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2014年6月30日

製品中臭素系難燃剤の使用時及び廃棄後の挙動

特集 アジアのE-wasteリサイクルを通じた資源と有害物質の管理
【環境問題基礎知識】

梶原 夏子

 化学物質は、私たちが生活していく上でなくてはならないものですが、その一方で安全性に関する社会問題が生じる場合があることもまた事実です。安全な社会をつくるためには、化学物質のリスクをきちんと理解し、管理または削減する努力をすることが重要です。有害性が認知された化学物質は国際的に規制され、生物や環境へのリスクを低減するために、生産・使用が禁止されたり、新たな使用に制限がかかるなどの措置が取られます。しかしながら、既に使用下にある製品が回収されるとは限らないため、規制物質含有製品の使用が継続する場合があります。たとえば家電製品や家具などは製品寿命が長く、家庭などに長期間とどまることから、使用時の 製品からヒトへの化学物質曝露の評価は重要です。また、どのような製品であってもいずれは寿命を迎えて廃棄されることになりますが、その際に、焼却や埋め立て、リサイクルに伴って規制物質が環境に放出される可能性を最小限に抑える必要があります。つまり、ある化学物質の規制が始まり、より安全と考えられる別な物質への代替化が進んだとしても、使用中の製品からの当該物質の曝露および廃棄物処理という課題は残ることになります。

 資源循環・廃棄物研究センターでは、製品使用時および廃棄後のリスク管理を考える上で重要なケースを抽出して実態調査および実証試験を進めています。ここでは、製品中有害物質の例として、ポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)およびヘキサブロモシクロドデカン(HBCDs)という二種類の臭素系難燃剤(BFRs)を取り上げたいと思います。難燃剤とは、プラスチックや化学繊維など可燃性素材を燃えにくくし、火災被害の軽減をはかるために添加される化学物質の総称で、臭素系、塩素系、リン系、無機系など多くの種類があります。今回ご紹介するPBDEsは主にテレビやパソコンなどの電気製品に、HBCDsはカーテンや建築用断熱材の防炎加工に使用されているもので、どちらも近年、ポリ塩素化ビフェニル(PCB)類や塩素化ダイオキシン類などと同様の管理が必要な物質として国際的に使用規制が強化された物質です。

 化学物質のヒトへの曝露ルートは、その物性および使用用途などによって大きく異なります。環境に排出されたある種の有害物質は生態系に蓄積され、食物連鎖を経て我々ヒトへは主に食べ物という形で曝露されます。その代表例がPCB類や塩素化ダイオキシン類、有機塩素系農薬です。一方、PBDEsやHBCDsについてヒトへの摂取量を見積もったところ、食品に比べて室内ダストからの寄与が大きい結果が各国の調査で得られています。つまり、ヒトへのBFRsの曝露量を低減するには、一日の大半を過ごす室内環境で使用されている製品に由来する直接曝露の実態を明らかにする必要があるということです。

 難燃剤の室内放散としては、1)室内設置製品からの揮発、2)難燃化素材そのものの剥離、3)難燃化素材に付着したダストへの直接移行、という少なくとも三つの経路が考えられます。製品からの揮発については、異なる温度域で製品素材からどれくらいの量のBFRsが放散されるかといった調査を行い、室温であってもPBDEsやHBCDsがテレビケースや防炎カーテンから放散されること、高温になるほど放散量が増加することを実測しています。BFRsは臭素原子を有していることから質量数が大きく、蒸気圧が低いため、その多くは製品から放散されると室内空気よりはむしろ室内の壁や床、ダストに吸着して存在していると考えられます。室内ダストを測定するともれなくPBDEsやHBCDsが検出されることから、いずれかの、もしくは複合的な経路により製品からこれら物質がダストに移行していることは明らかといえるでしょう。手に付着したダストを口に運ぶことからBFRsを摂取してしまうわけですから、とくに乳幼児へのリスクを低減させるためには、ダストの除去と換気が効果的な手段となります。

 それでは、製品にいったん添加されたBFRsはどれほど安定なのでしょうか。一般的な環境で製品を使用している間にBFRsの化学構造が変化する可能性はないのか調べるため、PBDEsが添加されたテレビケースや防炎カーテンを太陽光に曝露させる試験を行いました。すると、もともと製品中には入っていなかった成分の生成が認められ、そのことにより生物蓄積性や毒性が増すこともわかってきました。このことは、製品使用時の紫外線照射によって化学物質のリスクが経時的に変化することを示した一つの事例ですが、PBDEs含有製品の廃棄後のリスクを考える上でも重要な知見といえます。

 製品廃棄後のBFRsの挙動としては、規制物質含有製品が最終処分された場合もしくは不法投棄などで屋外に放置された場合の環境影響の程度を把握する必要があります。そのため、破砕した各種製品を純水と一定時間混和させてBFRsの水への溶出量を調べる試験(溶出試験)や水中のBFRsが土壌に吸着するか調べる試験(土壌吸着試験)を実施しています。その結果、難燃製品は雨水や地下水等との接触によりPBDEsやHBCDsを溶出すること、また、溶出したBFRsは土壌に吸着されやすいことが示されました。水中の有機物含有量が高いとPBDEs等の溶出が促進されるとの報告があることから、食品廃棄物等の有機物も投棄されている途上国のごみ集積場においてはBFRsの環境排出の程度がより深刻な可能性があります。

 本号で特集している通り、途上国では、法整備が遅れている、もしくは効果的に機能していないなどの理由から、E-wasteが不適正に処理されている場合があり、周辺環境や作業者、近隣住民への健康影響を懸念する報告が相次ぎ、国際的に大きな問題となっています。ところが、日本国内に目を向けてみると、各種リサイクル法が整備され使用済み製品の処理責任が明確化され、リサイクルが推進されてきているにもかかわらず、家電製品やパソコン、自動車などの不法投棄があとを絶ちません。投棄の規模や種類に大小はあると思いますが、その要因や背景を整理するとともに、局所汚染を引き起こす可能性がある現場を丁寧に調査する必要があると考えています。

(かじわら なつこ、資源循環・廃棄物研究センター ライフサイクル物質管理研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

梶原 夏子

 初めて分析したのはスルメイカ肝臓中のPCB(17年前!)。無数のピークが検出されたGCのクロマトは忘れ難い。海棲哺乳類の研究を経て、国環研入所を機に製品や廃棄物へ対象をシフト、まだまだ半人前です。

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