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2021年2月26日

化学物質の複合影響をどう評価するか

特集 生態影響の包括的・効率的な評価体系の構築を目指して
【研究ノート】

渡部 春奈

1.はじめに

 これまで化学物質の有害性評価は個別物質毎に行われてきましたが、実環境中には様々な用途で使われた多種多様な化学物質が同時に存在しています。そうすると、1つ1つは影響がなくても足し合わせていくと有害な影響を引き起こす可能性があります。ときには物質Aと物質Bに同時にばく露されることで、物質Aと物質Bの個別の影響を足した場合(相加作用)より、大きな影響(相乗作用)を示したり、反対に打ち消しあって小さな影響(相殺作用)を示したりすることもあります。このような複数の化学物質による影響を複合影響といい、大別すると図1に示す2つの評価アプローチがあります。1つ目は「組み合わせ評価(Component-based approach)」で、色々な化学物質を組み合わせたとき、どのような複合影響が起きるか、複合影響は個別物質の影響からモデルによって予測できるか評価します。2つ目は「混合物直接評価(Whole mixture approach)」で、複数の化学物質が含まれている環境試料(混合物)を直接評価することで、実環境中でどのような複合影響が起きているか、そして原因となっている化学物質は何かを調べるものです。本稿ではそれぞれのアプローチによる研究についてご紹介します。

複合影響評価の2つのアプローチの図
図1 複合影響評価の2つのアプローチ

2.色々な化学物質を組み合わせて複合影響を予測してみる

 組み合わせ評価において、個別物質の影響から複合影響を予測するモデルとして代表的なのが、「濃度加算法(CA: Concentration Addition)」と「独立作用法(IA: Independent Action)」の2つです(図2)。CAモデルでは、各物質の濃度をその物質の毒性値(図2ではX%の影響を引き起こす濃度ECXiのこと)で割った毒性単位TU(Toxic Unit)を足し算したものが混合物(Mix)のTUになると仮定します。TUが同じならどの物質でも同じ強さの影響を示すとするもので、同じような作用メカニズムを示す物質群に適用されます。一方、IA法は各物質の影響は互いに独立して起きると仮定し、作用メカニズムが異なる物質群に適用されます。CA法では、各物質は影響を示す濃度ではなくても、TUの総和が1を超えると影響を示しますが、IA法では互いに独立なので、影響がない濃度でいくら混ぜても影響は示さないとします。どちらも物質間に相互作用がないと仮定しているので、相乗作用や相殺作用といった相互作用があると、モデルの予測値より大きい又は小さい影響が示されるはずです。そこで実際に混合物を試験して得られた実測値とモデルによる予測値を比較してみます。

複合影響予測モデル:濃度加算法(CA: Concentration Addition)と独立作用法(IA: Independent Action)の図
図2 複合影響予測モデル:濃度加算法(CA: Concentration Addition)と独立作用法(IA: Independent Action)
Cmix: i個の物質の合計濃度、ECXmix: 混合溶液がX%の影響を及ぼす濃度、Ci: 混合溶液中の物質iの濃度、ECXi: 物質i単独でX%の影響を及ぼす濃度、E(Cmix) :濃度Cmixにおける混合溶液の影響%、E(Ci): 混合溶液中の物質iの、濃度Ciにおける単独影響%

 では膨大な化学物質の中からどの物質を組み合わせて評価するべきでしょうか?組み合わせは無限に存在するのですべて評価することは不可能です。そこで「水生生物へのリスクが高いと考えられる物質」について「環境中であり得る組み合わせ」を考えてみます。例えば金属類からは、水生生物保全のための水質基準が設定されている亜鉛、基準策定の候補となっている銅とカドミウムの3つを環境中検出濃度比の中央値(亜鉛:銅:カドミウム=167: 35: 1)に基づいて混合し、藻類(ムレミカヅキモ)、ミジンコ(ニセネコゼミジンコ)、魚類(ゼブラフィッシュ)を用いた短期慢性毒性試験(「生物応答を用いた排水試験法(検討案)、環境省」に準拠、以下、生物応答試験)を実施しました。図3(a)に示した藻類の生長阻害率の濃度反応曲線のように、実測の曲線(Mixture)はCA法またはIA法による予測曲線と近似しており、これらの金属の複合影響は個別物質の影響から予測可能な範囲であることが分かりました。詳細をみると藻類とミジンコに対しては銅と亜鉛、魚類に対しては銅が主に関与していたと推定されました。同様に、魚類へのリスクが懸念される物質として水生生物保全基準のあるノニルフェノールおよび直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)、ミジンコへのリスクが懸念される物質として殺虫剤のマラチオンとクロルピリホス、藻類へのリスクが懸念される物質として抗菌剤のトリクロサンと抗生物質のクラリスロマイシンを選定し、計6物質を環境中検出濃度の中央値に基づいて混合して試験したところ、ミジンコへの影響は主に2つの殺虫剤に由来し、CA法による予測とほぼ一致したのに対し(図3(b))、藻類と魚類では予測値より実測値が低く(図3(c))、やや相殺傾向が示されました。

 他にも、構造が似ている物質群は類似の作用を持つ物質群としてCA法に従うのかどうか、アクリル酸エステル類やフタル酸エステル類についてそれぞれ評価したり、生物内での代謝反応から相乗作用が懸念される組み合わせを調べたりしています。

金属3種または有機化学物質6種の混合溶液の濃度反応曲線とCAおよびIA法による予測図
図3 金属3種または有機化学物質6種の混合溶液の濃度反応曲線とCAおよびIA法による予測
(a) 金属3種混合溶液:藻類生長阻害試験 (b) 有機6種混合溶液:ミジンコ繁殖阻害試験 (c) 有機6種混合溶液:魚類胚仔魚期短期毒性試験(生存指標はふ化率とふ化後生存率の積、Mixtureは混合溶液の実測値、CAおよびIAは各モデルによる予測値、各物質の曲線は混合溶液中で各物質単独で及ぼす影響の予測値)

3.色々な化学物質が含まれている環境試料を評価してみる

試験生物(ムレミカヅキモ、ニセネコゼミジンコ、ゼブラフィッシュ)と河川水サンプリング風景の写真
図4 試験生物(ムレミカヅキモ、ニセネコゼミジンコ、ゼブラフィッシュ)と河川水サンプリング風景

 次に混合物直接評価として、実際の混合物である河川試料から遡って原因物質を探索するアプローチを見てみます。公共用水域調査やPRTR(化学物質排出移動量届出制度)情報等からニッケル濃度が高いと予測された18河川44地点から採取した河川水をミジンコ試験に供したところ(図4)、約半分の24地点で繁殖影響が示されました。この調査ではニッケル濃度が高いと予測される地点を選定したこともあり、影響が示された地点ではニッケル濃度と影響は高い相関を示し、ニッケルが主な原因物質であると推定されました。さらに全国28河川31地点から採取した河川水について、藻類及びミジンコを用いた生物応答試験を実施した結果、藻類に対し12地点、ミジンコに対し6地点で影響が示され、いずれかの生物に影響があったのは約半分の16地点でした。河川水中の金属類を分析した結果、一部の地点ではニッケルや亜鉛、銅が原因候補物質として挙げられましたが、金属類では影響が説明できない地点もいくつかみられました。これらの地点においてさらに有機化学物質を対象とした網羅的化学分析などを実施し、原因物質の探索を行うことが今後の課題です。

4.おわりに

 今回ご紹介した「色々な化学物質の組み合わせ」はおおむね個別物質の影響から予測することができましたが、これは1つか2つの物質によって混合物の影響がほとんど説明できたことが理由として挙げられます。では従来の個別物質管理でも十分かというと、現在、環境中で検出されている化学物質がすべて管理対象となっているわけではありません。環境中で実際、生物に影響のある物質は何なのか調べるには混合物から調べる「混合物直接評価」が必要ですし、1つ1つは影響がなくても環境中で合算されると影響があるかどうか事前に予測し管理していくためには、個別物質から調べる「組み合わせ評価」が必要です。今後も2つのアプローチを用いながら複合影響の実態を調べていきたいと思います。

(わたなべ はるな、環境リスク・健康研究センター 生態毒性研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール:

筆者の渡部 春奈の写真

実験室で飼育に用いる水のちょっとした変化でミジンコの状態が変わるのを見てきました。なので利き酒はできませんが、利き水は得意です。

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