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2021年2月26日

化学物質等に起因する生態影響を正しく把握する

生態影響の包括的・効率的な評価体系の構築を目指して

山本 裕史

 われわれは、衣服の繊維や洗剤、食品添加物や農薬、建材や燃料、電化製品、そして医薬品や化粧品など衣食住の様々な場面で化学物質を広く使用していて、これらは日常生活を豊かで便利なものにしてくれています。その一方で、製造・使用される化学物質の種類は数十万〜数百万種に上るとも言われていますが、一部は廃棄されて環境中に排出され、不適切・不十分に処理をされた場合は、我々の身近に生息する生物に対して有害な影響を及ぼす恐れがあります。そこで、野生生物に対する化学物質の有害な影響を未然に防止する観点から、一定の生物種に対する有害影響を実験室内での標準的な試験によって評価する手法が国内外で広く取られるようになってきました。典型的な方法として、1980年頃から植物(生産者)として藻類(通常は単細胞緑藻)、無脊椎動物(一次消費者)として甲殻類(通常はミジンコ)、魚類(二次消費者)としてメダカやゼブラフィッシュなどの小型魚を用いて、化学物質がこれらの生死にどのように影響するのかによって評価するシステムができていて、農薬や一般工業化学物質に適用されています。しかしながら、近年は化学物質が多種多様になり、試験が実施されて安全性が確認されている物質はかなり限られているほか、内分泌かく乱作用などの特殊な作用を有する物質もあります。そのため、これらの生物の生死だけでは、当該生物種の個体群の維持を評価するのが難しいことがわかってきました。また、内分泌かく乱作用を有する物質に加え、水に溶けにくい物質や凝集して拡散が難しいナノ粒子、農薬や医薬品の中でも特定の生物種に強い有害影響を及ぼす化学物質の存在も指摘され、これらの有害影響を正しく把握することが重要になってきています。

 また一方で、1960年代の公害問題以降、当時の環境庁や国立環境研究所の前身である国立公害研究所の設立、各種の環境基準・排出基準の設定や事業場の自主的管理の促進などによって、野生生物の生息する河川や沿岸域の環境は大きく改善されてきました。しかしながら、1990年代後半から問題になってきた船底防汚剤に含まれる有機スズ化合物による巻貝の生殖異常(環境儀No. 17参照)をはじめ、化学物質のみならず様々な人間活動の影響を受ける東京湾や、東日本大震災の影響を受ける福島県沿岸域など、野生生物への影響や生物相の変化も指摘されています。また、生物多様性や生態系サービスの観点からも、陸水生態系、沿岸生態系ともに改善が認められず、その一因として、人間活動や開発、気候変動などと合わせて化学物質汚染の影響が挙げられています。

 以上の背景から、われわれは国立環境研究所の安全確保研究プログラムの4番目のプロジェクトとして「生態影響の包括的・効率的評価体系構築プロジェクト(PJ4)」を実施し、化学物質をはじめとした有害因子の生態系への影響を包括的かつ効率的にとらえるために、
 (1)多種多様な化学物質の生態影響を正しく把握するための試験法や解析手法の充実
 (2)実環境中での実態把握を目的とした沿岸生態系保全のための評価系の構築
 (3)混合物や環境試料の生態影響評価
 に関する研究を実施することで、安全確保社会の実現に貢献することを目指しました。

 今回の特集では、研究プロジェクト全体の紹介として、「生態影響の包括的・効率的評価について」を、また、(1)については「多種多様な化学物質評価のための試験法開発について」、(2)については「震災・原発事故後の福島県沿岸における魚介類群集の変遷」、(3)については、「化学物質の複合影響をどう評価するか」をそれぞれ研究ノートとして各研究の詳細を紹介します。なお、生態影響の試験法や解析方法のうち、近年実際の生き物を利用しない手法として世界的に重要となっているインビトロ試験やインシリコ解析についてより詳細な説明を加えるために、環境問題基礎知識として「実験生物に頼らない21世紀の毒性評価システム(AOPとIATA)」について解説します。さらに、生態影響の評価における野外調査の重要性やその内容についてより深く理解してもらうために、調査研究日誌「福島海域調査」もご用意しましたので、是非ご覧ください。

(やまもと ひろし、環境リスク・健康研究センター 副センター長)

執筆者プロフィール:

筆者の山本 裕史の写真

ほぼ毎朝、犬の散歩で近所の公園をハシゴします。秋から冬に向かい、空気がひんやりしてきましたが、運動不足の解消にもなるし、少し考え事もできていいですね。

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