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2020年5月15日

共同発表機関のロゴマーク
民間旅客機が捉えた都市域からのCO2排出
~世界34都市上空でのCO2観測データの統計解析~

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、気象庁記者クラブ同時配付)

令和2年5月15日(金)
国立研究開発法人国立環境研究所
環境計測研究センター 動態化学研究室
 研究員 梅澤拓
地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室
 室長 町田敏暢
地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室
 主任研究員 丹羽洋介
地球環境研究センター 衛星観測センター
 高度技能専門員 Shamil Maksyutov
気象庁気象研究所 気候・環境研究部第三研究室
 研究官 松枝秀和(現:獨協大学)
 室長 澤庸介(現:気象庁)
Universities Space Research Association
/NASAゴダード宇宙飛行センター
 研究員 小田知宏
York University
 客員教授 Kaz Higuchi
 

   日本航空の旅客機を利用した温室効果ガス観測プロジェクト(CONTRAILプロジェクト*1)で2005年から2016年の約10年間にわたって取得されたCO2濃度の観測データを解析することによって、世界34都市*2の直上におけるCO2濃度変動の特徴を明らかにしました。各都市上空で都市の風上側と風下側を比べると、都市の風下で顕著なCO2濃度の増加が観測され、都市域のCO2排出の影響を見出すことができました。したがって、各都市上空におけるCO2濃度の変動幅の大きさは都市からのCO2排出の影響を捉えており、CO2排出が大きいと考えられる都市ほど、その上空におけるCO2濃度の変動幅も大きいことが明らかになりました。CONTRAILは民間旅客機により世界の都市上空でのCO2濃度データを提供する世界で唯一のプロジェクトであり、今後もこの観測データを都市域や世界各国のCO2排出の監視に役立てて活用することで温室効果ガスインベントリ*3の精度向上にも貢献できると期待されます。
   本研究の成果は、令和2年5月14日付でSpringer Natureから刊行される自然科学分野の学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。
 

1.研究の背景

   大気中の二酸化炭素濃度は、年間約2~3 ppm*4の割合で増加を続けています。この増加の主な原因は化石燃料の燃焼による人為的なCO2の排出ですが、化石燃料の使用にともなって大気中に排出されるCO2のうち、約半分は陸上植物と海洋によって吸収されていると考えられています。このような自然吸収と人為・自然排出を含めたCO2の循環(炭素循環)を定量的に理解することは、パリ協定のもとでの実効的な排出削減目標の作成にとっても極めて重要です。従来の研究においては、排出統計(インベントリ)に基づいた化石燃料消費による排出量は既知との考えに基づいて、大気観測データに収支を合わせるようにして自然吸収・排出量の推定が行われてきました。しかし、近年では排出量インベントリの整備が不十分な新興国で排出量が急増することで、化石燃料消費による排出量インベントリの不確実性が増大し、それに基づいて推定される自然吸収・排出量にもバイアスが生じることが懸念されています。
   人為的なCO2排出の約70%は、世界の人口の約50%を抱える都市域に起因すると言われています。都市域のCO2排出量推定の不確実性を低減するためには様々な取り組みが不可欠であり、都市大気中CO2濃度の実態把握とその観測データを利用した都市排出量の推定はその一つです。実際に、特定の都市域をカバーする地上の大気観測ネットワークの構築や衛星を利用した都市大気観測の研究が近年盛んに行われています。
   本研究においては、日本航空の旅客機を利用したCONTRAILプロジェクトによって取得された世界の都市上空のCO2濃度の鉛直分布データに着目しました。多くの主要な空港は大都市近郊に位置しているため、空港上空のCO2濃度のデータは都市からのCO2排出の評価に有用であると考えられるためです。本研究では、このような旅客機観測の利点を活かし、世界34都市の空港上空のCO2濃度データの統計解析を実施しました。さらに、このようなCO2濃度の統計解析の結果と対象都市のCO2排出量との関係についても調査しました。

2.観測データ

   国立環境研究所と気象庁気象研究所は、日本航空が運航する旅客機を利用した温室効果ガス観測プロジェクトCONTRAIL (Comprehensive Observation Network for Trace gases by Airliner)を2005年から展開しています(図1)。本研究では、旅客機に搭載されたCO2濃度連続測定装置(CME)によって、2005年から2016年の約10年間にわたり観測された世界34都市の上空のCO2濃度観測データを解析しました。

羽田空港を離陸する日本航空のCONTRAILロゴ特別塗装機とCO2濃度連続測定装置の画像
図1.羽田空港を離陸する日本航空のCONTRAILロゴ特別塗装機(左、日本航空提供)とCO2濃度連続測定装置(CME)(右)。

   CONTRAIL観測が開始された2005年以降、2016年末の時点で13,000を超える観測フライトから700万点を超えるCO2濃度データを取得しました。また、空港上空の上昇・下降時に取得した鉛直分布データは、成田空港上でおよそ7,700回、羽田空港上で4,400回、ホノルル空港で2,100回、バンコク空港上で1,700回、シドニー空港で1,600回、シンガポール空港で900回、香港空港で800回、デリー空港やパリ空港で700回など、世界各国の都市上空で非常に充実したデータが得られました(図2)。
   各空港での観測データ数は観測に使用される旅客機の運用によるため、観測機のベースである成田・羽田空港を除いて、必ずしも定期的な観測が実施できるとは限りません。一方で、大気中のCO2濃度の変動には経年変動や季節変動が存在します。そこで、2005年から2016年までのCONTRAILの全観測データについて、観測地点別に独自に経年変動と季節変動を評価しそれらを観測データから除去することで、地域スケールの排出に起因する濃度増加を反映すると考えられる「CO2増分」を計算しました。

都市・空港別の鉛直分布データ取得数(2005年–2016年)の図
図2.都市・空港別の鉛直分布データ取得数(2005年–2016年)。

3.研究結果と考察

   本研究では、図2に示した世界各国の空港について、その上空のCO2増分の変動を統計的に調べました。その一例として、東京(成田空港)の結果を図3に示します。まず、図3dの通り、成田空港(白抜きダイヤ)は東京都心から約60 km東方に位置しています。地図中の黒丸の群れで示されるように、CONTRAILの観測機は離着陸の際の高度2 km以下で、東京都心の東側を囲うように観測データを取得したことがわかります(観測機の位置は、高度を上げるにつれて各フライトの目的地方向へ様々に広がります)。東京東方の高度1.0–1.5 kmで、CO2増分と風向・風速との関係を調べたのが図3bです。この図は、各風向・風速格子でのCO2増分の最大値を示しており、すなわち、どのような風向・風速時に高いCO2濃度が出現するかを示します。この図では、弱い西風の時に高いCO2増分が出現していることが明らかです。これは観測地点から見て強いCO2排出源(東京大都市圏)が西方に位置していること、また風の弱い時ほど東京大都市圏からの排出が近傍風下の大気下層(大気境界層)に蓄積しやすいことと整合します。このような都市域の排出影響は上空に行くほど弱まります(図3a)。また、図3cを見ると、CO2増分の変動幅(ばらつき)は大気下層ほど大きく、この様子にも地表の都市排出の影響を見出すことができます。

成田空港上空におけるCO2増分の統計解析結果
図3.成田空港上空におけるCO2増分の統計解析結果。
(a)高度4.0–4.5 kmにおけるCO2増分の最大値と観測時の風向・風速との関係を表す。上が北として、角度で風向を、円の中心からの距離で風速を表し、灰色の等心円の間隔が毎秒5 m。(b)aと同じ。ただし、高度1.0–1.5 kmの観測データの解析結果。(c)CO2増分の出現頻度のヒストグラム。紫の塗りつぶしが高度4.0–4.5 km、赤の実線が高度1.0–1.5 kmの観測データの解析結果。各高度の観測データ数も左上に示されている。各CO2データの季節変動からの偏差が小さい時にCO2増分はゼロに近づく。(d)成田空港周辺の土地利用を表しており、ピンクが都市域に対応する。白抜きのダイヤが成田空港の位置を表し、その周辺の黒い部分(小さな黒丸の集まり)が高度2 km以下の観測データの取得位置(観測機の位置)を表す。

   このようなCO2増分の統計解析を世界の36空港について調べたところ、多くの空港において、(1)高度約1 kmにおいて高いCO2濃度が出現する風向が特定でき、その方向は空港近隣都市の方向に一致していること、(2)大きなCO2濃度の増加は風速が弱い時に観測されやすいこと、(3)CO2増分の変動幅は下層ほど大きいが、高度4 km程度の上空に達すると地表の排出吸収の影響がほとんど到達しない清浄大気の特徴を示すこと、が明らかになりました。すなわち、CONTRAILによる空港近傍での観測結果が近隣都市域のCO2排出の影響を明瞭に捉えていることがわかりました。
   各空港上空の高度約1 kmのCO2増分の変動幅(標準偏差)を計算すると、世界の都市の中でも大都市近郊の空港上空で大きな変動が見られることがわかりました(図4)。特に大都市圏人口で世界上位10位に入る東京、デリー、メキシコシティ、上海、大阪などの上空で非常に大きなCO2濃度の変動が観測されたことがわかります。一方、沿岸部に位置する比較的規模の小さな都市上空のCO2変動は小さい傾向も見えてきました。

世界各国の空港上空高度約1 kmにおけるCO2増分の変動幅(標準偏差)の図
図4.世界各国の空港上空高度約1 kmにおけるCO2増分の変動幅(標準偏差)。
丸が大きく赤くなるほど変動幅が大きいことを表す。空港コードと都市名の対応は図2を参照。

   そこで本研究では、CO2増分の変動幅を各都市のCO2排出量の推定値に対して図示しました(図5)。各都市のCO2排出量は化石燃料の燃焼による人為起源CO2排出量データベース(ODIAC*5)から計算しました。この図に見られるように、高度約4 km(図5の水色)では直下の都市域のCO2排出量に関わらずCO2増分の変動幅は小さいのですが、大気下層(高度約1 km、図5の赤色)ではCO2排出量の大きな都市域近郊の空港上空ほどCO2増分の変動幅が明らかに大きいことがわかります。すなわち、都市域上空のCO2濃度の主要な変動要因は都市からのCO2排出であり、観測フライト時の気象条件が様々に変動することによって、そのような排出影響が上空の高度1 km程度まで伝搬していることが明らかになりました。

世界各国の空港上空におけるCO2増分の変動幅(標準偏差)と各都市からの人為起源CO2排出量との関係を表した図
図5.世界各国の空港上空におけるCO2増分の変動幅(標準偏差)と各都市からの人為起源CO2排出量との関係。
赤色が高度約1 km、水色が高度約4 kmの観測データによる解析結果。空港コードと都市名の対応は図2を参照。

   それでは、このような都市上空のCO2濃度の変動幅とCO2排出量の関係はどのように理解できるでしょうか。一般に、地表のCO2排出は大気下層(大気境界層)に蓄積され、これに伴うCO2の濃度増加量は排出量に比例すると考えられます。都市域上空に生じるこのような高濃度CO2領域の分布は、都市域の排出の地理的な分布ならびに排出されたCO2の蓄積場となる大気境界層の状態によると考えられます。旅客機フライトから得られたCONTRAILの観測データでは、観測地点と都市のCO2排出域との地理的関係は空港別に大きく異なりますし、日変動や季節変動をともなう大気境界層の状態も空港別のフライトスケジュールによって様々なケースがあると言えます。したがって、都市域からのCO2排出量を1回や2回の限られた観測で定量的に捉えるのは困難です。しかし、本研究では多数の観測で様々な都市域上空のCO2濃度の変動幅を捉えることによって、そのCO2の変動幅が都市からの排出に関係していることを統計的に明らかにしました。このようなCO2濃度の鉛直分布データが蓄積されることによって近隣都市からのCO2排出量推定の高精度化に貢献できることが期待できます。

4.今後の展望

   本研究によって、民間旅客機を利用した観測プロジェクトCONTRAILで取得された世界の空港上空でのCO2濃度データが近隣都市からのCO2排出の影響を明瞭に捉えていることが示されました。今後は、各都市域の排出統計の報告を観測データに基づいて長期的に監視することや、この観測データを個別の都市を対象とした研究にも活用し、地表からのCO2排出の輸送過程の理解や各都市域のCO2排出量推定の高精度化に貢献することが期待されます。最近では、世界の都市域からのCO2排出量の推定を狙いとした観測ネットワークも展開されつつありますが、主に先進国での研究に限られます。民間旅客機の利点は、様々な理由で地上観測基地の設置が難しい地域においても大都市近郊の空港上空で鉛直分布の高精度観測データを取得できることです。現在、民間旅客機の国際線でCO2観測を継続しているのはCONTRAILが世界で唯一のプロジェクトです。今後、欧州などの民間旅客機観測プロジェクトなども実用化され、CONTRAILと合わせた「民間旅客機による都市観測ネットワーク」が拡大されることを期待しています。

5.注釈

※1 CONTRAILプロジェクト:日本航空が運航する旅客機にCO2濃度連続測定装置(CME:Continuous CO2 measuring Equipment)と自動大気サンプリング装置(ASE: Automatic Air Sampling Equipment)を搭載して上空における温室効果ガスの分布や時間変動を高頻度・広範囲で観測するプロジェクト。完全自動化された連続測定装置を使ったCO2濃度の観測は世界で唯一の取り組み。このプロジェクトは国立研究開発法人国立環境研究所、気象庁気象研究所、日本航空株式会社、株式会社ジャムコ、JAL財団が共同で実施している。
CONTRAILプロジェクトのホームページ(英語):
http://www.cger.nies.go.jp/contrail/
日本航空によるCONTRAILプロジェクトの紹介(日本語):
http://www.jal.com/ja/csr/environment/social/detail01.html【外部サイトに接続します】
※2 世界34都市:モスクワ、アムステルダム、ロンドン、バンクーバー、パリ、ミラノ、札幌、ボストン、シカゴ、ローマ、ニューヨーク、北京、サンフランシスコ、仁川、東京、名古屋、大阪、ロサンゼルス、福岡、サンディエゴ、上海、デリー、台北、香港、ホノルル、メキシコシティ、マニラ、バンコク、グアム、シンガポール、ジャカルタ、デンパサール、ブリスベン、シドニー(北から南への緯度順)
※3 温室効果ガスインベントリ:一国が1年間に排出・吸収する温室効果ガスの量をとりまとめたデータ。
※4 ppm:100万分率。CO2濃度は乾燥空気に対する割合として測定される。
※5 ODIAC:化石燃料(石炭、石油、天然ガス)の燃焼による人為起源CO2排出量の全球分布を1x1kmの空間解像度で提供するデータセット。高解像度の排出量空間分布は、発電所データベースならびに夜間光衛星データを組み合わせたモデルで推定されている。また、元となるCO2排出量は毎年最新の燃料統計データを反映して更新されている。
ODIACデータのホームページ(英語):
http://db.cger.nies.go.jp/dataset/ODIAC/

6.研究助成

   本研究は、環境省および(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(2-1401、2-1701)、環境省の地球環境保全試験研究費(地球一括計上)環1151「民間航空機によるグローバル観測ネットワークを活用した温室効果ガスの長期変動観測」、環1652「民間航空機による温室効果ガスの3次元長期観測とデータ提供システムの構築」、及びNASA炭素循環科学プログラム(NNX14AM76G)により実施されました。

7.発表論文

【タイトル】
Statistical characterization of urban CO2 emission signals observed by commercial airliner measurements
【著者】
Taku Umezawa, Hidekazu Matsueda, Tomohiro Oda, Kaz Higuchi, Yousuke Sawa, Toshinobu Machida, Yosuke Niwa, and Shamil Maksyutov
【雑誌】
Scientific Reports
【DOI】
10.1038/s41598-020-64769-9
【URL】
http://www.nature.com/articles/s41598-020-64769-9【外部サイトに接続します】

8.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 環境計測研究センター
動態化学研究室 研究員 梅澤拓

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
029-850-2308

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