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2021年2月26日

生態影響の包括的・効率的評価について

特集 生態影響の包括的・効率的な評価体系の構築を目指して
【研究プログラムの紹介:「安全確保研究プログラム」から】

山本 裕史

 化学物質の多種多様化が進むとともに化学物質等に起因する様々な環境要因によって生態系への有害な影響が懸念されていますが、これらを包括的・効率的に評価する体系が整備されていませんでした。そこで、このプロジェクトでは、安全確保研究プログラムの「生態影響の包括的・効率的評価体系構築プロジェクト」として、化学物質の生態系へ及ぼす影響指標を包括的に体系化するとともに、沿岸生態系保全のための評価体系及び対策の提案を行うことを目的とし、環境リスク・健康研究センターのメンバーにより、3つのサブテーマについて共同して取り組んできました。図に示すように、サブテーマは(1)化学物質評価のための生態影響試験の充実化と体系化、(2)沿岸生態系保全のための評価体系及び対策、ならびに(3)化学物質の複合影響と実環境試料の生態影響の評価となっています。

生態影響の包括的・効率的評価体系構築プロジェクトの概要図
図 生態影響の包括的・効率的評価体系構築プロジェクトの概要

サブテーマ1 化学物質評価のための生態影響試験の充実化と体系化

 ここでは、生き物を用いたインビボ(in vivo)の生態影響試験に加え、細胞など生物材料を用いた試験管内試験であるインビトロ(in vitro)試験を充実させ、計算機を用いた(定量的)構造活性相関などのインシリコ(in silico)解析等を加えて、AOP(Adverse Outcome Pathways)やIATA(Integrated Approaches to Testing and Assessment)(環境問題基礎知識を参照)などを視野に入れた包括的かつ効率的な化学物質管理のための体系の構築を目指してきました。

 インビボの試験法の充実については、内分泌かく乱作用の検出試験やその応用に関する研究をおこない、メダカの多世代試験や抗アンドロゲン作用の検出試験法、ミジンコ幼若ホルモンの検出試験法の開発と検証などを行ってきました。また、試験実施による有害性評価が難しいナノ粒子の評価手法の検討や、難水溶性の化学物質の評価のための端脚類ヨコエビを用いた底質試験法の開発や体系的な底質リスク評価手法の確立、農薬評価のためのウキクサやフサモ、ユスリカを用いた試験法の検証などを実施してきました。さらには、日本は海に囲まれているものの、化学物質や排水の評価・管理のための試験法として、海産・汽水生物を用いた試験法(特に短期の慢性毒性試験法)が十分に整備されていませんでした。そこで、海産藍藻や緑藻・珪藻、大型藻類といった植物、カイアシやアミといった無脊椎動物、そしてマダイやマミチョグ、ジャワメダカといった魚類を用いた試験法を開発し、標準物質を用いて複数機関(水産研究・教育機構水産技術研究所、海洋生物環境研究所、鹿児島大学と共同)で検証してきました。これらの成果の一部として、内分泌かく乱作用関係の試験法開発や、植物ホルモンかく乱物質の活性について、研究ノート「多種多様な化学物質評価のための試験法の開発について」において紹介します。

サブテーマ2 沿岸生態系保全のための評価体系及び対策

 また、東京湾や福島沿岸のように人間活動に伴う環境負荷が懸念される沿岸生態系において、環境因子と生物相変化との関連性について、野外調査を中心に実験・数値モデル解析等を組み合わせて評価を実施してきました。

 東京湾と福島県沿岸の定点においては定期調査を行い、底棲の魚介類群集の変遷を追跡するとともに、水温や溶存酸素の濃度、栄養塩の濃度といった水質項目や、放射性核種などの環境因子の変動も調べました。

 その結果、東京湾ではシャコやマコガレイなど中・小型魚介類の棲息密度が、1980年代末以降、低いまま推移し、大型魚類(スズキやサメ・エイ類)の密度が、2000年代以降、比較的高いまま安定する一方、2010年代に急増したコベルトフネガイ(二枚貝)の密度は、近年、経年的に減少してきたことがわかりました。魚介類の種組成や密度は水温、溶存酸素、栄養塩濃度及び動物プランクトン密度などの環境因子と相関が認められたほか、1990年代半ば以降、東京湾では砂から軟泥へと底質組成の変化が顕著で、底質の変化と生物相変化との関連性の解析・究明が今後必要となります。

 一方、福島県沿岸での2013年以降の底棲魚介類の群集構造解析では、サメ・エイ類、フグ類、二枚貝類等を除く、魚類、甲殻類、巻貝類、頭足類および棘皮類の多くの種で減少傾向が認められました。震災・原発事故以降、福島県沿岸では、総じて、魚類を含む複数の底棲魚介類の繁殖・再生産が阻害されている可能性があります。さらに、定点や調査頻度を増やしたフィールド調査を2018年から実施し、より詳細な生物群別の分布特性が明らかになりました。成果の一部は研究ノート「震災・原発事故後の福島県沿岸における魚介類群集の変遷」においてご紹介します。

サブテーマ3 化学物質の複合影響と実環境試料の生態影響の評価

 最後のサブテーマでは、実環境での化学物質の生態影響を想定して、化学物質同士の複合影響評価や実環境試料を用いた試験を実施しました。複合的影響試験としては、環境中でリスクが高いと考えられる金属類、界面活性剤、殺虫剤、医薬品、抗菌剤、プラスチック添加剤などを対象に、2種類の相加・相乗・相殺作用の検討のほか、3種以上の組合せでの魚類・ミジンコ・藻類について環境中での平均的な濃度比で組み合わせて影響を調べる検討を行いました。また、関東近辺を中心に河川水をのべ80カ所程度採取し、3種の短期慢性毒性試験(ゼブラフィッシュを用いた胚・仔魚期短期毒性試験、ニセネコゼミジンコを用いた繁殖試験、ムレミカヅキモを用いた藻類生長阻害試験)に基づいて実施し、一部の地点では有害影響が検出され、金属濃度などの化学分析値との比較による毒性原因調査や影響指向型の解析を行いました。成果の一部は研究ノート「化学物質の複合影響をどう評価するか」において紹介します。

(やまもと ひろし、環境リスク・健康研究センター 副センター長)

執筆者プロフィール:

筆者の山本 裕史の写真

新型コロナウィルスの関連で、多くの国際会議や国内学会、環境省会議などがWebでの開催となっています。顔の見えないWeb会議での合意形成にも苦労がありましたが、だんだん慣れてきました。また対面で堂々とできる日が早く戻ってくるといいですね。

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