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2016年12月28日

青海・チベット草原から地球温暖化を探る

Summary

 人為活動による大気中CO2濃度の増加は地球温暖化の要因としてあげられています。草原の土壌中には多くの炭素が蓄積しており、微生物などの呼吸によって土壌炭素が分解されCO2として大気中に放出されれば、温暖化を加速させる恐れがあります。一方、地球温暖化も草原にさまざまな影響を与えます。特に、標高が高い地域では温暖化による気温の上昇幅が大きくなるため、影響も大きくなることが予想されます。
 青海・チベット草原は標高が高いうえに面積も広く、土壌炭素がたくさん蓄積されていることから、温暖化による影響や温暖化への影響も大きいと予想されます。私たちは2000年ごろから、青海・チベット草原で土壌炭素の蓄積量や炭素収支の現状を調べています。また、温暖化の進行速度や温暖化が生態系に及ぼすさまざまな影響について長期観測をしています。

青海・チベット草原の炭素蓄積

 草原では、植物が光合成によって大気CO2から取り込んだ炭素は、主に土壌中に蓄積されています。したがって、草原が大気CO2濃度に及ぼす影響を把握するためには、土壌炭素の蓄積量とその動態を把握する必要があります。

 これまで、青海・チベット草原には、多量の土壌炭素が蓄積されている可能性があると考えられてきました。しかしながら、青海・チベット草原は標高が高く、交通事情も悪いため、現地の観測データは十分にありませんでした。この高原はおよそ250万 km2の広さの大草原で、気候や植物の種類、家畜の放牧など土地利用も多様です。そのため、土壌炭素の空間的変動も大きいことが予想されました。そこで、2001年から4年間、青海・チベット草原において、広範囲の土壌炭素蓄積量を把握するため、大規模な野外調査を行いました。

 私たちが研究対象した約112万 km2の草原では、土壌深度1 mまでに蓄積した炭素の「密度」は6.52 kgC/m2と推定されました。この数値は、従来の推定値より低いものですが、一部の湿地草原においては、土壌炭素の蓄積量が非常に高いことが確認されました。また、さまざまな場所の土壌水分と土壌温度の野外測定データから、土壌水分と土壌温度が高くなると、土壌炭素の分解が加速することが明らかになるとともに、昼夜の温度差が大きい場合は土壌炭素の蓄積速度が大きくなることも示唆されました。

炭素収支の動態

 草原に多くの土壌炭素が蓄積されていることは、過去の積算炭素収支がプラスであることを意味しますが、現在の土壌炭素蓄積量だけから現在の炭素の吸収量を見積ることはできません。そこで、私たちは、「渦相関法」という炭素収支測定方法で草原と大気の間でのCO2のやりとり(CO2フラックスともいいます)を長期的に観測しました(図4)。

図4 草原生態系と大気間の二酸化炭素交換
図4 草原生態系と大気間の二酸化炭素交換
草原と大気CO2のやりとりの速度の測定。上:青海草原とチベット草原の測定結果。下:観測場所と観測計器の写真(右:農業環境技術研究所 杜明遠氏提供)
Reco:生態系呼吸と呼ばれ、植物呼吸と微生物呼吸を合わせた草原から大気へのCO2放出速度;GPP:植物による大気からのCO2の吸収速度;NEE:GPP-Reco、草原のCO2の正味交換速度、マイナス値が大きいほど、生態系によるCO2の吸収速度が大きいことを意味します。いずれも、瞬時交換速度の月平均値です。いずれの草原もCO2のやりとりの速度の年変動が大きいものの、大気からCO2を吸収していることがわかります。

 草原と大気CO2のやりとりは、中国の青海省北部の海北草原で観測しました。海北草原は、青海・チベット草原の中でも草の種類が非常に豊富です。夏は雨が集中して降るため、湿度が高く温暖ですが、冬は雪が少なく、非常に乾燥し、寒冷です。1年の降水量は、500~600 mmと比較的雨量の多い草原です。

 これまでの測定結果から、海北草原の年間CO2正味吸収量は100 gC/m2前後になり、冷温帯針葉樹林と同程度のCO2吸収能力があることがわかりました。これは多くの草原に比べてやや高い値ですが、年によって大きく変動しました。しかし、いままでの観測方法では、家畜による採食の影響を十分に評価できていないので、海北草原でもさらに詳しい観測が必要です。

 青海・チベット草原は、広くて気候環境や植物の分布が大きく異なるので、海北草原1カ所だけの観測結果を広範囲の草原に適用することはできません。そこで、衛星画像を利用して、過去15年間における青海・チベット草原全体の植物成長を調べたところ、草原全体の植物量が増えていることが示唆されました。これらのことから、青海・チベット草原は、現在も大気からCO2を正味吸収し、CO2の1つの「シンク」になっていることも言えそうです。

温暖化影響の長期観測

 草原に蓄積されている炭素や現在の炭素蓄積速度を把握することは、草原が地球温暖化に対してどのような潜在的な影響をもつかを評価することに繋がります。また、地球温暖化が草原にさまざまな影響を及ぼすこと、中でも草原の炭素収支に影響を及ぼすことも予想されています。青海・チベット草原は、標高が高いために温暖化の速度が速く、その影響も早くかつ顕著に表れる可能性があるため、青海・チベット草原における気候や土壌などの環境変化の観測結果は、地球温暖化の影響の早期予測にも役立ちます。

 私たちは、2006年に青海・チベット草原の海北(カイホク)と当雄(トウユ)において、温暖化影響の長期観測を始めました。いずれの場所でも、標高1000 m以上の斜面に複数の観測場を設け、そのうち2つのところから、標高3200~5600 mまでに及ぶ世界で標高差の最も大きな観測システムを作りました。それぞれの場所では、気温や降水などの気象条件、土壌温度・湿度などの土壌環境、そして植物の展葉、開花、結実から枯死に至る過程、成長速度、また土壌有機物の分解速度などを観測しています。

図5 植物個体群動態の長期モニタリング
図5 植物個体群動態の長期モニタリング
チベット当雄草原における温暖化長期観測結果の一例。個体群サイズの算出方法:アンドロサケ属(Anderosace tapete) はクッション植物の丸い株の固まりの内生存株の割合;ヒゲハリスゲ属(Kobresia pygmae)の場合、観測枠に占める積算植被の割合;キジムシロ属(Potentilla nivea)の場合は、個体数です。植物種によって(またわずかながら標高帯によって)経年変化の傾向は異なります。

 結果の一例として、チベットの当雄での植物の生態を長期観測した結果を紹介します。2006年から2014年まで、クッション植物のチベット・アンドロサケ(Anderosace tapete)は、4500~5200 mまでどの標高も個体数が減少しました(図5)。しかし、キンロバイの仲間(Potentilla nivea)は、どの標高においても個体数が増加し、標高4800 m以上の高い場所では特に増加の傾向が大きいことがわかりました。一方、ヒゲハリスゲ属の草(Kobresia pygmae)は、どの標高でも明瞭な個体数の変化が認められませんでした。

 さらに分析したところ、それぞれの種の個体数変化は、雨量と気温の変化に対する応答の違いによるものだとわかりました。ただし、ここで示した限られた期間の植物種に関する調査の結果によって、草原全体の温暖化の影響を検討できるわけではありません。

 草原の空間的変動の大きさや変動が年々大きくなることを考えると、草原に及ぼす温暖化影響の評価と予測をするためには、なるべく多くの場所で長期間の観測をすることが必要です。

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