ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2023年5月19日

共同研究ロゴ
社会経済・技術の変革による脱炭素化費用の低減

(京都大学記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会、北海道教育庁記者クラブ、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会)

 社会の脱炭素化には一定程度の費用がかかるとされています。例えば、カーボンニュートラル目標を達成するためには世界全体でおよそGDP比3%程度の費用がかかるとされています。この経済的な負担は軽減できるのか、またそれはどのように実現できるのかという問いは、社会にとって非常に重要な課題です。そこで本研究は、社会変革や技術革新などによってこの経済的負担をどのくらい軽減できるか、また、その社会的な負担をゼロにできるとするとどのような条件が必要なのかを明らかにしました。①エネルギー需要の低下(エネルギー需要変革)、②エネルギー供給側の技術進歩(エネルギー供給変革)、③環境に配慮した食料システムへの移行(食の変革)、④脱炭素化投資の喚起による資本投資の増加(投資の好循環)といった社会的な施策を同時に導入した時のみ、経済的な負担がほぼゼロになるという結果となりました。この結果は、社会経済・技術的な施策が効果的な政策や人々の嗜好の変化、不確実な技術進歩などに依存するため、社会全体が総力をあげて取り組んでいくことの重要性を示唆しています。一方、世界全体の総和としては経済負担がゼロ以下になっても、地域によっては負担が大きなところがあり、格差や途上国の開発を考慮した包括的な視点も必要であることがわかりました。
 本研究は、2023年5月4日、ネイチャー・パブリッシング・グループの国際学術雑誌「Climate Action」にて発表されました。

概要の図

1.背景

 2015年に締結されたパリ協定、2021年のグラスゴー気候合意では、世界平均気温の上昇を産業革命前と比べて2℃あるいは1.5℃以下に抑えるという国際的な気候変動緩和の長期目標を明示し、それに対応する形で現在140以上の国が脱炭素化目標を掲げるにいたりました。世界はまさに脱炭素化に向かっているという状況で、企業や家庭などの主体を問わず、社会全体が大きく環境配慮型の構造へと変化していこうとしています。上記のような今世紀中盤で脱炭素化(ゼロエミッション)を達成するために必要とされるエネルギーシステムや土地利用システム等は、これまでIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書でも評価・取りまとめられ、2023年3月にも統合報告書が公表されました。脱炭素化実現のために、社会に様々なチャレンジが求められることになると思いますが、経済的な負担もその一つと考えられます。脱炭素化の費用は、気候変動の緩和費用とも呼ばれ、GDP(国内総生産)損失や家計消費の損失という指標をもとに予測されています。経済成長が小さい先進国、これから経済開発を本格的に進める途上国のいずれにとっても、 GDP損失や家計消費の損失をいかに取り除くかが最重要課題の一つといっても過言ではありません。そこで本研究では、この気候変動緩和費用をどうすれば減らすことができるのか、という問いを明らかにすることに取り組みました。

2.研究手法・成果

 本研究では、統合評価モデルというシミュレーションモデルを用いました。このモデルは、将来の人口やGDP、エネルギー技術の進展度合い、再生可能エネルギーの費用、食料の選好、土地利用政策など様々な温室効果ガス(GHG)排出に関連する社会経済条件を入力として、エネルギー消費量、二酸化炭素排出量、土地利用、大気汚染物質排出量、GHG排出削減に伴う経済影響などを出力するモデルです。
 化石燃料などに炭素価格付けする所謂「カーボンプライシング」を実施して、GHG削減を実現し脱炭素化を達成するシナリオを統合評価モデル研究で描くというのがこれまでの当該分野での常套手段でした。今回の研究では、それに加えて幅広い社会変革の影響を捉えるため、4つの主要な社会変革を検討しました。
① エネルギー需要変革:エネルギー消費効率の改善と電化の強化 ② エネルギー供給変革:再生可能エネルギーと炭素回収・貯留(CCS)のコスト低減につながるエネルギー供給システムの技術的進歩 ③ 食の変革:低肉食や食品廃棄物の削減など、環境に配慮した食品消費へのシフト
④ 貯投資の好循環:資本形成を刺激し、貯蓄から投資へ回る量を増やす
 これらの4つの社会変革をモデルへ入力し、さらに5つ目として⑤全対策を総動員したケースを加えて、対策があるときとないときでそのGDPの損失等を比較し、気候変動緩和費用を低減できる量を計算しました。これらの社会変革を検討した点がこの研究の新しいポイントになります。
 その結果、炭素価格のみで脱炭素化を達成した時は、2050年で2.6%、2100年で3.5%のGDPの損失が発生しますが、各種変革が起こることによりその費用は削減されました。すべての社会変革が同時に起こった時には、炭素価格のみのときと比べて2050年で2.8%、2100年では7.5%GDPが増加し、21世紀全体を通した総コストがゼロ以下になるという結果が得られました。
 もう一つの重要なポイントは、個々の社会変革には一定の効果があるものの、単体では気候変動緩和費用を完全にゼロ以下にできなかったことです。このことは様々なアクターが総力を挙げて脱炭素化に取り組むことの重要性を示唆しているものと思われます。さらに、これらの社会変革が仮に有益であるとしても、本研究で想定しているような社会変革が簡単に実現できるかは定かではありません。例えば、肉の消費量の半減やエネルギー消費量を少なくした都市設計、ライフスタイルの変化など我々の生活に直結した変化は、自助努力だけでできる範囲も限られてくるでしょう。また、革新的なエネルギー技術の開発もその実現可能性は不確実です。こういった社会変革を後押しする政策や社会のマインドを変えていくことを、社会が議論していく必要があるようにも考えられます。

3.波及効果、今後の予定

 本研究は、脱炭素の費用がどのように軽減されうるのかということを明らかにしました。産業活動や各家庭での個々人の活動が、社会全体の活動として、より環境に調和した形になることで、脱炭素がより容易になっていくことが社会全体に伝われば、社会の様々なところでGHG排出削減を後押ししていく効果があると思われます。
 今回の研究では、社会的な変化をどのように起こしたらいいのか、またそれには追加的な費用がどのくらいかかるのかということについては分析できませんでした。今後はそういったより具体的な分析が必要と考えられます。

4.研究プロジェクトについて

 本研究は(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費課題2-2002(世界を対象としたネットゼロ排出達成のための気候緩和策及び持続可能な開発)、1-2101(世界全域を対象とした技術・経済・社会的な実現可能性を考慮した脱炭素社会への道筋に関する研究)、住友財団の支援を受けて実施されました。

研究者のコメント

 脱炭素は社会の様々なところで取り組むべきものとされてきており、本研究はその脱炭素をどうやって実現していくのか、どうしたら社会の負担が小さくなるのかということを示す研究でとても意義深いと感じています。研究内容としてはコンセプトが新しく、厳しい査読コメントを受け、掲載却下を何度か経た末の論文発表で感慨深いものがあります。今後も社会の脱炭素に貢献していく所存です。

論文タイトルと著者

タイトル:Climate change mitigation costs reduction caused by socioeconomic-technological transitions(社会経済・技術の変革による脱炭素化費用の低減)
著  者:Shinichiro Fujimori, Ken Oshiro, Tomoko Hasegawa, Junya Takakura and Kayo Ueda
掲 載 誌:Climate Action
DOI :https://doi.org/10.1038/s44168-023-00041-w

研究に関するお問い合わせ先

藤森 真一郎(ふじもり しんいちろう)
京都大学大学院工学研究科 都市環境工学専攻 大気熱環境工学分野 准教授

高倉 潤也(たかくら じゅんや)
国立環境研究所 社会システム領域 地球持続性統合評価研究室 主任研究員

報道に関するお問い合わせ先

京都大学 渉外部広報課国際広報室
E-mail:comms(末尾に” @mail2.adm.kyoto-u.ac.jp”をつけてください)

立命館大学 広報課
E-mail:r-koho(末尾に” @st.ritsumei.ac.jp”をつけてください)

国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
E-mail:kouhou(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

北海道大学 社会共創部広報課
E-mail:jp-press(末尾に” @general.hokudai.ac.jp”をつけてください)

参考図表

20230519-figure02の図

関連新着情報

関連記事

関連研究者