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2019年8月2日

共同発表機関のロゴマーク
製鉄が野生動物に与えた影響は千年紀を超えて残る
-生物と遺跡の地理的分布から見えたこと-

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会等同時配布)

令和元年8月2日(金)
国立研究開発法人 国立環境研究所
生物・生態系環境研究センター
 主任研究員  深澤 圭太

国立大学法人 帯広畜産大学
環境農学研究部門保全生態学研究室
 助教     赤坂 卓美
 

   国立研究開発法人国立環境研究所と国立大学法人帯広畜産大学は、製鉄など太古の人間活動が現在の哺乳類の地理的分布を説明する重要な要因であることを、生物分布と遺跡分布の統計分析により初めて明らかにしました。多くの小型哺乳類で、古墳時代と近世での製鉄による強い負の影響が検出され、燃料や鉱石の集約的な利用が、生物多様性に長い時間スケールで影響を及ぼしていることが分かりました。本研究の成果は、将来の生物多様性に長期的に回復不可能な影響を与えないような持続可能な社会づくりの方策を考えることにつながると考えられます。
   本成果は、令和元年7月23日(日本時間18時)に英国科学誌Scientific Reportsに掲載されました。(www.nature.com/articles/s41598-019-46809-1【外部サイトへ接続します】)

1.背景

   1997年に公開された映画『もののけ姫』では、たたら製鉄(写真1)をめぐる人間と自然生態系との関係が主題として取り上げられ、多くの人々が太古からの人間と自然環境との関係性を意識するきっかけとなりました。日本における古式の製鉄技術は古墳時代に普及し、江戸時代にそのピークを迎えました。その結果、各地で集約的な資源利用に伴う大規模な環境改変が生じました。
   近年、最終氷期(~15000年前)以降の人間活動の拡大に伴って、世界各地の哺乳類の地理的分布が大幅に縮小したことが明らかになってきました。このことから、現在の生物多様性の成り立ちを理解する上で、歴史的な人間活動の影響を理解することの重要性が認識されてきています。過去のどのような形態の人間活動が、生物多様性に長期的な影響を与え、現在の生物多様性の地域性をもたらしたのかをデータに基づいて明らかにすることは、人間と自然生態系との長期的な関係を理解するにあたってとても重要なことです。しかし、今まで、製鉄のような特定の人間活動の形態が哺乳類の地理的分布に与えた影響についての研究はなされていませんでした。そこで本研究では、現代の哺乳類の地理的分布と、縄文時代以降の複数の時代区分や複数の土地利用形態の遺跡分布との関係を統計的に解析することにより、それらのうちどれが哺乳類の地理的分布にとって重要な要因であるか、またその影響が分類群ごとでどのように異なるかを明らかにしました。

たたら製鉄の様子の画像
写真1.たたら製鉄の様子(『先大津阿川村山砂鉄洗取之図 鉄ヲフク図』、
東京大学 工学・情報理工学図書館 工3号館図書室 所蔵)。
ふいごを踏む人、鉄鉱石や木炭を見ることができる。

2.方法

   現代の哺乳類の地理的分布データとして、環境省「第5回自然環境保全基礎調査(1993-1998)」において作成された約10km×10kmのメッシュ(※1)単位の分布図を用いました。分布が確認されているメッシュが30以上の在来種31属を解析対象としました。また、動物の体サイズの情報を図鑑から収集しました。
   遺跡の地理的分布データとして、独立行政法人国立文化財機構 奈良文化財研究所が整備・公開している「遺跡データベース(mokuren.nabunken.go.jp/Iseki/index.html【外部サイトへ接続します】)」を用いました。このデータベースは、40万件を超える全国の遺跡の緯度経度・時代区分等の情報を有しています。本研究では、哺乳類の地理的分布に影響を与えた可能性がある過去の人間活動の変数として、定住が開始されたと考えられている縄文時代以降の6つの時代区分、縄文・弥生・古墳・古代(飛鳥~平安時代)・中世(鎌倉~室町・戦国時代)・近世(安土桃山~江戸時代)、における3つの遺跡種別(集落・製鉄・窯)を考えました(表1)。

解析において考慮した時代区分を表した表

   哺乳類の地理的分布と比較できるように、各時代・各遺跡種別の遺跡数についても約10km×10kmメッシュごとに集計しました。なお、製鉄と窯については、たたら製鉄および窯による製陶が本格的に実施されるようになったと考えられている古墳時代以降を対象としました。また、現代の哺乳類の分布に影響を与えうるその他の変数として、過去の寒冷期・温暖期の気候、および現代の土地利用・気候・地形を考慮しました。
   統計解析には、空間統計手法の一種であるロジスティック型条件付自己回帰モデル(※2)を用いました。この統計手法は、地理的分布データの回帰分析において普遍的な、「隣接するメッシュの誤差項の類似性」を取り入れることで、哺乳類の歴史的な移動分散過程など解析に取り入れることが難しい未知の要因の影響を緩和し、遺跡数など興味のある要因の影響をより正確に推定できるようになることが知られている統計手法です。この手法により、哺乳類の属の出現確率に対する考古学的変数およびその他の変数の影響の大きさを推定しました。さらに、過去の人間活動の変数の相対的な重要性(出現確率のばらつきに対し、どの程度の割合を過去の人間活動の変数で説明できるか)を計算し、動物の体サイズとの関係を明らかにしました。

3.結果と考察

   十分な推定精度が確保できた29属のうち、21属で少なくとも1つの時代における製鉄の影響が検出され、約1300年前まで続いた古墳時代でも13属で統計学的に明瞭な影響が確認されました(図1)。特に、ジネズミ・コウモリ・モモンガ・ヤマネ等、小型の哺乳類では、近世と古墳時代の両方で製鉄による負の影響が確認されました。このことは、過去に製鉄が行われていた地域においては、現在においてもなお小型哺乳類の多様性が低いことを意味します。製陶についても複数の時代で小型哺乳類に対する明瞭な負の影響が検出されました。一方で、ウサギ・キツネ・タヌキ・イノシシなどの中大型の哺乳類は小型哺乳類とは逆の傾向が見られ、近世に製鉄を行っていた地域では中大型哺乳類の多様性が現在も高いことがわかりました。全体としては、中大型哺乳類よりも小型哺乳類の方が過去の人間活動の変数の相対的な重要性が高いことが明らかになりました。

近世と古墳時代の製鉄による明瞭な影響が確認された属の数の図の画像
図1.近世と古墳時代の製鉄による明瞭な影響が確認された属の数。
より上位の分類単位である「目」の単位で集計した。

   製鉄や製陶は、その生産過程で多量の薪や炭を必要とし、周辺の山が禿山になることもありました。製鉄ではそれに加えて、鉱石の採掘に伴う表土の剥ぎ取りや土壌流出が生じたことが知られています。その結果、地域全体から原生林がほぼ失われ、二次林や草原が広がる景観が形成されました。本研究で現在の哺乳類の地理的分布から検出された約1300年前の影響は、一連の大規模な土地改変により長期間にわたって森林植生の回復が阻害されたことや、地域個体群の絶滅後に残存個体群からの距離が遠すぎて再移入できなかったこと等に起因すると考えられます。モモンガ(写真2)やヤマネ等の小型の哺乳類で負の影響がより強く検出されたことは、体サイズが小さい種は分散距離や生息可能な環境の幅が小さい、という動物一般に当てはまる傾向によって説明できると考えられます。生息可能な環境の幅の小ささの例として、モモンガや一部のコウモリが繁殖や休息に樹洞を必要とするため、大径木がある成熟した森林の存在が重要であることなどが挙げられます。

長期間にわたる製鉄の負の影響が検出されたモモンガの写真
写真2.長期間にわたる製鉄の負の影響が検出されたモモンガ
(撮影:帯広畜産大学 栁川久氏)

   近世の製鉄が行われていた地域で出現確率がより高かったノウサギ・キツネ・タヌキ・イノシシなどの中大型の属は、里山に広く生息しているものです。これらは人間活動によって形成された草原・二次林・農地からなる不均一な景観にうまく適応し、勢力を拡大したものと考えられます。地域によって異なる過去の人間活動は分類群によって異なる影響をもたらし、我が国における現在の哺乳類相の地域性を形作ったと考えられます。特に、中国山地や阿武隈山地等の製鉄が盛んにおこなわれた地域では、現在も里山に特徴的な種が多く生息すると考えられます。
   さて今日、人間活動は地球に対して地質学的なレベルでの影響を与えうるほどに拡大し、「人新世」という新たな地質年代区分が提案されるに至っています。日本における製鉄は輸入した鉄鉱石と化石燃料によるものにほぼ置き換わり、森林面積は拡大傾向にあるものの、今度は管理放棄などの自然に対する働きかけの縮小が生物多様性に対する脅威となっています。その一方で、海外では過剰な樹木利用や鉱石の採掘による生態系の劣化が現在進行形で進んでおり、グローバル化の時代において、このような国内外の対照的な傾向は表裏一体のものと言えます。本研究の成果は、日本における哺乳類相の地域性の背後にある歴史の理解はもとより、人新世において生物多様性に長期的に回復不可能な影響を与えないような持続可能な社会づくりの方策を考えることにつながると考えられます。例えば、長期間回復困難な影響が想定される分類群を特定できれば、それが多様な場所では資源開発の優先順位を下げることや、開発の影響を緩和するための保護区を適切に設定するなどの方策を取ることが可能になると考えられます。

4.今後の展望

   本研究は生態学・考古学双方の地理的分布情報を関連付けることで、長期的な人間活動と野生動物の関係に光を当てた先駆的な試みであり、今後様々な分類群や生態系の特徴量(バイオマスや構造等)への応用が期待できます。また、このような研究アプローチは、将来的には古生態学的・動物考古学的な動物遺物情報と統合することで、より確度の高い議論が可能になると考えられます。そのためには、現世と過去の生物分布に関する時間・空間情報のさらなる蓄積、そして、それらのデータを統一的に扱うための統計分析手法の確立が必要と考えられます。

5.研究助成

   本研究はJSPS科研費JP16K16223, JP16K16223の助成を受けたものです。

6.問い合わせ先

国立研究開発法人国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 主任研究員
深澤 圭太
   電話:029-850-2676
   E-mail:fukasawa(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

7.発表論文

Fukasawa, K., Akasaka, T. (2019) Long-lasting effects of historical land use on the current distribution of mammals revealed by ecological and archaeological patterns. Scientific Reports 9: 10697.
※下線で示した著者が国立環境研究所所属です。

8.用語解説

※1 約10km×10kmのメッシュ:緯度差5分、経度差7分30秒で、1辺の長さは約10kmの格子で、二次メッシュと呼ばれる。1つの格子は2万5千分の1地形図の図幅に相当する。
※2 ロジスティック型条件付き自己回帰モデル:出現確率(今回の例では、動物の出現確率)に所定の変数変換を施した「対数オッズ比」に対し、対数オッズ比 = 切片+係数1×説明変数1+係数2×説明変数2+・・・+隣接メッシュ間で類似した値をとる誤差項、という式を当てはめて各説明変数(過去の土地利用など)に掛かる係数を推定する統計手法。係数の符号が正であれば、説明変数の値が大きいときに出現確率は大きくなり、逆に符号が負であれば出現確率は小さくなる。