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2022年4月28日

外来種の影響評価

特集 生物多様性撹乱がもたらす社会への脅威 ~生態リスク管理を目指して
【環境問題基礎知識】

池上 真木彦

増え続ける外来種

 先日、国立環境研究所の近所にある洞峰公園の池で北米原産のワニガメが捕獲されました。捕獲を試みること4回目にして、全長1メートルを超える若いオスが捕獲されたとのことです。ワニガメは東京上野の不忍池で産卵している個体が捕獲された例はあるものの、幸いにして国内で定着した事例はまだ知られていません。しかし千葉県の印旛沼周辺では同じ北米原産の外来種であるカミツキガメが繁殖し、2020年までに1万頭以上捕獲しているにも関わらず根絶には至っていません。また2017年に大きなニュースとなった「殺人アリ」ヒアリの侵入は続いており、2021年末までに18都道府県84事例が確認されています。ヒアリも定着には至っていないものの、女王アリが複数発見されたケースもあり予断を許しません。ほかにもツマアカスズメバチ、クビアカツヤカミキリなど新たに発見され分布域を広げる外来種の数は年々増えています。海外に目を向けると、日本に分布しているオオスズメバチやジョロウグモがアメリカでもみつかるなど、外来種は全世界で増加しており、その勢いはとどまるところを知りません。生物多様性条約(CBD)においても、外来種対策は主要な目標のひとつとして掲げられていますし、生物多様性分野のIPCC(気候変動に関する政府間パネル:Intergovernmental Panel on Climate Change)とよばれるIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム:Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services)においても外来種のアセスメントが進められ、2023年に報告書の発行が予定されています。このように外来種問題は国際的にも喫緊の課題としてとりあげられていますが、なぜ外来種は問題とされているのでしょう?本稿では外来種が人と自然に与える影響に着目して外来種の問題を説明したいと思います。

外来種の影響:なにが問題なのか?

 なぜ外来種は問題なのでしょう?ヒアリやツマアカスズメバチあるいはセアカゴケグモのように人に害を与える生き物は問題点がわかりやすいかもしれません。しかし、在来の種であっても人に有害な生き物はいます。また外来種の中には問題を起こさず、日本の風景になじんでいるようにみえるもの、美しい花をさかせるもの、ペットとして愛されているものもいます。すべての外来種が「悪い」のでしょうか。

 外来種がもたらす影響は人間に対する場合と自然に対する場合の二つに大きく分けることができます。近年では「生態系サービス」あるいは「自然が人にもたらす恵み」という自然がもつ経済的な価値を評価する考えが定着してきたこともあり、自然に対する影響を経済的影響と自然そのものに対する影響に分けることが増えています。実際、現在進行中のIPBESの外来種アセスメントでも外来種の影響を「自然への影響(Impacts on Nature)」「自然の恵みへの影響(Impacts on Nature Contribution to People)」「良質な生活への影響(Impacts on Good Quality of Life)」の3つに分けて評価を進めています。

 「自然への影響(Impacts on Nature)」は外来種が侵入先の生き物や自然環境に与える影響をあらわします。例えば外来種が在来種をエサにする、資源を巡って争う、遺伝的に近い在来種と交雑し遺伝子汚染をおこすといった直接の影響や、物質循環や土壌条件の改変といった影響も含みます。この「自然への影響」が自然の持つ経済的な価値にも影響する場合「自然の恵みへの影響(Impacts on Nature Contribution to People)」としても評価されます。例えば外来種が人の資源となる野生動植物の数を減らす場合や、外来種によって森林の樹木が枯れて保水力などの機能が低下する場合などがこれにあたります。そして外来種が人間の生活に直接影響を与える場合は「良質な生活への影響(Impacts on Good Quality of Life )」として評価されます。例えば外来害虫による農作物への被害、外来植物由来の花粉症や外来のハチに刺されるなどの健康被害、あるいは水生生物による取水口や船の外壁への付着被害などが挙げられます。

 ここで重要なのは外来種の影響が必ずしも負であるとは限らないことです。そもそも外来種が持ち込まれる理由の1つに「経済的利用価値」が挙げられます。ウシガエルやニジマスのように食料やレジャー目的で、セイヨウミツバチのように作物の受粉や蜂蜜のため、セイタカアワダチソウのように鑑賞のためなど、人の利益のために導入された外来種は数多く存在します。また定着した後から経済的利益が生じる場合もあります。ホンビヌスガイはアメリカから偶然移入されましたが東京湾などでは漁業権も設定された漁獲対象つまり「自然の恵み(資源)」となっており、潮干狩りにも利用され「良質な生活へ正の影響がある」といえるようになっています。

 外来種は人が連れて来た生き物であり、それが恵みとなるかは人間の都合にすぎません。一方、外来種は生息地の開発、気候変動、乱獲などにならんで、生物多様性(自然)を脅かす要因の1つとされており、自然への影響の観点からすると外来種は存在しない方がよいと考えられます。しかし限られた対策費用の有効利用のためには被害が大きいと見込まれる種に対策を集中すべきですし、外来種に経済的な価値がある場合、関係者の利益が対立します。外来種問題を議論するためには外来種から得られる利益と損失をしっかり評価する必要があります。

外来種の経済的コスト

 外来種の被害や対策費用の報告は地域や期間が限られるため、全体像をつかむのが難しかったのですが、2020年フランスの研究チームが主体となり世界各国の政府支出報告などをまとめたデータベースInvaCostが公開されました。このデータベースでは外来種の影響を人と自然の2つにわけ、外来種各種の被害額(外来種害虫による農作物の被害など)と管理対策費用(除去費用や農薬などの経費)を国別に掲載しています。このデータベースによると、世界全体の外来種管理対策コストの総額は2017年までに1兆2880億ドルに達し、年平均推定268億ドル(3兆500億円)が費やされており、その額は年々増加しているとのことです。これはあくまで外来種対策の名目で費やされた費用に限定されているため、他の名目で費やされた費用は含まれていません。また公的な記録に残されていない場合はデータベースに含まれないため、実際の被害額や対策費用はこれよりもはるかに大きいと考えられています。日本に絞った解析をみると、2017年までに合計54種620億円の被害と管理対策コストが報告されていました。全体として外来種による被害額よりは外来種の管理対策費用、とくに人間の生活を守るための費用(ヒアリ対策予算など)が多いことが示されています。外来種による自然への影響管理対策費用は島嶼部での外来種対策関連が主だったものでしたので、今回計上された日本での外来種コストも過小評価されている可能性が高いと考えられます。

 InvaCostは外来種の被害と対策費用を計上し経済的なコストの比較を可能にした優れたデータベースではありますが、「自然への影響」は経済的に扱えない場合が多いためか報告例が少なく、また外来種の経済的な利益は計上されていないなど、まだ足りない点も多々あります。しかしながら近年EICAT(Environmental Impact Classification of Alien Taxa)やSEICAT(Socio‐Economic Impact Classification of Alien Taxa)と呼ばれる外来種の影響を評価する手法が提案され、外来種の影響評価が多面的に進められています。現在進行中のIPBES外来種アセスメントも含め外来種の影響の全貌が明らかになる日も近いかもしれません。

おわりに

 すべての外来種が被害をもたらすわけではありません。しかしなかには急速に分布を拡大して大きな被害をもたらすものがいるのも事実です。どの外来種がいつ侵略的になり被害を出すのかを予測するのは難しいため、予防原則の観点から環境省は外来生物の被害を防止する三原則「入れない、捨てない、広げない」を掲げて普及啓発に取り組んでいます。国立環境研究所の生態リスク評価・対策研究室では、外来種のリスク評価と対策を重要な領域と認識し、日々研究や現場での外来種対策そして啓発に取り組んでおります。その一環として外来生物の情報をまとめた「侵入生物データベース(https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/) 」を公開していますのでぜひご利用下さい。

(いけがみ まきひこ、生物多様性領域 生態リスク評価・対策研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール:

筆者の池上真木彦の写真

生き物、とくに植物が好きで昔は色々育てていたのですが、かつて自分が育てていた植物にも特定外来生物指定されるものが出てきて、「外来種」を巡る時代の移り変わりを感じています。