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2018年2月28日

化学物質の環境汚染を影響オリエンテッドでとらえる
-研究プロジェクト「多種・新規化学物質曝露の包括的把握・網羅的分析手法の開発と環境監視ネットワークへの展開」の紹介-

特集 化学物質曝露の包括的・網羅的把握に向けて
【研究プログラムの紹介:「安全確保研究プログラム」から】

中島 大介

 国立環境研究所では、第4期中長期計画を開始するにあたり、新たに「課題解決型プログラム」を開始しました。このプログラムは「実行可能・有効な課題解決に繋がる」研究を行うこととされています。巻頭記事に記したように、環境中に排出される化学物質種は増加する一方であるにもかかわらず、そのうち環境中での実態が把握できている物質は限られています。今後、化学物質の複合的な影響をも考慮していくためにも、何が・どこに・どれだけ・何故あるのか、を知るための技術開発が求められています。今回紹介する「安全確保研究プログラム」のプロジェクト2(図1)では、環境中に存在する多種多様な化学物質の網羅的な把握のための手法開発を目的としています。実際に河川水中の有機化合物を液体クロマトグラフ-飛行時間型質量分析計(LC/QTofMS)で測定してみると、3,000種類ほどの物質が検出されます。これを、網羅的に把握しよう、というのです。

概要図(クリックすると拡大表示されます)
図1 プロジェクトの全体概要

 「網羅的に」とは、環境中にある化学物質を全て同定し、またその量を把握することである、という考え方があります。しかし現時点で、それを「実行可能・有効」とするには多くの技術的困難があります。そこでこのプロジェクトでは、「ヒトの健康や生態系に何らかの悪影響を及ぼす物質」を優先的に取り上げ、可能な限り多く把握することを網羅“的”と位置づけています。むしろその方が意味があると考えられます。そして影響のある物質を見極める、という新たな課題に直面しています。したがってこのプロジェクトでは、まず「影響」を検出し、続いてその要因物質を“網羅的に”把握するための技術を高度化し、それらの統合を模索します。また作製した手法を地方環境研究所等と共有し、有効な環境監視ネットワークの構築に向けた試行を展開しようとしています。そのための要素技術として、「影響の把握」「多成分一斉分析」「ノンターゲット分析」「計算科学的解析手法開発」の4つを取り上げました。

【影響の把握】

 ここでは、化学物質の網羅的な把握を、影響ベースで捉えるための技術を整理します。環境中で起こっていること、潜在的な悪影響の兆候を検出することからこのプロジェクトは始まります。言い換えれば、化学物質を個別に測定するのではなく、影響を検出するのです。具体的には、測定対象とする水や大気が示す影響や毒性を測定するためのバイオアッセイ(生物を用いた試験系)手法を整理し、そのうち環境試料に適用可能なものを選別します。化学物質の毒性・影響には、がんの原因になるもの、昆虫の生育に影響のあるもの、といったように様々な種類がありますから、ひとつのバイオアッセイで全ての影響を測ることはできません。できるだけ少ない種類のバイオアッセイで、しかもできるだけ多種類の影響を検知するためには何を揃えれば良いのか、そのメニューを検討しています。影響にも様々な種類があるため、まずは大気汚染防止法や水質汚濁防止法で規制の対象となっている物質の持つ影響を優先的に位置づけました。海外で実施されている個々の化学物質の毒性・影響を調べるプロジェクトの情報も取り入れつつ、これらを効率的に検出できるようなバイオアッセイの組み合わせを整備します。

【多成分一斉分析】

 影響が検出されたら、その要因物質を探索する段階に進みます。そこで、ある種類の毒性・影響を与えることが知られている既知の物質を迅速に、かつ可能な限り一斉に分析するための測定法を作成します。まずは、内分泌かく乱作用のひとつである、女性ホルモン様物質の一斉分析法の開発から着手しています。具体的には、女性ホルモンであるエストロジェンの受容体と結合するような物質— 約140種類知られています —の一斉分析法の開発です。LC/QTofMSという装置を導入し、従来のトリプル四重極質量分析計での一斉分析法よりも同定精度を向上させることを目指し、多段階の精密質量解析を取り入れています。また、分子鋳型という手法を導入し、女性ホルモン様物質の簡易かつ効率的な精製手法も併せて開発しています。

【ノンターゲット分析】

 上記の一斉分析では、影響の要因となる物質が未知物質(構造そのものが未知であるもの、物質は既知でもその毒性を有することが未知であるもの)であると、測定対象から外れてしまいます。そこで、多種類の化学物質の混合物である環境試料がある毒性を有する場合、そこに含まれている物質を網羅的に検出することがまず必要です。すべての物質の同定をする必要はありません。多種類の物質を可能な限り分離し、検出し、ID付けをするための手法開発です。具体的には、高分離能かつ高分解能であるガスクロマトグラフ×ガスクロマトグラフ/飛行時間型質量分析計(GC×GC/TofMS)を使って多成分の検出を可能にする方法の開発を中心に展開しています(図2)。併せてLC/TofMSによる高分解能測定や、LCまたはGCと連結した誘導結合プラズマ質量分設計(ICPMS)によるノンターゲット分析も検討する予定です。

分析結果のグラフ
図2 GC×GC/TofMSによるノンターゲット分析結果の例

【計算科学的解析手法開発】

 前項のノンターゲット分析で検出した物質のうち、毒性や影響の要因となる物質を計算科学的に推定する手法の開発を目指します。そのためには、毒性のある試料とない試料との比較をする必要があります。その比較から、有意差のあるピークを計算科学的に抜き出すためには、まず測定データの「ゆらぎ」を最小化する必要があります。また、分離した個々のピークを識別する必要があります。ピークの位置や強度を標準化する技術も必要です。その上で、両者の差を判定するプログラムを作成していく予定です。

 これら4つの要素技術を高度化し、統合することができれば、図1に示した影響の検出からその要因物質の探索までの流れがぐるっと繋がります。その現場での適用検証は、我が国の環境化学物質の測定の最前線に立つ地方環境研究所の協力を得て実施する予定です。

 環境中の化学物質の把握は、毒性が知られた特定の化学物質を定量することで行われてきました。一方で、自治体では魚のへい死などの事故対応などで、その原因物質の探索を求められることが少なくありません。このような「影響からスタートする」環境分析において、体系的な対応技術は確立されてきませんでした。本プロジェクトの成果は、このような現場で求められる課題に役立てるのではないかと考えています。

(なかじま だいすけ、環境リスク・健康研究センター 曝露影響計測研究室 主席研究員)

執筆者プロフィール

この2年間で約25%の体重削減を実施。その実体験から、地球温暖化対策計画におけるCO2排出削減目標の実現には、相当の覚悟と計画性、及び生活様式と価値観の改革が必要だと感じています。