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2019年10月28日

ベトナム・使用済み電気製品のリサイクル村で
プラスチック難燃剤による環境曝露を調べる

特集 世界を対象とした低炭素社会実現に向けたロードマップ開発手法とその実証的研究
【研究ノート】

松神 秀徳

 ベトナムの首都ハノイの南東30kmに位置する人口3,000人ほどの小さな村、ブイザウ。のどかな水田風景の中を進み集落に差し掛かると、周りの景色が一変し、古いテレビやパソコン、電線コードやプリント基板が山積みになっている住宅や倉庫が姿を現します(写真1A)。かつてこの村の人々は農業によって収入を得ていましたが、2000年頃から使用済みとなった電気製品(E-waste)に含まれる有価物(鉄、銅、アルミ、プラスチックなど)を集めて収入を得る人が増えていったといいます。ただ、日本国内の家電リサイクル工場のように作業環境や周辺環境に配慮した作業を行っているわけではありません。村の人々は、細かな金属片やプラスチック片、古い電気製品の中にたまっていた埃など(ダスト)に毎日曝露されています(写真1B)。E-wasteのダストの中には、プリント基板のはんだに使われる鉛などの重金属、プラスチックを燃えにくく加工するために使われる難燃剤、特定の臭素系難燃剤の製造時と使用中に、極微量ながら非意図的に生成される臭素化ダイオキシン類が高い濃度で溜まっていることが明らかになっています。鉛は、低い濃度でも小児の認知機能の発達や学習に悪い影響を与える可能性があります。特定の臭素系難燃剤は、動物実験で甲状腺ホルモンを減少させる可能性が指摘されており、臭素化ダイオキシン類は、がん発生の促進、甲状腺機能の低下、生殖器官の重量や精子形成の減少、免疫機能の低下などに関係することが懸念されています。村の人々は、口元にタオルを当てたり、マスクや手袋をつけたりしていますが、とても簡易な防護方法なため、有害性が明らかな鉛や臭素系難燃剤、臭素化ダイオキシン類を呼吸や皮膚から毎日のように摂り込んでいるかもしれません。

 有害物質の曝露量は、ダスト中の有害物質の含有量のみならず、胃や腸、肺、皮膚での可給態率(摂り込まれやすさ)を考慮して計算します。しかし、E-waste のダストに含まれる重金属や難燃剤、ダイオキシン類については、胃や腸、肺、皮膚への可給態率に関する報告が少ないのが現状です。そこで私たちは、E-waste のダストに含まれる重金属や難燃剤、ダイオキシン類の胃や腸、肺、皮膚への可給態率を明らかにするためのラボ実験に取り組んでいます。ここでは、難燃剤を対象に行った胃や腸での可給態率に関する実験内容と状況について紹介します。

山積みE-wasteと有価物を集める様子の写真
写真1 A) 道端にE-waste が山積みになっている様子 B) プリント基板から有価物を集める様子
ダストを集める様子の写真
写真2 A) ブルーシートを使って作業者の傍に落ちたダストを集める様子 B) 刷毛を使ってフロアダストを集める様子

 まず、私たちは、ブイザウ村の中にあるE-wasteの処理施設(3施設)で3種類のダスト試料(合計9試料)を採取しました。第1のダスト試料は、E-wasteを解体したり分別したりする作業者の傍で集めたダスト(作業場ダスト)です。作業者が曝露されるダストに含まれる難燃剤の可給態率が明らかになります(写真2A)。第2および第3のダスト試料は、E-waste の作業施設の床面(フロアダスト)と梁や窓枠など(静置ダスト)に溜まっていたダストです。作業者のみならず作業者以外の住民が曝露する可能性があるダストに含まれる難燃剤の可給態率が明らかになります(写真2B)。

 次に、3施設で採取した3種類のダスト試料に含まれる難燃剤の含有量と、人の胃液の模擬溶液(超純水1Lに、ペプシン1.25g、クエン酸0.5g、リンゴ酸ナトリウム0.5g、乳酸0.42mL、酢酸0.5mLを加えてpH2.5に調製したもの)と小腸液の模擬溶液(胃液の模擬溶液32mL に、パンクレアチン20mgと胆汁70mgを加えたもの)への溶出量を測定しました。図1は、E-wasteのダストから検出された難燃剤の含有量(A)と模擬胃液と模擬小腸液を合わせた模擬消化液への溶出量(B)、並びに可給態率(C)を示しています。E-wasteのダストから様々な種類の臭素系難燃剤とリン系難燃剤が検出されました。このうち、臭素系難燃剤のデカブロモジフェニルエーテル( BDE-209)とテトラブロモビスフェノールA(TBBPA)の含有量(中央値)は、33,000ng/gと8,500ng/g、リン系難燃剤のリン酸トリフェニル(TPHP)とリン酸トリス(2-クロロイソプロピル)(TCIPP)では、23,000ng/gと1,100ng/g であり、電気製品のプラスチック筐体やプリント基板などによく使われる難燃剤が高い濃度で検出されました。他方で、臭素系難燃剤のBDE-209とTBBPAの模擬消化液への溶出量(中央値)は、65ng/gと240ng/g、リン系難燃剤のTPHPとTCIPPでは、160ng/gと240ng/gであり、可給態率は、それぞれBDE-209とDBDPEで0.20%と2.8%、TPHPとTCIPPで0.70%と22%と計算されました。また、リン系難燃剤のリン酸トリス(2-クロロエチル)(TCEP)に関しては、含有(450ng/g)と溶出量(360ng/g)がほぼ同程度であり、その可給態率は80%と計算されました。含有量と模擬消化液への溶出量との関係を合わせて考えると、可給態率が低い(消化液に溶出しにくい)難燃剤よりも、可給態率が高い(消化液に溶出しやすい)難燃剤の曝露量が高くなる可能性が推察されました。

難燃剤の(A)含有量と(B)模擬消化液への溶出量、並びに(C)可給態率のグラフ
図1 E-waste のダスト試料に含まれる難燃剤の(A)含有量と(B)模擬消化液への溶出量、並びに(C)可給態率

 今後は、人の肺胞の中にある組織液や皮膚の表面にある汗の模擬溶液への難燃剤の溶出量に関する科学的知見を追加し、E-wasteに含まれる有価物の回収作業に伴う難燃剤の曝露量を明らかにする予定です。さらに、集落で飼育された鶏卵を対象に調査を進め、E-waste の処理と鶏卵に含まれる難燃剤の濃度との関係を明らかにすることも予定しています。引き続き、E-waste に含まれる有害物質に関する実態把握を進め、E-waste を正しく処理・再資源化するために必要な情報を集めていきたいと考えています。

(まつかみ ひでのり、資源循環・廃棄物研究センター
基盤技術・物質管理研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

筆者の松神 秀徳の写真

ミントやバジルのフレッシュな香りとモチモチのライスペーパーの生春巻き(ゴイクン)も、海老と豚肉の餡とパリパリに揚がったライスペーパーの揚げ春巻き(チャーゾー)も大 好きです。ベトナムを訪れて以来、ベトナム料理にハマってます。

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