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2011年8月31日

温室効果ガス等の濃度変動特性の解明とその将来予測に関する研究

【シリーズ重点研究プログラムの紹介: 「地球温暖化研究プログラム」 から】

向井 人史

 地球温暖化研究プログラムの中の観測に関わるプロジェクト(1)「温室効果ガス等の濃度変動特性の解明とその将来予測に関する研究」では、特に大気中の温室効果ガス等(エアロゾルを含む)の濃度の広域観測やその長期変動特性を把握し、最終的には将来の濃度予測につなげる活動を行いたいと考えています。そのために、地上観測サイト、船舶、航空機ならびに温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)をプラットフォームとした総合的な観測およびモデル解析に基づいて研究を行っていくという工程を予定しています。

 温室効果ガス等の濃度が将来どのように変化するのかという問題は、われわれの人間活動がどれだけ温室効果ガス等を排出するかということに加えて、温室効果ガスの自然界の吸収量や物質循環の変化がどのように起こるのかという両面からの研究が必要です。例えば、二酸化炭素(CO2)は化石燃料の燃焼やセメント焼成などからの排出が主要なものですが、森林火災などは人為起源とも自然現象とも言えるものです。森林火災は、エルニーニョ現象のときにその規模が大きくなることが知られておりますが、温暖化により乾燥化や高温化が進むと火災が助長される可能性があります。温暖化による気候変動は、植物の成長や土壌を含む地球上の有機物の分解速度に影響し、自然界の安定した物質循環に変化を与えます。他にも温暖化による凍土の融解で起こる有機物の分解なども自然界の循環過程の変動として認識されます。海洋においても、温度上昇による表層海水の成層の強化により循環の度合いが悪くなるとも考えられています。こういった人間と自然と気候の複雑な相互作用が将来の大気中に蓄積していくCO2の量に影響を与えることになります。

図
図 大気への二酸化炭素の放出と吸収

 メタン(CH4)や亜酸化窒素(N2O)のように生物過程による発生源が地球上に存在している物質においては、多かれ少なかれ、今後の気候変動の影響を受けることになります。CH4濃度においては2000年以降上昇がほぼ停止した後、2007年ごろから再び濃度上昇に転じていることが近年のトピックになっていますが、この現象に対してまだ確定的な結論は得られていません。これが、人為作用による現象なのか、自然のゆらぎのような現象なのか、それとも気候変動も含めた相互作用による複合的な現象なのか、今後の解明が待たれています。

 このような背景の下で、本プロジェクトでは下記のようなサブテーマで研究を行います。

 サブテーマ(1) 「大気観測によるグローバルな温室効果ガス等の発生/吸収量分布評価に関する研究」

 サブテーマ(2) 「温室効果ガス等フラックス及びその関連指標観測による海洋、陸域の発生/吸収量評価と将来予測に関する研究」

 前期(2006~2010年度)の地球温暖化研究プログラムでの観測に関する研究テーマは、「いぶき」(GOSAT)による大気CO2のグローバルな観測を立ち上げるというチャレンジングな目標を立てて推進してきた部分と、航空機や船舶、地上など研究所ならではの各種プラットフォームを駆使したアジア、オセアニア地域での広域観測の部分に分かれて研究を進めてきました。衛星についての観測がようやく本格稼働し始めた今期(2011~2015年度)では、衛星観測を含めた全てのプラットフォームでの観測をここで統合していくという目標を掲げています。GOSATは、これまでに観測のない地域のCO2やCH4の分布を推定できる可能性をもっています。特に陸域の観測を得意としているので、広い大陸での濃度分布を描き出すことが可能です。一方では、雲がかかりやすいアジアの熱帯域のデータの取得率が悪いという欠点もあるのですが、ここでは定期船舶や航空機、地上観測点などの観測のプラットフォームを使って現場の大気を定期的に観測することで、衛星がカバーできない大気データを補完したり精度の向上などを行っていくという方策をとることができます。このように、研究所のもつこれらの観測プラットフォームによる観測データを統合していくことで、アジア、オセアニアのみならず、アマゾンやアフリカなどのこれまで世界で観測されていない地域の温室効果ガスの挙動を解明できると考えられます(サブテーマ1)。

 ここでの観測対象としてCO2やCH4、N2Oやそれらのトレーサー(本号の「新しい環境動態トレーサーの開発と計測」を参照)となる物質(酸素や同位体)の他、オゾンやフロン類、エアロゾルなども含まれますが、最終的にこれらの観測濃度データから求めたいものは、温室効果ガスの発生量の分布情報になります。このように大気における観測濃度データを基に地上の発生量分布を求めていく方法をトップダウン法と言います。発生量分布を求める際には大気循環モデルを使いますが、濃度から発生量を求めるという通常と逆方向にそのモデルを使う「インバースモデリング」と呼ばれる手法を用います。ここでは、統合されたデータを用いて高分解能のインバースモデリング手法についての開発などを行います。これによって、高解像度の地上の発生量(フラックス)の分布が推定されます。このような地上のフラックスの季節変化や年変化を捉えることで、温室効果ガスの濃度変動が、人為起源の影響なのか、自然起源の影響なのかといった情報やどのような変動機構がそこに存在しているかなどの情報が得られ、その結果将来の濃度変化に対しての知見が得られるといったことが期待されます。

 一方で、地上での各種温室効果ガスのフラックスの変化は、現場のフラックス観測によっても測定されます。例えば、森林のCO2吸収フラックスは、森林の中に建てたタワーなどによって微気象学的方法を介して観測されています。海洋のCO2吸収も、海水のCO2分圧を測定することで、その吸収速度を推定することが可能です。特にわれわれは北太平洋や西太平洋でのフラックス研究を継続して行っています。前期から引き続いて、このようなフラックス観測を行いつつ、これを広域にも適用できるようにスケールアップする研究を行っていく予定です(サブテーマ2)。そのために観測のネットワークへの参加(例えば、AsiaFlux活動)も行いつつ、プロセスモデル研究や人工知能などを用いた分布の推定なども展開する予定です。これら、現場フラックスの観測をもとに、フラックス分布を求めていく方向は、大気からのトップダウン法に対して、ボトムアップ法と称されています。

 ここではトップダウン法とボトムアップ法を比較検討することによって、フラックスの推定の不確実性を低減できると考えています。それぞれの方法には長所と短所があり、そのいずれかの方法のみでは地球上の温室効果ガスの挙動に関する十分な情報が得られません。簡単に言うならば、衛星や各種プラットフォームによる大気観測地点の空間密度や観測頻度が十分でないことは、フラックスの分布情報や時間情報に粗い結果しか得られないということにつながるのに対して、地上のフラックス測定は、時間的、空間的に細かなデータが得られるとしても、それをスケールアップする際に不確実性が生まれて広域的な姿が捉えにくいという短所があります。従って、両方から攻めることで、より信頼性のおけるフラックス分布の時空間的変化が得られると考えられます。

 フラックスの時空間分布を解析することによって、人為起源のみならず、自然のフィードバックを含めた物質循環に対する温暖化影響などに関する知見が得られてくることを期待しています。これが長期的に行えるならば、より精度を高く将来の温室効果ガス濃度変化を予測することも可能となるでしょう。そうすることで、われわれの排出削減量に関しても重要な知見が得られることになると思われます。こういった自然の物質循環の変化の知見は、プロジェクト(2)温暖化の地球規模リスク評価におけるリスクの情報の一部となり、また将来の精度良い濃度予測はプロジェクト(3)低炭素社会に向けたビジョン・シナリオ構築と対策評価における削減計画策定にも役立つものと考えられます。

(むかい ひとし、地球環境研究センター
副センター長、炭素循環研究室長 [兼務])

執筆者プロフィール:

向井 人史

大気関連で長期的モニタリングの仕事をやってきたが、最近は、海外にも拠点を展開している。今後は技術の伝承やデータの統合などが課題となっている。

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