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2023年9月26日

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冬季の湿原におけるメタン排出推定値の精度向上
湿原モデルは北方湿原からの冬季メタン放出量を過小評価していた

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2023年9月26日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所
 

 国立環境研究所地球システム領域の伊藤昭彦らの研究チームは、温室効果ガスであるメタンの放出量を精緻に把握するため、発生源の1つである北半球高緯度域の湿原(北方湿原)における冬季の放出量について、湿原モデルによる推定結果を分析しました。ここではGlobal Carbon Projectが主導するメタン放出・吸収量の統合解析のために実施された湿原モデルでの計算結果を使用しました。その結果、現在使用されている湿原モデルは、北方湿原における冬季のメタン放出量を大幅に過小評価していることが明らかになりました。ツンドラなどの北方湿原では、冬季は低温のためメタン放出が低下する傾向は観測とモデル推定で共通していましたが、その低下量はモデル推定のほうが顕著でした。この結果に基づいて湿原モデルの改良を進めることで、メタン放出量の推定精度を向上させ、気候変動に対する湿原のメタン放出の変化などをより高い信頼度で予測可能になることが期待されます。
 本研究の成果は、2023年7月17日付で米国地球物理学連合(AGU)から刊行される地球物理学分野の学術誌『Geophysical Research Letters』に掲載されました。

 

1. 研究の背景と目的

 メタン(CH4)は、二酸化炭素に次いで地球温暖化への影響が大きい温室効果ガスであり、大気中濃度が産業革命前から2.5倍以上に増加し、さらに最近その増加速度が高まりつつあります。地球全体のメタン放出・吸収量を精緻に把握することは、気候変動のメカニズムを解明し、将来の予測と対策を進める上で極めて重要です。
 しかし、メタンの放出・吸収量の評価は、データ不足やメカニズム解明の不十分さによって不確実性が大きいことが問題となっています。メタン放出源のうち、湿原は自然界で最大のものと考えられ、中でも北アメリカやユーラシアに広がる北方湿原が注目されています。そこでは気温が高い夏季のメタン放出量は多くの観測例がありますが、冬季は厳しい低温や積雪のため観測が難しく、メタンはほとんど放出されないと考えられてきました。
 湿原のメタン放出量を広域で評価するため、湿原の物質循環やガス交換をシミュレートする湿原モデルが開発利用されてきましたが、それらが推定する冬季のメタン放出量はほとんど検証されてきませんでした。そこで、国立環境研究所地球システム領域の伊藤昭彦らの研究チーム(以下「当研究チーム」という。)は、主要な湿原モデルで推定された冬季の湿原メタン放出量を分析し、観測データと比較する検証を実施しました。この研究を実施することで、現在の湿原モデルの問題点を明らかにし、湿原モデルによるメタン放出量の推定精度向上に役立てることを目的としました。

2. 研究手法

 本研究では、Global Carbon Project [注1]による地球全体のメタン放出・吸収に関する統合解析のために実施された、湿原モデルに関する国際相互解析プロジェクトの計算結果を使用しました。国立環境研究所などで開発されたものを含む16種類の湿原モデルが世界から参加しており、2000年から2020年の期間について、それぞれの湿原モデルに気象条件や湿原面積の観測データを入力して物質循環やメタンなどのガス交換を再現しました。
 この研究では、16種類の湿原モデルで計算されたメタン放出量のデータを使用し、北緯45度および60度以北の湿原を対象として分析を行いました。冬季をどう定義するかで放出量が変わってくるため、1)夏季を除く1月から5月および9月から12月の期間、2)月平均気温が0℃未満の期間、3)厳冬期である12月から2月、の3ケースについて集計を行い、年間の総放出量に対する寄与率などを調べました。現地観測に基づくデータ(Peltolaらにより地上観測されたフラックスデータを機械学習アルゴリズムを用いて広域に拡張したデータ)や他のモデル研究との比較を実施しました。

3. 研究結果と考察

 今回の湿原モデルによるシミュレーションによると、北緯60度以北の湿原は平均して年間10 Tg(Tg [テラグラム]= 1012グラム = 100万トン)のメタンを放出していました。そのうち夏季を除く期間(図1(b)の背景が灰色+薄青部)における放出量は、モデル推定では年間総放出量のうち27 ± 9%でしたが、観測データでは45%でした。また、気温が0℃を下回る低温期については、モデル推定が年間総放出量の5 ± 5%に過ぎなかったのに対し、観測データでは27%でした。観測データに対して冬季のメタン放出量を低く推定している傾向は、16種類の湿原モデルで共通して見られました。
 このような過小評価の主な原因は、湿原モデルにおいて、微生物によるメタン生成が0℃以下で非常に強く抑制されると仮定している点にあると考えられます。実際には、気温が0℃でも土壌中には微生物が活動できる領域が一定程度は存在するなど、メタン生成に関して現在の湿原モデルが十分に反映できていない部分がある可能性が示されました。湿原モデルにおけるメタン生成の温度応答や、土壌中の温度分布を改良することで、推定精度を向上させ、北方湿原からのメタン放出量をより正確に評価することが可能になると期待されます。さらに、将来の温暖化に対する北方湿原のメタン放出量の変化をより高い信頼度で予測可能になるなど、大きな波及効果が見込まれます。

図1の画像
図1 16種類の湿原モデルで推定された北方湿原(北緯60度以北)からのメタン放出量。観測データ(Peltoraらによるフラックス観測)および別のモデル研究による推定(BloomらによるWetCHARTs)との比較。(a)夏季と夏季を除く期間の割合。(b)2013年から2014年の月別放出量の比較。背景が灰色部分は夏季を除く期間、薄青色部分は厳冬期を示す。

4. 今後の展望

 人為的なメタン排出の削減は重要な課題であり、それを着実に進めるには自然起源を含めたメタンの放出・吸収メカニズムに関する理解を深める必要があります。高緯度域では全球平均よりも速い速度で温度上昇が進んでおり、その影響で冬季のメタン放出量が大きく増加する可能性があることから、それを予測する湿原モデルの高度化は重要な課題です。北方湿原における冬季のメタン放出に関する観測データの蓄積とメカニズム解明は十分ではなく、観測とモデル開発を並行して進める必要があります。今回の解析では、永久凍土の役割には注目していませんでしたが、今後の温暖化の影響を考える場合、永久凍土の融解に伴う湿原環境とメタン放出への影響が顕在化する可能性があり、それを科学的に理解して予測するための研究が求められます。

5. 注釈

注1 Global Carbon Project:温室効果ガス(CO2、CH4、N2O)に関する科学的知見を集約することを目的とした国際プロジェクト。国立環境研究所が国際オフィスの1つを運営する。
https://www.cger.nies.go.jp/gcp/

6. 研究助成

 本研究は、文部科学省・北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)大気課題、環境省・環境再生保全機構・環境研究総合推進費(SII-8、S20)の支援を受けて実施されました。

7. 発表論文

【タイトル】
Cold-season methane fluxes simulated by GCP-CH4 models
【著者】
Ito, A., Li, T., Qin, Z., Melton, J. R., Tian, H., Kleinen, T., Zhang, W., Zhang, Z., Joos, F., Ciais, P., Hopcroft, P. O., Beerling, D. J., Liu, X., Zhuang, Q., Zhu, Q., Peng, C., Chang, K.-Y., Fluet-Chouinard, E., McNicol, G., Patra, P., Poulter, B., Sitch, S., Riley, W., and Zhu, Q.
【掲載誌】Geophysical Research Letters 【URL】https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1029/2023GL103037(外部サイトに接続します) 【DOI】10.1029/2023GL103037(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
地球システム領域物質循環モデリング・解析研究室
 主席研究員 伊藤昭彦

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
 国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
 物質循環モデリング・解析研究室 主席研究員 伊藤昭彦

【報道に関する問合せ】
 国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
 kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

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