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2022年12月28日

気候変動の影響の評価と影響機構の解明

特集 気候変動と生態系、モニタリング研究の今
【研究プログラムの紹介:「気候変動適応研究プログラム」から】

西廣 淳

 極端に暑い夏やこれまでに経験したことのない集中豪雨など、気候変動の影響はすでに顕在化しています。生活や産業でのエネルギー使用など、さまざまな人間活動のあり方を見直し、温室効果ガスの排出を減らしたり、二酸化炭素の吸収量を増加させたりする「気候変動緩和策」を進めることは、世界的な課題です。しかし、緩和策を推進しても一定程度の温暖化は避けられません。そこで重要になるのは、「気候変動適応策」です。適応策には、温暖化に伴うリスクを予測し低減することや、温暖化だけでなく様々な変化に対して柔軟に対応できる社会に変革することが該当します。

 日本では、気候変動適応法の施行(2018年12月)に先立ち、2013年に中央環境審議会地球環境部会の下に設置された気候変動影響評価等小委員会において、気候変動の影響評価が行われました。この影響評価では、影響が懸念される分野が①農業・林業・水産業、②水資源・水環境、③自然災害・沿岸域、④自然生態系、⑤健康、⑥産業・経済活動、⑦国民生活・都市生活の7つに分けられ、それぞれにおいて、影響の重大性、対策の緊急性、情報の確信度が評価されました。この評価の結果は、その後閣議決定される「気候変動の影響への適応計画」の根拠となり、現在でも国や地域で気候変動適応計画を立案する際には、この7つの分野を意識して気候変動の影響予測や適応策の検討が行われることが基本となっています。

 気候変動適応が求められる7つの分野のうち「自然生態系」は、他省庁の研究機関と比べ、国環研での研究の蓄積があり「強み」を発揮しやすい分野と言えます。一方、農林水産業や生活の分野と比べ、気候変動の影響を実感しにくい分野でもあります。しかし、気候変動による野生の動植物への影響は、高山植物の衰退やサンゴの白化現象などの形で既に顕在化しています。また自然生態系の変化そのものには気づきにくくても、その変化は、直接的・間接的に、農業や防災など他分野における適応にも影響します。例えばソバのように、結実のために自然のポリネーター(花粉を運ぶ昆虫)を必要とする農作物にとって、ハチやアブの増減は収穫に影響する可能性があります。サンゴの減少は、漁業、観光、沿岸防災など、さまざまな産業や生活に影響するでしょう。自然生態系における気候変動の影響を把握することは、生物多様性保全というそれ自体が国際条約や国内法で重視されている課題に応えるだけでなく、他の分野への間接的な影響が顕在化する前に対策を考える上でも、重要な意味をもちます(図1)。

図1 気候変動による影響を受ける自然・社会の要素
図1  気候変動による影響を受ける自然・社会の要素。
社会は気候変動から直接影響を受けるだけでなく、自然生態系の変化を介して間接的な影響も受ける。グラフは気象庁HP「日本の年平均気温(https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_jpn.html)」より図(日本の年平均気温偏差)を改図。

 2021年度に開始された国立環境研究所「気候変動適応研究プログラム」は、プロジェクト1「気候変動影響の定量評価と影響機構解明に関する研究」、プロジェクト2「気候変動影響評価手法の高度化に関する研究」、プロジェクト3「科学的予測に基づく適応戦略の策定および適応実践に関する研究」の3つのパートから構成されています。これらは「気候変動の影響を把握し、将来を予測し、適応策を実践する」という気候変動適応に必要な一連のプロセスに対応しています。

 気候変動適応研究プログラムのうち、気候変動の影響把握を担当するプロジェクト1では、国内およびアジア域の自然生態系への影響を幅広く対象とした研究を進めています。これらの多くでは、野生の動植物の成長、個体数、分布域の変化に対する気候変動の影響を解析しています(本紙「研究ノート」参照)。さらに昨年度から、「生物の季節性」に着目したモニタリングも開始しました。

 サクラの開花日、セミの初鳴き日、ツバメの初見日といった生物季節情報の記録は、日本では気象庁が1950年代から実施してきました。気象庁の生物季節観測は、34種の植物、23種の動物を対象に、全国48の観測地点において観測するという大規模なものでした。しかし2020年に、約9割の種目の観測が廃止されました。これを受けて、2021年から国立環境研究所気候変動適応センターは、気象庁や環境省とも協力し、市民参加による生物季節モニタリングを2021年6月に開始しました。

図2 国環研が実施する生物季節観測で特に重点的に調査員を募集している項目と調査風景
図2 国環研が実施する生物季節観測で特に重点的に調査員を募集している項目と調査風景

 開始から1年が経過した2022年6月時点で、モニタリングに参加してくださる「市民調査員」は298名となりました。これらの方々は、国環研が提示した観測種目(図2)から、ご自身で観測しやすい種目を選択し、通勤経路など頻繁に見られる場所をモニタリング地点として設定し、観測を続けてくださっています。調査に参加してくださっている方は北海道から鹿児島県までの40の都道府県にわたります。しかし、調査員お一人の調査項目は1件か2件のことが多く、すべての項目を全都道府県で観測していた気象庁の観測に比べると、調査地点・調査種目ともまだまだ不足しています。国環研のウェブページでは随時、調査員を募集しておりますので、ご興味のある方はぜひご覧ください(https://adaptation-platform.nies.go.jp/plan/institute_information/information_01.html)。なお、国環研の生物季節観測を支える寄附金の募集も実施しています(https://www.nies.go.jp/kenkyu/kifu/pj2.html)。

 私たちはいま、より分かりやすい調査マニュアルや解説動画の作成、調査員が少ない地域に力点をおいた呼びかけなどの準備を進めています。生物季節観測は、生物への気候の影響を知る上での基本的な情報になるだけでなく、その調査への参加は、季節の移ろいを意識し、身近な生物の存在を気にかける暮らしのきっかけになるものと考えています。その意義と魅力を、広くお伝えできるよう努力していきます。

(にしひろ じゅん、気候変動適応センター 気候変動影響観測研究室 室長)

執筆者プロフィール:

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コロナ禍で学会のオンライン開催が多くなっていますが、先日、久しぶりに対面形式の学会に参加しました。そこで感じたのは「休憩室の価値」。対面での雑談の大切さを実感しました。

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