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2013年6月28日

POPsモニタリングの分析法

特集 環境汚染物質と先端化学計測
【研究ノート】

髙澤 嘉一

 残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants:POPs)をご存知でしょうか。「長距離移動性」「難分解性」「生物蓄積性」といった有害性の判断基準をいずれも満たす化学物質がPOPsと指定され、現在、国際的に規制されています。この規制は、ヒトの健康と環境を保護する目的で2004年5月17日に発効したストックホルム条約に基づいて進められており、POPsの製造や使用、輸出入の禁止、POPsを含む廃棄物の適正管理を各国に求めています。ダイオキシン類やポリ塩化ビフェニル(PCB)による環境汚染はマスメディアで大きく取り上げられた経緯があるため聞き覚えのある方も多いと思われますが、まさにこれらがPOPsに該当します。ところでPOPsには非意図的生成物と意図的生成物が存在し、前述したダイオキシン類は前者に当てはまり、化学反応や燃焼過程で偶発的に生成した物質です。それに対して後者は私たちが目的を持って生産した物質です。DDTも意図的生成物でありますが、それ以外にもポリ臭素化ジフェニルエーテルであれば火災を防ぐ難燃剤(プラスチック樹脂や電子部品の基盤などに含有させる)として、ペルフルオロオクタンスルホン酸であれば撥水剤、泡消火剤、床用ワックス(製造過程において複数の化学物質を混合しやすくさせる分散剤や乳化剤としての役割)などいずれも私たちの身近な製品に使われていました。

 POPsモニタリングにおいて留意すべきこととしては、「水質、底質、大気、生物等での平均濃度と今後の変化を明らかにすること」、「時間的・空間的変動を明らかにした上で、POPsの発生状況や環境中での挙動、バックグラウンドレベルの解析に役立てること」、「汚染状態に関して十分信用できるデータ提供を行うこと」などが挙げられます。実際、POPsモニタリングデータは、POPs削減のための対策立案の基礎となるほか、ストックホルム条約や関連施策の有効性評価のためにも用いられます。現在は、国連環境計画が中心となり、POPs対策が十分に機能しているかを判断するための継続的なモニタリングが国際的な枠組みにより実施されている段階です。しかしながら、国内モニタリングでは従来法で検出下限以下に濃度が下がってきている物質も多いことから、分析法については精度管理に留意するとともに、長期的なモニタリングの間に予想されるさらなる濃度低下に対応した検出下限の確保も必要となります。

 近年、POPsの分析法は進歩しており、新規の方法としては「有機分析の新展開-網羅分析法開発」の記事(本号3~5ページ参照)にあるように多次元ガスクロマトグラフィ法(GC×GC)にタンデム型質量分析法(MS/MS)等の検出法を組み合わせる試みも行われていますが、本稿では、国内の化学物質対策を担う環境省のPOPsモニタリング調査を取り上げその分析法を説明するとともに、大気中POPsについてGC×GC-MS/MSを利用した熱脱離分析法を紹介します。

 環境省は化学物質環境実態調査のなかで平成14年度から国内におけるPOPs濃度レベルを明らかにするためのモニタリング調査を実施しています(化学物質環境実態調査年次報告書http://www.env.go.jp/chemi/kurohon/index.html)。

測定媒体は、水質、底質、生物(貝類、魚類および鳥類)、大気の4媒体であり、大気を除いて年1回の調査が行われています。なお、大気については季節変動の考慮に加えて国際的な取り組み優先度も他の媒体より高いため、夏冬の年2回の調査となっています。この調査における試料採取は地方公共団体が担当しており、その数は最新の調査(平成24年度版)では延べ59団体に及びます。試料採取量は限られる一方で、測定対象POPsは19物質群と多種にわたることから、より多くのPOPsを低濃度まで正確に一斉分析することが重要となります。

 一般的にPOPsのモニタリング手法は試料採取、前処理、測定に大別することができます。まずは試料を採取して研究所に持ち帰るわけですが、試料の採取・運搬に際して留意すべきこととしては、試料および試料間での汚染を防ぐこと、移動中の試料の変性を防ぐこと、採取時における破過(水質や大気の現場ろ過吸着捕集において、POPsが捕集材に十分に吸着されずに通り抜けてしまう現象)をできる限り抑えることなどが挙げられます。前処理に関して、POPsを含む有機成分の抽出操作では、アセトン、ヘキサン、トルエン、ジクロロメタンなどの各種有機溶媒が用いられます。生物試料の場合には脂肪の分解のためアルカリ処理を抽出時に行う場合も見受けられます。環境中でのPOPsは微量であるため、抽出後の有機溶媒(粗抽出液)中では測定の際に妨害となる夾雑物(例えば、極性不純物、イオウ含有化合物、酸性化合物、脂質など)が圧倒的に多く存在しています。そのため、得られた粗抽出液について、硫酸処理やジメチルスルホキシド分配処理、各種充填剤(シリカゲル、フロリジル、酸化アルミニウム、活性炭など)を用いた分離精製を繰り返し実施することで、POPsを0.1ml程度の有機溶媒中に選択的に濃縮することが可能となります。このようにして前処理の実施された試料が測定に用いられます。環境省により定められた公定法におけるPOPsの定量操作は、キャピラリーカラムを用いるガスクロマトグラフと二重収束質量分析計を用いるガスクロマトグラフィ質量分析法(GC/HRMS)によって行われています。具体的には、測定時に10,000以上の高分解能測定を維持するため、質量校正用標準物質を測定試料と同時にイオン源に導き、測定時の質量変動を補正しながら選択的にイオンを検出する方法(SIM法)となっています。MSで検出されたピークが妨害のないPOPs由来のものであるかを判断するために、GCでの保持時間とイオン強度比を確認し、最終的にはクロマトグラム上のピーク面積から内標準法にしたがって定量が行われます。

 このように現状のPOPsモニタリングは、試料採取から各POPsの定量に至るまで、試料採取以降で10日間程度の日数を要します。そのため、複数地点でモニタリングを高頻度に行うような場合では、人的資源に加えて前処理時間を考慮した計画が求められます。さらに、ガラス器具や各種充填剤の事前洗浄、GC/HRMSの事前調整など行うべきことも多々あるとともに、新たなPOPsおよび候補物質の存在といった背景もあることから、これら煩雑な操作を伴わない、より簡易で正確な高感度分析のニーズは近年特に高まっているといえます。

 最後に当研究室で行っている熱脱離GC×GCを用いた大気試料のPOPs分析について紹介します。環境省の公定法において、大気中のPOPsは石英繊維フィルタ、ポリウレタンフォームおよび活性炭素繊維フエルトを用いて捕集されますが、これら捕集材の事前洗浄と捕集後の抽出操作に数リットルの有機溶媒を要しています。また、これまで述べた前処理も必要なため、かなりの労力と時間を費やすことになります。図1に熱脱離GC×GCを用いた私たちの方法の概要を示します。この方法においてPOPsは内径5mm、長さ50mmの小型ガラス管に充填されたTenax樹脂に吸着捕集されます。捕集後のガラス管は熱脱離装置に導入され、Tenax樹脂の加温により捕捉されたPOPsの脱離を行い、捕捉した全量をGC×GCに注入します。この操作では一切の前処理が不要となるため、分析時間は大幅に短縮されます。POPsと夾雑物の分離はモジュレータ—を介して接続された極性の異なる2本のキャピラリーカラムで行われます(図2)。1本目のキャピラリーカラム(60m程度)から溶出した成分に対して、捕捉と2本目のキャピラリーカラム(1.5m程度)への脱離が数秒間隔で繰り返されます。そのため従来のGC1台以上の高い分離をGC×GCでは達成することが可能となります。また、GC×GCを通過した成分について、MS/MSを用いてより選択的な検出を行うことでGC/HRMSと同等の高感度な測定を維持することができます。従来のPOPs分析では溶媒抽出と前処理が必要なため、多試料の扱いは困難でありましたが、本法は前処理不要な小型ガラス管による吸着捕集に基づいていることから、捕集装置の自動化による高頻度観測も近い将来には実現できると考えています。

 登録済みの化学物質の数はすでに5000万種を超えていることから、今後は1回の測定でPOPsをはじめより多くの物質を正確に定量する網羅的な多成分分析が求められるように思います。

図1
図1 熱脱離GCxGC-MS/MSによる大気中POPs分析の概略図
図2
図2 GC×GCの概略図

(たかざわ よしかつ、環境計測研究センター有機計測研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

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最近の小さな楽しみは、休日のウォーキングです。運動不足を自覚していましたが、身体を動かすことで気分もリフレッシュできています。1時間程度歩くことがいまの自分にはあっているようなので、無理せず長く続けたいと思っています。

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