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2023年12月6日

共同研究のロゴ
大気の水循環を追跡する高解像度シミュレーション
—次世代の水同位体・大気大循環モデルの開発—

(筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境問題研究会、文部科学記者会、科学記者会、大学記者会(東京大学)同時配付)

2023年12月6日(水)
国立研究開発法人国立環境研究所
気象庁気象研究所
国立大学法人東京大学生産技術研究所
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学大気海洋研究所

 

 水同位体は、大気中の水循環を追跡可能なトレーサーです。しかし、積乱雲やそれが集まった巨大な雲の中では、水同位体が複雑に変化するため、水循環を追うのが困難でした。そこで、国立研究開発法人国立環境研究所、気象庁気象研究所、国立大学法人東京大学生産技術研究所、国立研究開発法人海洋研究開発機構、国立大学法人東京大学大気海洋研究所の研究グループは、積乱雲やそれらが集まった巨大な雲を表現できるモデル(NICAM)を用いて、次世代の水同位体モデルNICAM-WISOを開発しました。本研究では、このモデルを用いて、これまでの水同位体モデルを遥かに超える(10倍相当の)水平解像度でシミュレートすることに成功しました。NICAM-WISOは、水同位体比の地理的な分布だけでなく、水同位体比と気象要素(降水量や気温)との関係も良く再現できました。また、水同位体の変動を詳細に解析することで、NICAMがもともと持つシミュレーション誤差(バイアス)の一部の原因を識別できました。このような識別方法は、他のモデルにも活用できる点で意義があります。本研究により、水循環を追えるようになったことから、気象現象のメカニズム解明への貢献が期待されます。
 本研究の成果については、2023年12月6日付で米国地球物理学連合が発行する専門誌『Journal of Geophysical Research – Atmospheres』にて発表されます。

ポイント

  • 湿潤大気の対流を表現できる水同位体・全球高解像度大気モデル(NICAM-WISO)を開発し、これまでの水平解像度を遥かに超える現在気候の再現シミュレーションを実施した。
  • モデルは水同位体比の地理的な分布だけでなく、水同位体比と降水量や気温といった気象学的な関係性も良くシミュレートすることができた。
  • NICAM-WISOによる高解像度のシミュレーションは、幅広い目的に対応した代替データとしての利用可能性、過去の気候への理解・復元、気候モデルの高度化、気象予測への応用といった価値がある。

1. 研究の背景

水は生命を維持する上で、必要不可欠な存在です。しかし、その分布が偏ると、洪水や渇水といった自然災害を引き起こします。これらの自然災害を精度良く予測するためには、水の分布の偏りに加えて、水がどこで蒸発し、どのように輸送され、他の水と混ざるのか、といった水の循環を精確にモニタリングする必要があります。しかしながら、通常の気象観測では、このような変動をモニタリングすることができません。
水循環の詳細な変動をモニタリングする上で役に立つと考えられているのが、「水の安定同位体(以下「水同位体」という。)」です。水同位体は、自然界に存在する重い水のことであり、水全体に占めるその割合(水同位体比)は、水循環の中で変化してきた履歴を保持します。具体的には、大気中のとある水蒸気がその場所に至るまでの気体から液体への変化(相変化)の履歴という、水循環の把握に極めて有用な情報を保持しています。ただし、水同位体比の変動は、大変複雑で、その変動を紐解くためには水同位体を実装した大気大循環モデル(以下「水同位体モデル」という。)が必要となります。これまで多くの水同位体モデルが開発されてきましたが、そのほとんどの水平解像度は、100 km以上と粗く、積乱雲やそれが複数集まった巨大な雲が水同位体比の変動に与える影響を十分にシミュレートできませんでした。また、一部の地域のみを対象とした領域気象モデルでは、限られた領域内における個々の積乱雲を高い水平解像度により表現することができますが、領域モデルの外から流入する水蒸気が水同位体比に与える影響を無視することはできません。そのため、全球を覆いかつ水平解像度が高く、かつ積乱雲やそれらが集まった巨大な雲を表現できる次世代の水同位体モデルの開発が求められていました。

2. 研究目的

本研究グループは、全球を高い水平解像度でシミュレートし、積乱雲やそれらが集まった巨大な雲を表現できる全球高解像度大気モデルNICAM(注釈1)に着目しました。本研究では、そのモデルに水の安定同位体の循環過程(WISO)を実装したNICAM-WISOを開発し、このモデルを用いて、現在気候を対象とした再現シミュレーションを実施することを目的としました。

3. 研究手法

NICAM-WISOは、NICAMの中で水循環を計算する部分に、水同位体を追加することで開発しました。多くの水同位体モデルでは、雲や降水に関連した水同位体の計算部分でモデルパラメータの調整(以下「チューニング」という。)が必要となりますが、NICAM-WISOでは、従来のモデルとは異なる雲や降水に関するスキームを用いているため、そのようなチューニングが不要となりました。
本研究では、開発したモデルを用いて、水平解像度を14 kmと設定した現在気候の再現シミュレーションを実施しました。この水平解像度の設定は、これまで実施された水同位体モデルの気候シミュレーションの中で、最も高いものとなっています。シミュレーションは、スーパーコンピュータ「富岳」(注釈2)で行いました。本研究で行ったシミュレーションは、富岳を利用することで初めて可能となったものであり、その計算量は、2,560個の計算ノード(10,240プロセス)を3週間ほど使った量となりました。

4. 研究の結果と考察

開発したモデルによるシミュレーションの精度を評価するために、シミュレーションの値と観測された値とを比較しました。その結果、モデルは、降水量や蒸発量といった水の循環を構成する要素だけでなく、降水や水蒸気の同位体比についても良くシミュレートできました。例として、図1に降水同位体比の年平均値を示します。観測された降水の同位体比は、「緯度効果」と呼ばれる、熱帯域で高く、極域で低い分布パターンを示しました。シミュレーションでも、この緯度効果が見られ、地理的な分布を良くシミュレートできました。この他にも、モデルは、気温が高くなるほど降水の同位体比が高くなる「温度効果」や、降水量が多いほど降水同位体比が低くなる「降水量効果」についても良くシミュレートできました。ここで特筆すべきは、NICAM-WISOによる再現シミュレーションは、チューニングが不要なようにスキームを開発しましたが、そのようなスキームでも十分な性能を示したことです。これは現在の気候と大きく異なる環境(例えば、過去や将来の気候)であっても、モデルは水同位体比を十分にシミュレーションできる、つまり、現在とは異なる環境の水循環を追跡できる可能性があることを示唆しています。

図1の画像
図1. 水平解像度14kmでシミュレートされた降水同位体比の年平均値(シェード)。プロットは全球降水同位体ネットワークにより観測された値。年間降水量が少ない地域は白枠でマスクした。

大気大循環モデルは、もともとシミュレーション誤差(バイアス)を持ちますが、その原因には複数の要因が関連していると考えられ、絞り込むことは簡単ではありません。今回、水同位体比の変動を詳細に解析することで、大気大循環モデルが持つ一部のバイアス原因を識別することができました。例えば、本研究で使用したモデル(NICAM)は、熱帯の対流圏中層域(高度2~5 km)において、水蒸気量を観測よりも過小評価しやすい傾向がありました。この要因について、衛星から観測された水蒸気の混合比と同位体比との関係から考察したところ(図2)、モデルのバイアスは、境界層(高度2 km以下)にある水蒸気との混合が弱いこと、蒸発率が小さい雨粒の蒸発量が少ないことが原因であることがわかりました。このようなモデルバイアスの識別は、NICAMの性能を向上させるためのヒントとなるだけでなく、他の大気大循環モデルにも適用することで、適用したモデルの性能向上にも繋がると考えられます。

図2の画像
図2. 衛星観測およびNICAM-WISOによりシミュレートされた水蒸気の混合比と同位体比との関係。等値線はデータの確率密度分布を意味する。水蒸気量が減る場合はマゼンタ色の凝結ラインに沿って、水蒸気量が増える場合はシアン色の混合ラインに沿って変化する。

5. 社会的意義

本研究の社会的意義として、代替データとしての利用可能性、過去の気候への理解、大気大循環モデルの高度化が考えられます。 •(利用可能性)例えば、水文学や地球科学分野では、地下水や河川水の流動を調査するために、観測された降水の同位体比が利用されます。その観測を十分に行うのが難しい場合、再現シミュレーションの結果が代替データとして利用できる可能性があります。シミュレーションは、高い水平解像度で行われ、かつ十分な性能を持つため、幅広い目的に対応した代替データとしての利用価値があると考えられます。 •(過去の気候への理解)水の安定同位体は、過去の気候を理解・復元する際に利用される最も優秀なトレーサーです。NICAM-WISOは、水同位体に関するチューニングが不要であるにも関わらず、水同位体比を十分にシミュレートすることができます。そのため、NICAM-WISOによる過去の気候シミュレーションは、過去の気候を理解・復元するための参照データとして役立つと考えられます。 •(大気大循環モデルの高度化)多くの大気大循環モデルによって将来の気候変動が予測されていますが、降水や雲の形成に関してはモデル間でのばらつきが大きく、その原因を明らかにしていく必要があります。原因を絞り込むには大変難しい作業が必要となりますが、このような絞り込みにおいて水同位体はその一助となり得ます(図2参照)。大気大循環モデルの高度化に貢献していくことは、将来の気候変動を見据えた持続可能な社会基盤を構築するための基礎情報の創出に繋がると考えられます。

6. 今後の展望

今後の展望としては、気象予測への応用が考えられます。具体的には、衛星から観測された水蒸気の同位体比をシミュレーションに取り込み、それによってシミュレーションの精度を向上させることを目指します。衛星から観測された水蒸気の同位体比データは、高頻度かつ高い水平解像度を持つため、このような観測データをより多くシミュレーションに取り込むことが気象予測の精度を向上させるキーポイントとなります。このとき、シミュレーションの空間解像度が高いほど、細かい空間スケールで衛星観測されたデータをより多く取り込むことができます(図3)。NICAM-WISOは、数kmスケールの超高解像度で水蒸気の同位体比をシミュレートできますので、100 km以上であった従来のスケールに比べて、衛星観測された水蒸気の同位体比をより多く取り込むことが可能となります。これにより、環境場の予測精度の向上が期待できます。

図3の画像
図3.高解像度化により、より多くの観測データを利用できることを示すイメージ図。モデルは格子で区切られていて、セルの1つ1つをシミュレートする。衛星が通った経路を黄色で示していて、その経路内について観測データを得ることができる。基本的に、モデルは1つのセルごとに1つの観測しか利用できないが(青丸)、高解像度化することで(右図)より多くの観測データが利用できるようになる。

7. 注釈

1 全球高解像度大気モデルNICAM
NICAMはNonhydrostatic ICosahedral Atmospheric Modelの略。全球の大気を超高解像度でシミュレーションすることのできる気象・気候モデル。従来の全球気象モデルでは、大規模な大気の循環と雲の発生や降水プロセスとの関係について、水平解像度が不足しているためになんらかの仮定が必要とされ、不確実性の大きな要因となっていた。NICAMは地球全体で雲の発生や挙動を忠実に表現することにより、高精度のシミュレーションを実現している。
2 スーパーコンピュータ「富岳」
社会的・科学的課題の解決で日本の成長に貢献し、世界をリードする成果を生み出すことを目的として開発された日本最高性能のスーパーコンピュータ。電力性能や計算性能、ユーザーの利便性やビッグデータ・AI研究の加速等、総合力において世界最高レベルのスーパーコンピュータとして2021年度より共用が開始されている。

8. 研究助成

本研究は、JSPS科研費番号23K11398、22H04938および「富岳」成果創出加速プログラム「防災・減災に資する新時代の大アンサンブル気象・大気環境予測(研究代表者:佐藤正樹)」による支援を受けて行われました。また、「富岳」成果創出加速枠「防災・減災に資する新時代の大アンサンブル気象・大気環境予測(課題番号:hp200128、hp210166)」による大型計算機資源の助成を受けて行われました。

9. 発表論文

【タイトル】Modeling water isotopes using a global non-hydrostatic model with an explicit convection: Comparison with gridded datasets and site observations(対流を陽に解く全球非静力学モデルによる水同位体のモデリング:グリッドデータセットおよび現地観測との比較) 【著者】Masahiro Tanoue, Hisashi Yashiro, Yuki Takano, Kei Yoshimura, Chihiro Kodama, Masaki Satoh 【掲載誌】Journal of Geophysical Research – Atmospheres 【DOI】https://doi.org/10.1029/2021JD036419(外部サイトに接続します)

10. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
地球システム領域 衛星観測研究室
主任研究員 八代 尚(やしろ ひさし)

気象庁気象研究所
研究官 田上 雅浩(たのうえ まさひろ):筆頭著者、論文責任者
(論文投稿時 国立環境研究所 地球システム領域 衛星観測研究室)

東京大学 生産技術研究所
教授 芳村 圭(よしむら けい)

海洋研究開発機構 地球環境部門 雲解像モデル開発応用グループ
副主任研究員 小玉 知央(こだま ちひろ)

東京大学 大気海洋研究所
教授 佐藤 正樹(さとう まさき)

東京⼤学 ⼤学院理学系研究科
博⼠課程 ⾼野 雄紀(たかの ゆうき)

11. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
衛星観測研究室 主任研究員 八代 尚

気象庁気象研究所 気象観測研究部
研究官 田上 雅浩

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

気象研究所 企画室 広報担当
ngmn11ts(末尾に"@mri-jma.go.jp"をつけてください)

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