止ということもあれば、その逆もあります。遺伝子組換え生物の扱いもそのひとつです。日本では、遺伝子を組み換えた農作物の野外での栽培はほとんど行われていませんが、海外で栽培された遺伝子組み換え作物が大量に輸入されています。遺伝子組み換えナタネはその例です。油を搾るために輸入されるのは生の種子で、トラック輸送の途中でこぼれた種子は発芽し、道路脇や橋の下で花を咲かせます。農産物貿易と日本の自然が橋の下で出逢う、その実態の調査を調査研究日誌で紹介しています。

 生物多様性条約は、気候変動枠組条約とともに1992年に環境と開発に関する国際連合会議、いわゆるリオ・サミットで提起された環境に関する国際条約です。生物多様性条約には3つの柱があります。生物多様性を守ること、生物多様性を持続可能なかたちで利用すること、そして生物多様性がもたらす恵みを皆が公平に享受することです。このなかでやや分かりにくいのが三番目です。これまで、先進国が途上国の生物資源を勝手に持ち出し、これを利用して利益を得ても原産国には何の見返りもないといったことがありました。材木の輸入ならともかく、少量の種を持ち出して育て、農作物や医薬品に活かす場合は、ほぼゼロに近い対価で生物資源が得られてしまいます。この国際問題に対処する基本的な考え方として提案されたのがABS(遺伝資源の利用から生ずる利益の公正で衡平な配分)です。環境問題基礎知識では、その背景や考え方を詳しく説明するとともに、研究活動との関わりについても紹介しています。

 これらの記事のほか、本号の研究施設・業務紹介では、環境試料タイムカプセル棟での生物試料の保存について紹介しています。この施設では、絶滅が心配される日本の生き物の組織や細胞の凍結保存を行っています。国内生物の遺伝資源の保存事業は軌道にのり、さらに海外の生き物の遺伝資源保存を計画中です。国立環境研究所がアジア地域でのこうした事業や関連研究の拠点となることが目標です。これもまた、本特集のテーマである世界とのつながりのひとつです。あわせてお読みください。

(たけなか あきお、生物・生態系環境研究センター 上級主席研究員)

執筆者プロフィール

筆者の竹中明夫の顔写真

締め切り仕事のあれやこれや。やらないといけないことをリストアップしたto doリストは、眺めてもあまり心浮き立つものではありません。やりたいことを思い浮かべてwant to doリストを書いてみたら、ちょっと楽しくなりました。

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