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2015年10月30日

地球規模の気候変動リスクに対する人類の選択肢 — ICA-RUS プロジェクト報告書第一版より—

特集 地球規模で長期の気候変動リスク
【シリーズ重点研究プログラムの紹介:「地球温暖化研究プログラム」から】

高橋 潔

はじめに

 2011年4月開始の地球温暖化研究プログラム・プロジェクト2「地球温暖化に関わる地球規模リスクに関する研究」を1年遅れて追う形で、環境省環境研究総合推進費戦略的研究開発プロジェクト「地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究」(以下、ICA-RUS)が2012年6月より開始されました。気候変動問題への対応オプションは主に緩和策と適応策ですが、加えて気候工学も可能性として存在するとともに一定のリスクを受容することもオプションの一つと考えられます。これらのオプションを組み合わせた気候変動リスクへの対処を、ICA-RUS では、リスク管理の「戦略」と呼び、様々な「戦略」が人類の選択肢になると位置づけ検討を進めています。

 研究期間5年の折り返しのタイミングで、「地球規模の気候変動リスクに対する人類の選択肢(ICA-RUS報告書第一版)」を作成・公表し、地球規模かつ長期の視点で気候変動のリスクを捉え、これに対処するために人類に残された選択肢の整理を試みました。本稿では同報告書の概要を紹介します。

各「戦略」と緩和目標

 報告書では、工業化以前からの世界平均気温の上昇を50%程度の確率で1.5℃、2.0℃、2.5℃以下に抑えるための排出経路を緩和目標として掲げ、それぞれT15S30、T20S30、T25S30という3つの「戦略」として設定しました。その上で、影響評価と対策評価の両面から、不確実性を考慮しつつ、地球規模での各「戦略」の帰結の比較を試みました。(報告書では、よりリスク回避的に約80%の確率で気温上昇を抑制する「戦略」の分析も実施しましたが本稿では説明を省略します。)

各「戦略」の下で予想される部門別影響の評価

 農業、生態系、水資源、洪水、健康の各項目について影響評価を行った結果、一般的傾向として、「戦略」間の差は、各「戦略」と気候変動対策を行わない場合との差に比べて小さく、かつ気候予測の不確実性幅と比べても小さいことが示されました。このことから、地球規模リスクの観点からは、1.5℃、2.0℃、2.5℃のいずれを目指すかという選択よりもむしろ、大きな方向性としてそのいずれかに確実に向かっていくこと、および気候不確実性への対処を考えることが重要であるという示唆が得られました。

 ただし、温暖化が進行してある限界点(いわゆる「しきい値」)を超えたところで生じる可能性があると予測されている大規模かつ急激で後戻りできないような地球システムの変化に注目すると、「戦略」間の差が 重要な意味を持つ可能性があります。IPCC AR5(第5次評価報告書)によれば、グリーンランド氷床が不安定化して融解してしまうしきい値は、世界平均気温上昇が工業化以前から1℃~4℃の間とされており、しかも氷床形状変化の効果を考慮した最新の研究は低めの値を支持しています。例えば、仮にこれが1.0℃であるとすると、どの「戦略」をとってもしきい値を超えることを避けられませんが、仮に2.0℃であるとすると、しきい値を超える可能性に「戦略」間で大きな違いが生じます(図1)。この問題は、しきい値の不確実性やしきい値を超えることの意味をどう捉えるかを含めて、さらに深い議論を必要とします。

図1
図1 グリーンランド氷床融解のしきい値(工業化前比1℃、2℃、3℃、4℃)と各「戦略」の工業化前比気温上昇予測(黒:気候変動対策無し、赤:T25S30、黄:T20S30、青:T15S30)
気候モデルの種類により予測結果に差がある(不確実性がある)ことから、各「戦略」について5つの気候モデルで予測を行い、各モデルの予測値を細実線で、5気候モデルの予測値の平均を太実線で、予測結果の幅を淡色の影で、それぞれ示した。また、氷床融解が生ずる全球気温上昇のしきい値の真値が工業化前比1~4℃の間のどこにあるかも現時点では不明なことから、1℃(赤)、2℃(ピンク)、3℃(緑)、4℃(青)に点線を引き、各「戦略」を取った場合にそれぞれのしきい値を超える年代を調べられるようにした。例えばしきい値が2℃だとすると、気候変動対策を取らない場合、2020年代中頃に5つのうち1つのモデルでしきい値を超える気温上昇が予測され、2060年頃には全モデルでしきい値を超える気温上昇が予測されている(かなり高い確度でしきい値の超過が生じ、グリーンランド氷床の融解が免れ得なくなる)。

各「戦略」の緩和目標達成に必要な緩和策・経済コスト

 各「戦略」の緩和目標を達成するために必要な緩和策および経済コスト等を、複数の統合評価モデルを用いて見積もった結果、「戦略」間の差は顕著でした。特にT15S30では、今世紀前半からの急速な排出削減、今世紀中ごろ~後半にCO2のネガティブエミッション(環境問題基礎知識を参照)が必要であり、将来の対策技術の進歩に関してよほど楽観的な想定を置かないと実現しないか、対策評価モデルによっては解を示すことができませんでした。

 これらの「戦略」の緩和目標を達成するための技術オプションの選択は、モデルによって大きく異なり、原子力の大規模な導入により達成する方法も、再生可能エネルギーの大規模な導入により達成する方法もあることが示されました。一方で、CO2隔離貯留(CCS:発電所や天然ガス鉱山など大規模な排出源で発生するCO2を、他のガスから分離・回収し、安定した地層に貯留したり、海洋に隔離したりすることにより、CO2を大気から長期間隔離する技術)はどのモデルに従ってもある程度大規模な導入が必須です(図2)。このうち、バイオマスエネルギーと組み合わせたCCS(BECCS)は、作物栽培収率やCCS回収効率の悲観的な条件の下では、土地をめぐって食料生産と競合する場合があることが示唆されました。

図2
図2 T20S30での一次エネルギー供給構成(左:AIMモデル、右:MARIAモデル)
AIMモデル・MARIAモデルは、それぞれ国立環境研究所・東京理科大学で開発された、気候変動対策分析のための統合評価モデル。将来の人口や技術進歩等の想定条件をふまえ、緩和目標達成に要する緩和策やその費用などが推計される。グラフは、戦略T20S30について両モデルで推計された2100年までのエネルギー種別一次エネルギー供給量の推移を示している。縦軸の単位「EJ/年」は「年あたりエクサジュール」と読み、「エクサ」は10の18乗を意味し、「ジュール」はエネルギー(熱量)を測る単位。人口変化・経済発展に伴いエネルギー供給量(=需要量)は増加するが、T20S30が仮定する緩和目標を同時に満たすために、単位エネルギー供給量あたりの温室効果ガス排出量が比較的小さな資源(原子力・再生可能エネルギー等)やCCSへの依存度が大きくなる。

(たかはし きよし、社会環境システム研究センター 統合評価モデリング研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

高橋 潔

最近の趣味は肌のお手入れ。子供のサッカーの付き添い・審判が毎週末のようにあり、土曜・日曜に焼け、月曜・火曜にその痛みに苦しみ、木曜くらいに完治したと思うと、皮がむける間もなく週末にまた重ね焼き。適応研究を専門としている割に、状況に全く適応できていない?

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