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2023年6月16日

共同研究ロゴマーク
ボトムアップ手法によるアジア地域のメタン収支評価
—地表データの積み上げによりメタンの放出・吸収源を詳細に分析—

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会同時配付)

2023年6月16日(金)
国立研究開発法人国立環境研究所
国立研究開発法人海洋研究開発機構
 

 国立環境研究所地球システム領域の伊藤昭彦、梅澤拓及び海洋研究開発機構のプラビール・パトラの研究チームは、物質循環モデルや排出インベントリに基づくボトムアップと呼ばれる手法を用いて、アジア地域のメタン収支に関する従来よりも詳細な分析を実施しました。湿原、シロアリ、野外火災などの自然放出源と農業・家畜、廃棄物、化石燃料採掘などの人為放出源に関するマッピングと集計を行うことで国や地域別のメタン収支を評価し、1970年から2021年までの年別の評価に基づいて過去の変化要因を考察しました。この期間のアジア地域からの総メタン放出量は平均して約197 Tg CH4 yr–1であり(1 Tg=1012グラム)、その約83%が人為起源によるものであることが分かりました。また、1970年以降の放出増加量は約60 Tg CH4 yr–1に上っており、大気メタン濃度上昇にアジア地域が大きな影響を与えていることが示唆されました。本研究の成果は、気候変動枠組条約パリ協定やグローバル・メタン・プレッジによるメタン排出量削減などに科学的知見として役立てられることが期待されます。
 本研究の成果は、2023年5月19日付で米国地球物理学連合から刊行される地球惑星分野の学術誌『Global Biogeochemical Cycles』よりオンライン公開されました。

 

1. 研究の背景と目的

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書は、最新の研究成果に基づいて、パリ協定注釈1で合意された1.5℃の温度上昇抑制目標を達成するには、早期の大幅な温室効果ガス排出削減が不可欠であることを指摘しています。削減対象となる温室効果ガスとして、二酸化炭素(CO2)に加えてメタン(CH4)への注目度が高まっています。CH4は大気中での寿命が10年程度と短い代わりに温室効果が強く、また、対流圏オゾンなどの大気質にも影響を与えます。2015年にはCH4放出の大幅な削減に関して「グローバル・メタン・プレッジ」注釈2による100カ国以上の国際合意が行われましたが、CH4の広域的な収支には大きな不確実性が残りました。
CH4については農畜産業や廃棄物などの人為起源だけでなく、泥炭地や永久凍土など様々な自然起源の放出によって発生しており、それらを広い範囲にわたって個々に評価することは非常に困難でした。近年では大気観測に基づくCH4収支の推定が行われていますが(トップダウン手法と呼ばれる注釈3)、その結果の妥当性を確認するには別の手法による結果と照らし合わせる必要があります注釈4。国立環境研究所地球システム領域の伊藤昭彦らの研究チーム(以下「当研究チーム」という。)では、環境省及び環境再生保全機構による環境研究総合推進費「SII-8:温室効果ガスマルチスケール監視とモデル高度化に関する総合的研究」注釈5において、ボトムアップ手法と呼ばれる手法を確立し、アジア全域のCH4収支評価を目的とした研究を行いました。

2. 研究手法

ボトムアップ手法の開発

地表におけるガスの放出源と吸収源を個別に評価し、その合計値として収支を評価する方法はボトムアップ手法と呼ばれます。この手法の長所として、起源別に内訳を細かく分けて評価できること、放出・吸収の空間的な分布を示せること、比較的低いコストで実施可能なことが挙げられます。当研究チームでは、図1に示した10種類のCH4放出源・吸収源を評価の対象とし、表1にまとめた手法・データによって個別の評価を行いました。研究対象期間は1970年から2021年までとし(後出の結果は2001年以降について示しました)、各々の吸収源・放出源について緯度経度0.25度(約25km間隔)のマップを作成しました。それらのマップを国境データと重ねて集計することで国・地域別の収支を計算し、さらに東アジア、東南アジア、南アジア、中央アジア、西アジアの5領域について集計を行いました。

図1 本研究で考慮したCH4の放出源と吸収源

表1. CH4放出源・吸収源別の推定手法・データとアジア地域全体での推定値
放出源・吸収源 推定手法・データ 2001–2021年の放出
・吸収(Tg CH4 yr–1
自然起源
 湿原放出 VISITモデル・湿原マップ  28.5
 シロアリ放出 土地利用タイプに基づく推定  2.4
 野外火災放出 全球火災データセット(GFED4s)  3.0
 土壌での酸化吸収 VISITモデル  -6.3
 地質学的起源(火山など)放出 Etiopeら(2019) データセット  6.8
 合計  34.3
人為起源
 農業(水田など) 放出 EDGAR 7.0放出インベントリ  40.7
 家畜起源放出 EDGAR 7.0放出インベントリ  32.9
 化石燃料採掘放出 EDGAR 7.0放出インベントリ  46.4
 都市・交通放出 EDGAR 7.0放出インベントリ  9.4
 廃棄物放出 EDGAR 7.0放出インベントリ  33.1
 合計 162.6

3. 研究結果と考察

本研究で開発したボトムアップ手法によると、2001年から2021年までの期間において、アジア地域は平均して約196.9 Tg CH4 yr–1(1 Tg [テラグラム] = 1012 g)の放出源となっており、その約82.6%が人為起源による放出でした(表1参照)。最も大きな放出源となっていたのは化石燃料採掘に伴う放出で、炭鉱やガス田からの放出や輸送時の漏出などが原因と考えられます。次に比率が大きかったのは農業起源で、アジア地域に特有な水田からの放出が原因となっており、家畜(反芻動物)による放出も大きくなっています。人口増加と都市への集中が進むアジア地域では、廃棄物・埋め立て地からの放出も相当の放出源となっていました。 アジア地域のCH4収支の分布を図2に示します。図2(a)は放出と吸収の強さを示しており、赤く示された領域は強い放出源を表します。前記のように水田や都市などが分布する領域は明らかに強い放出源となっていますが、それ以外にも化石燃料の採掘地、湿原、野外火災などでスポット的に強い放出を示す領域が見られます。このように詳細な分布を示すことができる点が、ボトムアップ手法の長所の1つです。図2(b)は、緯度経度0.25度間隔の各格子での人為起源放出の割合を示しており、湿原が分布する東南アジアやチベット高原などを除くと、アジア地域では多くの領域で人為起源が優勢であることがわかります。図2(c)と(d)は、それぞれ自然起源と人為起源について2000年から2021年までの変化を示しています。主に気象変動の影響を受ける自然起源では増加と減少が偏って分布する傾向があるのに対し、人為起源の放出はアジア地域の大部分で増加したことがわかります。ただし、日本のように放出源の水田面積が減少し、廃棄物起源の放出が減少した地域もあります。

20230616-figure02の画像
図2 ボトムアップ手法で開発されたアジア地域のCH4収支マップ。(a) 合計収支、(b) 総放出に対する人為起源放出の割合、(c) 自然起源放出の2000年から2021年までの変化、(d) 人為起源放出の2000年から2021年までの変化。

図3はアジア地域における領域ごとのCH4収支の年々変化を示しています。いずれの地域も長期的な増加傾向が見て取れますが、東アジアや西アジアのように化石燃料採掘に伴う放出増加が大きな原因となっている領域や、南アジアのように廃棄物と家畜の放出が主に増加している領域など、領域間で傾向の違いが明らかです。また、東南アジアでは数年に1度起きる大火災(例えばエルニーニョ現象発生年の乾燥に伴う火災)による放出が年々の変動の大きな原因となっています。このように、アジア地域のCH4収支の時間的な変動とその要因を詳しく解析することによって、温室効果ガス収支の現状を把握することができ、今後のアジア地域の経済発展や土地利用がCH4収支に与える影響を予測する基礎データを提供することができます。

20230616-figure03の図
図3 アジア地域における領域別のCH4収支の年々変化。

4. 今後の展望

本研究では、CH4収支における独自のボトムアップ手法を開発し、固有の特徴を持つアジア地域の収支を詳細に分析しました。その成果は、近年のCH4放出増加が著しい地域や放出源を明らかにすることで、グローバル・メタン・プレッジに代表されるような、放出削減による緩和策の基礎となる科学的データとして活用することが期待されます。また、環境省、国立環境研究所、宇宙航空研究開発機構の共同事業である温室効果ガス観測技術衛星(いぶき)シリーズを用いた観測に基づくトップダウン手法での収支評価に対する検証材料としての利用も可能です。 グローバル・カーボン・プロジェクトでは数年に1度のペースでグローバルなメタン収支の統合解析結果を公表しており注釈6、本研究のアジア地域の分析結果を提供することで貢献が期待されます。その貢献を通じてパリ協定グローバル・ストックテイク(パリ協定が掲げる長期目標の達成状況を確認する作業で、2023年から5年毎に実施される)や、 IPCC次期報告書など科学と政策の両面での波及的効果が見込まれます。

5. 注釈

注釈1 パリ協定:2015年12月にパリで開催された気候変動枠組条約第21回締約国会議で採択された気候変動抑制に関する国際合意。産業革命以降の世界平均気温の上昇を2℃未満に抑え、可能な限り1.5℃未満を目指すことなどが決まりました。また、その進捗状況を5年に1度のペースで確認するグローバル・ストックテイクを実施することも定められました。詳しくは、国立環境研究所のホームページ(https://www.nies.go.jp/event/cop/cop21/20151212.html)を参照。

注釈2 グローバル・メタン・プレッジ:世界の人為的CH4放出量を大幅削減することを目標とする国際的な宣言であり、2030年までに2020年比で30%削減を掲げている。2023年6月時点で日本を含む150カ国が参加表明している。

注釈3 トップダウン手法による研究成果の例として以下のものが挙げられます。
東南アジアの泥炭・森林火災が日本の年間放出量に匹敵するCO2をわずか2か月間で放出
:旅客機と貨物船による観測が捉えたCO2放出
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20210715/20210715.html
大気観測から中国のCO2排出量の準リアルタイム推定法を開発
—波照間島・与那国島で観測されるCO2/CH4変動比に基づき推定が可能に—
https://www.nies.go.jp/whatsnew/2023/20230323-1/20230323-1.html

注釈4 ボトムアップ手法は、トップダウン手法(大気観測データに基づいてモデルによる逆推定を行う)とは独立した評価方法であるため、グローバル・カーボン・プロジェクトなどの国際プロジェクトでの統合的な分析では、トップダウン手法とボトムアップ手法の両方の手法による結果を比較できるように示すことが標準となっています。

注釈5 環境研究総合推進費SII-8プロジェクト「温室効果ガス収支のマルチスケール監視とモデル高度化に関する統合的研究」では、国立環境研究所や海洋研究開発機構、気象研究所、千葉大学が2021年度より大気観測とモデル解析による温室効果ガス収支の評価を実施しています。詳しくは環境研究総合推進費SII-8プロジェクトホームページ(https://www.nies.go.jp/sii8_project/index.html)を参照。

注釈6 2020年に公開された統合解析に関する報道発表
世界のメタン放出量は過去20年間に10%近く増加主要発生源は、農業及び廃棄物管理、化石燃料の生産と消費に関する部門の人間活動
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20200806/20200806.html

6. 研究助成

本研究は、環境省・独立行政法人環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF21S20800)の支援を受けて実施されました。

7. 発表論文

【タイトル】
 Bottom-up Evaluation of the Methane Budget in Asia and its Subregions 【著者】
 Akihiko Ito, Prabir K. Patra, Taku Umezawa 【掲載誌】Global Biogeochemical Cycles
【URL】https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2023GB007723(外部サイトに接続します) 【DOI】10.1029/2023GB007723(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所 地球システム領域
 物質循環モデリング・解析研究室 主席研究員 伊藤昭彦
動態化学研究室 主任研究員 梅澤拓
海洋研究開発機構 地球環境部門 地球表層システム研究センター
 物質循環・人間圏研究グループ
 グループリーダー代理 (上席研究員) Prabir K. Patra

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
 国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
 物質循環モデリング・解析研究室 主席研究員 伊藤昭彦

【報道に関する問合せ】
 国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
 kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

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