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2018年12月27日

人口分布シナリオで環境にやさしいまちを提案する

Interview研究者に聞く

 環境にやさしいまちを目指すには人々の住まい方、すなわち人口分布について考えることが大切です。集まって住むのと地域全体に散らばって住むのとでは、地域の総人口は同じでも環境に与える影響は大きく異なります。今後は環境を考慮したうえで、人々が幸せで持続可能な暮らしを送れるようなまちを実現していくことが求められます。社会環境システム研究センターの松橋啓介さんと有賀敏典さんは、まちづくりに役立てるべく、市町村ごとに将来想定される人々の住まい方の複数のパターン、人口分布のシナリオをつくりました。

研究者の写真:松橋啓介
松橋 啓介(まつはし けいすけ)
社会環境システム研究センター
環境政策研究室 室長
研究者の写真:有賀敏典
有賀 敏典(ありが としのり)
社会環境システム研究センター
地域環境影響評価研究室 主任研究員

さまざまな面から人口と環境の関係を調べる

Q:この研究を始めたきっかけは何ですか。

有賀:研究をはじめた2010年当時は、世間でコンパクトシティが注目されるようになってきた頃でした。コンパクトシティとは、商業施設や行政サービスなど生活に必要な機能を一定範囲に集め、効率的な生活や行政を目指そうというものです。コンパクトシティを実現すると言っても、人々を強制的に移動させることはできませんから、出生・死亡や転居といった人口の動態をかなり詳しく見ないといけません。そこで人口の専門家を交えて、人口動態を詳しく分析することから研究は始まりました。

松橋:私は大学院修士課程の時に、東京都区部を対象にして、人口密度が高くなると移動に必要なエネルギーがどれくらい少なくなるかを研究しました。国立環境研究所に入った後は、エネルギーだけではなく、さまざまな面から人口と環境について調べたいと考え、研究所内で研究課題を提案しました。

Q:近年の日本の人口分布はどのようになっていますか。

松橋:経済が成長し、人口増加が顕著だった時代は、郊外に人が増え、都市が拡大しました。しかし、近年の人口が減少する時期には、中心市街地から遠い郊外から人口が減っていき、相対的に中心市街地に人口が偏る偏在化の傾向が全国的に見られます。ただし、それはどの時代のどこの市町村でも同じというわけではなく、なかには中心市街地から人が減っていくところもあります。

Q:偏在化は環境の面から好ましいことですか。

松橋:駅の近くなど一定の範囲に人が集まって住むと、自動車の使用が減り、鉄道など公共交通の利用の割合が増えるので、移動から発生する二酸化炭素(CO2)排出量は少なくなります。一方で、騒音やヒートアイランド、大気汚染など、偏在化が進むことで悪化する環境問題もあります。ですから、人が集まって住むことのよい点はありますが、偏在化すればするほどいいという訳でもありません。

過去のデータから将来の人口分布のシナリオをつくる

Q:どのように研究を進めてきましたか。

有賀:まず、国勢調査の集計データを分析しました。全国を格子状に分割した四角形の単位をメッシュと言います。1km四方に分けられたメッシュ内の総人口や性別、年齢5歳階級別の人口などの基本データを用いて、出生や死亡による人口の自然増減と、転居にともなう人口の社会増減を推計しました。また、将来の人口分布を想定したシナリオをつくるにあたっては、市町村ごとに人口動態を分類する必要があります。そこで全国の市町村の人口分布ジニ係数(コラム2参照)を計算しました。そして、その市町村内の人口が偏在化した場合と、均一化してしまった場合の、それぞれの将来の状況をシナリオとして示しています。

Q:データを分析するのは苦労しますか。

松橋:国勢調査の地域メッシュデータは、量が多く複雑なので分析するのは大変です。人の住んでいるところだけでもメッシュは約20万個あり、それぞれに性別5歳階級別の人口変化率のパラメータを割り振って計算すると、それなりの計算量になります。

有賀:データが細かくなると住民のプライバシーも問題になります。国勢調査では、メッシュ内の性別と5歳階級別の人口が公表されていますが、極端に人口が少ない地域ではプライバシーの問題からデータは公表されていません。そのようなメッシュは全国にあるので、そのデータの扱い方に苦労しました。

Q:どのように人口分布の偏在化や均一化のシナリオをつくるのですか。

有賀:将来、ある市町村のなかで人口分布が偏在化する場合のパラメータ、変化しない場合のパラメータ、均一化する場合のパラメータは過去のデータから求めることができます。そのパラメータを使って、将来の全国1kmメッシュ人口のシミュレーションを行いました。

Q:全国の市町村のシナリオをつくるのですか。

松橋:はい。市町村にフォーカスしたのは、将来人口が減ったときどうすればいいのかを市町村単位で考えることがまず重要だと思ったからです。シナリオでは、過去のデータから得られたパラメータを使うことで、今後も起こりそうな偏在化や均一化を再現しようとしました。

 実際に過去に起こった事象をもとにしているので、市町村などの自治体にとっても、行政の進め方により将来どうなるかといったイメージをしやすいと思います。それまでコンパクトシティというと、市町村ごとに可住地(人の住める場所)や人口集中地区の人口密度を比較した研究が多く、市町村の内部を詳細にみた人口の研究はあまり行われていませんでした。人口研究の面でも新しい知見を得られたという点は、研究を進めることに自信を持つきっかけになりました。

シナリオでわかった人口分布と環境の関係

Q:人口分布が環境に与える影響は何ですか。

有賀:私は自動車のCO2排出をメインに研究しました。たとえば、神奈川県相模原市を例にとると、人口の多いところは鉄道駅の周辺です。駅の周辺に人が集まって住んだ場合、郊外を開発して人を呼び込むよりも自動車のCO2排出量が15%近く減るという結果が研究によって得られました。相模原市は人口の多いところから少ないところまであり、人口分布を変えることで自動車のCO2排出量が大きく減らせる例となります。そのほかの市町村でも効果に違いはありますが、平均して10%程度はCO2排出量が減る可能性があることがわかってきました。

松橋:たとえば人口集中地区という1km2あたり人口密度が概ね5,000人より高いところでは、自動車からの一人当たりCO2排出量が少ないことが定量的にわかったと言えます。このように人口密度と自動車の一人当たりCO2排出量の関係を定量的に示した点が研究の特徴です。ほかには、熱中症発症者数の推計や、将来の大気汚染の検討にもこのシナリオが使われました。人口分布シナリオが他の分野の研究にも使われたのは、将来の人口分布にみんなが関心をもっているからだと思います。

Q:今後、都市では大気汚染などの環境問題はどうなりますか。

松橋:昔は、人が集まる都市は、社会経済活動が集中して行われるため、大気や水の汚染などの環境問題の原因とされていました。現在では、政策によってだいぶ改善されており、どちらかと言うと外から来る大気汚染物質が問題になっています。しかし、いまだに大気汚染のぜんそくに苦しんでいる方もいるので、解決したとは言えません。また、騒音や悪臭、振動といった感覚公害も問題として残されており、たとえば香りや芳香剤が嫌だと言う人もいます。それは集まって住むことによる問題でもあるので、やはり人口が集中しすぎないようにバランスをとることが必要です。研究をする上でも注意しておきたいところです。

Q:シナリオはまちづくりに重要ですか。

松橋:少子高齢化により人口減少が進み、都市の衰退が進んできています。そうすると、将来に備えてまちをつくりかえていく必要があります。まちをつくるのには時間がかかるので、将来の予測を提示できるシナリオは大切だと考えています。また、地域内の環境負荷の推計と実際の調査とを合わせて進める必要があります。

よりよいまちづくりのための議論

Q:理想的なまちづくりはありますか。

松橋:個人的には、地方都市をもっと活性化させたいですね。東京などの大都市圏よりも、もう少し人口規模の小さい数十万人から数百万人規模の若者を呼び寄せるような都市が地方にあるといいと思います。一定規模の人がいると魅力の高い施設ができるので、さらに人が集まってくるというポジティブ・フィードバックが働きます。地域活性化は、背景になる人口があって、そこを一押しして活性化させるような形が理想だと考えています。

Q:その方が農業などの産業も盛んになりますか。

松橋:そうですね。たとえば、農業をやっている人が都市的な活動をしたい時にすぐに行ける地方都市があり、そこに大学もあれば、人口流出に歯止めをかけ、関連産業に従事する若者が増えやすくなると思います。地方の人がいちど東京に来て、また帰るのは大変です。産業のためだけではなく、若者の多様なライフスタイルを大事にできるような都市がいいと思います。

Q:よりよいまちづくりのために、他にはどんな研究をしていますか。

有賀:最近やっているのは、人口と空き家の分布の組み合わせについての研究です。人口が減ってきたときに建物が変わらないとしたら、どこでどのくらい空き家が増えるのかを分析しています。

松橋:関連して、家庭からのCO2排出量の地域差も調べています。今までは自動車からのCO2排出のみを対象にしていましたが、こんどは家庭からのCO2排出も分析して、自治体ごとの排出量を計算しています。それがわかると、暮らし方が将来どうなるか、どういう対策をとればいいかということをより幅広く考えることができます。

Q:自治体からの声を聞くことはありますか。

松橋:中学生や高校生に将来の人口分布のデータを提示して、地域のビジョンについて検討し、それを市長に発表してもらうというワークショップを千葉県内の市を中心として年に1回くらいのペースで行っています。たとえば、人が減った時にどこで空き家が増えるかという地図を示して、その市の空き家をどう使えばいいかなどを生徒たちに議論してもらっています。

Q:生徒からはどんな答えが出てきますか。

松橋:まちに若者が集まるハンバーガーショップやバッティングセンターをつくればいいなどいろいろな提案があり、中高生が地域や公共に関心があることを感じました。また、自分たちがまちをよくするためにここに残りたいというとても心強い感想を寄せてくれる人もいたので、ちょっと感動しました。そう思ってくれる中高生に対して、市長や市役所の大人は何ができるのかを考えなくてはなりません。

Q:研究成果が市町村にフィードバックされるのですね。

松橋:そうですね。将来の人口減少にともなって空き家が増えるなどあまりよくない予測ばかり示していると、市町村の方に怒られるんじゃないかと不安な時もありますが、詳しい情報を提供することにはなっていると思います。

人と環境が調和するまちをめざして

Q:研究のエピソードはありますか。

松橋:この研究を始めるまでに結構時間がかかりました。持続可能なまちづくりの研究をしようと提案したのは15年以上前のことです。所内の研究提案の機会を通じて内容のブラッシュアップを重ねました。提案を通してもらえる内容になるまでに7~8年ほどかかってしまいました。

Q:その当時は環境と人口の関係に関心があまりなかったのですか。

松橋:当初はあまり関心を持たれていなかったですね。2006年頃になると人口減少が大きな話題となり、ようやく将来の人口やその分布の変化が今後の環境問題の鍵を握ると考えられるようになりました。そのころ、人口を詳しく研究する人が所内にいなかったので、それもあって研究ができることになりました。今は、人口についての研究がいろいろな分野につながってきていますね。たとえば、気候変動適応策に関する法律ができましたが、適応策を評価するときに、影響を受ける人がどこに何人住んでいるかといった人口分布は基本データとして役に立っています。

Q:最後に、今後の展望を教えてください。

有賀:私自身は人々がいつどこでどんな活動をしているのか、つまり時間と空間を人がどう使っているかに興味があります。都市はいわば空間です。空間を変えたときに人の行動はどう変わるのか、逆に人の行動を変えるためには空間をどう変えればいいのかを明らかにしたいですね。その研究をもとに、環境にも人にもやさしいまちをつくることができればいいと思います。

松橋:個人の幸福と、地域の持続可能性が両立できるようなまちづくりに貢献したいと思っています。現在では、地域を環境面で持続可能にするためには、個人が我慢をしなくてはならないと捉えられがちです。個人が楽しく幸せに暮らすことと環境負荷を少なくすることを両立することのできる技術や政策に役立つ研究を進めていきたいです。

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