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2003年9月30日

大気汚染・温暖化関連物質監視のためのフーリエ変換赤外分光計測技術の開発に関する研究(革新的環境監視計測技術先導研究)
平成12〜14年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-52-2003

1.はじめに

表紙

 最近の数年の間にフーリエ変換赤外分光計(Fourier Transform InfraRed spectrometer; FTIR)による大気汚染物質・温室効果ガス(以下、大気微量成分と総称する)観測を取り巻く状況が大きく変わった。その最も大きな要因は、近年、対流圏大気微量成分の衛星観測またはその計画が急速に立ち上がってきたことである。これまで、一酸化炭素、メタン、対流圏オゾンが主な観測対象気体であったが、最近、米国において二酸化炭素のカラム濃度を衛星から観測する提案がなされている。二酸化炭素の排出量・吸収量の分布推定がその目的である。日本においても、二酸化炭素等を観測する衛星センサーの搭載が検討されている。衛星観測については検証が不可欠であるため、衛星観測と同一の物理量を地上からあるいは航空機や気球からより高い精度で測定することが求められる。太陽を光源とする地上からのFTIR観測は、低いコストで、多くの地点で時間を追って検証を行う手段として優れている。そこで、本研究では、この手法により、大気微量成分の高度分布あるいはカラム濃度の測定を行うことに研究の重点を置いた。また、本手法の補完的な測定手法として、地上付近でのFTIR測定により大気低層の大気微量成分の平均的な濃度を求めるために、人工光源とFTIRを用いたオープンパス長光路吸収法について検討した。

2.研究の概要

(1)装置

 本研究では、国立環境研究所地球温暖化研究棟3階に設けられた大気微量成分スペクトル観測室内及び屋上に設置された「衛星センサー分光パラメータ評価実験システム(略称;高分解能FTIR装置)」を用いた。システム全体のブロック図とFTIR本体の写真を図1に示す。太陽光または外部人工光源からの光は屋上に設置されたドームの窓(1)を通して太陽追尾装置(2)に導かれ、大気微量成分スペクトル観測室の天井に開けられた穴(3)から下方の受信光学系(4)に導かれ、高分解能FTIR(Bruker IFS120HR)(5)に導入される。太陽光を光源にする場合には、太陽追尾装置は、コンピュータに記憶された太陽の位置による追尾と太陽位置センサーによる光学追尾を組み合わせて太陽光をシステムに導入する。人工光源を用いる場合には、手動操作によって太陽追尾装置を光源の方向に固定する。FTIRの最高分解能は0.0015cm-1であるが、実験、観測対象によって分解能を選択した。太陽光を追尾し、オゾンやメタンの成層圏・対流圏の鉛直分布を求める場合は0.0035cm-1を、太陽光を光源として近赤外域の二酸化炭素、メタン、酸素の鉛直分布やカラム濃度を測定する場合には0.01~0.1cm-1を、人工光源を用いる場合には0.1cm-1以上の分解能を用いた。検出器には、主に液体窒素で-196℃に冷却したインジウム・アンチモン(InSb)検出器を用いた。

図1
図1 装置全体のブロック図(上)とFTIR装置本体の写真(下)

(2)太陽光源赤外吸収スペクトルを用いた温暖化関連物質の鉛直分布計測技術の開発

 太陽を光源として地上から赤外吸収スペクトルを測定した場合、吸収スペクトルの形は圧力で変わるため、高高度の吸収スペクトルの幅は狭く、低高度のスペクトルの幅は広い。この効果を用いると大気微量成分の鉛直分布を測定することができる(図2下右)。これら分子の鉛直分布(図2下左)、分子の鉛直分布と吸収スペクトルの関係及び鉛直分布測定の原理(図2下右)とN2O、CH4、O3、CO2、H2Oのスペクトル(図2上段)を比較すると、O3は幅が狭く先の尖ったスペクトルであるのに対しH2Oは幅が広く先の丸いスペクトルであるという違いが明瞭に見られる。N2O、CH4、CO2はその中間で、スペクトルの幅は広いが先が尖っている。図2下段左の分子の鉛直分布を参照すると、O3は成層圏に大半が存在するために成層圏の気圧に対応した狭いスペクトルを持っており、H2Oは大半が対流圏に存在するために幅広いスペクトルのみで成層圏に対応する先の尖ったスペクトルを持っていないことが理解できる。他の分子は成層圏にも対流圏にも存在するため、その中間の形になっている。この原理を定量的に応用し、観測したスペクトルから逆に分子の鉛直分布を求めることができる。この手法はインバージョンと呼ばれている。

図2
図2 太陽を光源として観測されたN2O、CH4、O3、CO2の構文か井能(0.0035cm-1)吸収スペクトル(上)、これら分子の鉛直分布(下左)、分子の鉛直分布と吸収スペクトルの関係及び鉛直分布測定の原理(下左)

(3)CO2濃度の高度分布及びCO2カラム濃度の測定

 図3上段左は波長1.58μm(波数6330cm-1)付近のCO2吸収スペクトルの生データである。太陽大気中のCO等のスペクトルが重なっているがそれを除去したものが図3上段右のスペクトルである。観測されたスペクトルと得られた鉛直分布から計算したスペクトルは見分けがつかないほど重なっており、良く一致している。図3下段はCO2の鉛直分布であるが、初期推定値を360ppmvとしたときに、観測されたスペクトルからインバージョン計算によって得られた鉛直分布(計算値)は1km毎に○を付した実線になった。右側の実線は冬の典型的なCO2の鉛直分布(気候値)である。信号雑音比(SN比)から得られた計算値の統計誤差は0.2%であった。計算値は、観測によって得られたスペクトルの情報を反映して、高度10km以下で初期推定値から大きく変化しているが、対流圏、特に高度1-2kmの大気低層で変化が特に大きく、観測されたスペクトルからの情報に対する感度の高いことが分かる。このことはCO2の発生源・吸収源の推定にとって有利である。CO2の吸収係数が1~2%過大である仮定すると、鉛直分布は全体として約5ppmv大きくなり、気候値に近い値になる。気象庁気象研究所の研究によると、本吸収帯の吸収係数は数%過大であり、本研究結果に基づく推論が正しい可能性のあることを裏付けている。つまり、太陽を光源としたFTIRによるCO2吸収スペクトル観測は、データベースに掲載されている分光パラメータの妥当性について問題提起できる程の確度を持っているということである。図3では、吸収係数が過大である可能性を考慮し、初期推定値として2001年における成層圏CO2濃度の気候値より5ppmv低い一定値(365ppmv)を用いた。鉛直分布の形は計算値と気候値で良く似ているものの、計算値は全体に1%以上小さい。また、初期推定値を365ppmvから±5ppmv(±1.4%)変化させても、吸収スペクトルから計算された高度1kmにおけるCO2濃度はほぼ一定値の369ppmvであるが、実際の濃度は吸収係数の過大評価の影響を補正し、種々の系統誤差の補正を施した値となるであろう。このような、太陽を光源とした1.6μm付近の短波長赤外吸収スペクトルから高度を限定してCO2濃度を測定する試みについてはまだ報告された例がない(但し、「高度1kmのCO2濃度」とは、「高度1kmをピークとし、高度7km付近で2分の1になるような重み関数で平均されたCO2濃度(混合比)」である)。観測スペクトルは上部対流圏や成層圏の情報をあまり持っていないため、カラム平均濃度は初期推定値の影響をより大きく受けるが、それでも±0.6%しか変化しなかった。このことは、少なくとも1%より高い確度でCO2カラム濃度を求めることが可能であることを示している。最も大きな誤差要因は吸収係数であり、次に初期推定値と実際のCO2鉛直分布の差に起因する誤差が大きいが、両者共に今後の研究により大きく減少させることが可能である。

図3
図3 地上から太陽を追尾して観測した放射スペクトル(上段左)、太陽大気による吸収を補正して得た、地球大気(主にCO2)に夜「吸収スペクトル(上段右)、インバージョン計算によって得られたCO2の鉛直分布(太い実線)。下段の細い実線は初期推定値、破線は気候値。

(4)CH4、O3等の鉛直分布の観測

 図4はCH4の吸収スペクトルと求められた高度分布である。観測されたスペクトル(太実線)と得られた鉛直分布を用いて計算されたスペクトル(細実線)は良く一致している。鉛直分布を求める際には、初期分布を与え、吸収スペクトルから得られた情報に基づき鉛直分布をある範囲で変化させる。図5右の青実線は初期分布、横棒が変化させる範囲、●付き太実線が得られた鉛直分布である。高度15km以下で観測によって得られた情報によって初期推定が改善されたことが分かる。
 図5はO3についてFTIR観測結果とオゾンレーザーレーダー(オゾンライダー)の観測結果を比較したものであるが、高度20-30kmにおいて7%以内で一致しており、吸収スペクトルの線幅が狭くて誤差が大きくなり易いオゾンの場合においても正確に鉛直分布が得られることが明らかになった。
 この他にも、CO及びN2Oの鉛直分布が得られた。

図4
図4 観測されたCH4スペクトルとそれから得られたCH4の鉛直分布
図5
図5 解析から得られたオゾンの鉛直分布。同日のオゾンレーザーレーダーによる観測地も合わせて示した。

(5)長光路吸収法による大気汚染物質の同時多成分計測技術の開発

 人工光源を用いた長光路吸収スペクトルの観測による、地上付近の大気微量成分の濃度の測定技術の開発と測定精度等の評価を行った。以下に、使用したFTIR等の計測システムの構成について説明する。人工光源としては、炭化ケイ素(SiC)を棒状に焼結したグローバー灯光源を用いた。FTIRは、太陽を光源とした観測と同様に地球温暖化研究棟に設置されたBruker社のIFS120HRを使用し、波長分解能は0.1cm-1に設定した。人工光源は、測定対象分子によって適度に吸収されるように、FTIRから260mと409m遠方に設置し、光源から発せられた光は測定対象空気を通って水平にドームへ向かい、太陽追尾装置を経てFTIRに導入された。
 得られた長光路吸収スペクトルの一例を図6に示す。各分子による吸収がどの波数領域にあるかを理解し、解析に用いる波数領域を選ぶために、500~3500cm-1の波数範囲で、観測時と同じ気象条件および機器の設定条件で、スペクトル解析用ソフトウェアSEASCRAPE(SS)による大気吸収シミュレーションを行った。シミュレーションの結果、十分大きな吸収が見られたのはH2O、CO、CO2、N2O、CH4であった。そこで、これらの5つの分子について観測スペクトルから濃度を求めるための解析を行った。解析は、使用するスペクトルの範囲の決定、ベースラインの決定、リトリーバル(シミュレーションスペクトルによる当てはめ)、誤差評価、の手順で行った。
 リトリーバルで求めた光路長260mおよび409mのときの各分子の濃度と誤差、およびバックグラウンド観測地点で観測された濃度を表1にまとめた。誤差は異なる吸収スペクトルから求められた測定値のばらつきから見積もった。誤差評価の結果、CO2、CO、CH4、N2Oについて1~4%の精度で測定が行われていることが分かった。H2Oについては6~8%で、他の分子と比較すると大きいが、これはH2Oの変動が大きいこと、スペクトルの温度依存度が大きいことによるものと考えられる。
 測定誤差としては、信号雑音による誤差の他に、気温の誤差の影響、水蒸気の影響除去の誤差が重要であるのでこれらの誤差評価について順次解析した。その結果、信号雑音による誤差は、信号強度と雑音の比(SN比)が100以上では無視できること、気温の影響はCO、CH4、については実質的に問題がないが、2240cm1(4.5μm)付近の中赤外域を用いる場合はCO2については無視できないこと、が明らかになった。また、妥当な波長域を選びかつ水蒸気の濃度を求めてその影響を補正するならば、水蒸気濃度誤差を数%に抑えることによって他の成分への影響を十分抑えられることが分かった。

図6
図6 波数2050-2220cm-1の観測スペクトル。この波数領域にはCOの他に、N2O、H2O、CO2の吸収スペクトルも見られる。

表1 観測された分子の濃度と誤差範囲

分子
測定値
誤差
測定値
誤差
参照値
 
 
 
(260m)
 
(409m)
 
落石岬
波照間
綾里
CO2
378ppmv
2%
419ppmv
1%
379ppmv
376ppmv
676ppmv
CO
572ppbv
3%
374ppbv
3%
-
-
190ppbv
CH4
1955ppbv
1%
1872ppbv
4%
1905ppbv
1870ppbv
1868ppbv
N2O
316ppbv
2%
306ppbv
3%
-
317ppbv
-
H2O
5889ppmv
8%
6232ppbv
6%
(1000~
10000ppmv)
-

3. 今後の展開

 本研究では、FTIRを用い、太陽を光源として主に温室効果ガスの鉛直分布およびカラム平均濃度を観測する手法を開発するとともに、これらの気体の地上付近での平均濃度をオープンパス長光路測定する手法を開発した。
鉛直分布およびカラム平均濃度の測定精度を更に向上させるためには、以下の課題がある。
・CO2については、吸収係数などの分光パラメータのより正確な測定が必要である。
・鉛直分布についての検証が必要である。特に、CO2、CH4については、航空機に搭載したin-situ測器による検証が不可欠である。
・本研究成果を、人工衛星センサーの検証手法の開発という立場から更に発展させることが重要である。
・SEASCRAPE(SS)とSFIT2等のスペクトル解析ソフトウエアの特徴と詳細をより明らかにし、最適な使用条件を見極める必要がある。

オープンパス長光路吸収観測に関しては、さらに開発を進める場合には、以下の課題がある。
・解析する波数領域の選択や、ベースラインを求めるための波数範囲の選択基準の最適化等を行う必要がある。また、吸収の大きいH2OやCO2などの影響を補正して吸収の小さな他の分子の濃度を求める手法を更に検討する必要がある。
・正確な気温や水蒸気量をFTIR以外の手法で精度良く測定し、解析の時点で外部からデータとして与える方法を併せて検討する必要がある。

〔担当者連絡先〕
独立行政法人国立環境研究所
大気圏環境研究領域 中根英昭
Tel.029-850-2491, Fax.029-850-2920

用語解説

  • フーリエ変換赤外分光計(Fourier Transform InfraRed spectrometer; FTIR)
     マイケルソン干渉計を用いた分光計で、入射した光をビームスプリッターによって二つに分け、一方の光は固定鏡で反射し、他方の光は可動鏡で反射して、これら2つの光束が検知器へ入る。可動鏡を前後に動かすことで二つの光の光路差により起こる干渉光の強度変化(インターフェログラム)を測定し、それをフーリエ変換することによってスペクトルを得る。FTIRは入射光の利用効率が高く、強い信号強度を得ることができるのが特長である。
  • 二酸化炭素のカラム濃度
     地表面から大気の上端まで底面積が1平方メートルの柱(カラム)を垂直に立てたとき、その柱の中に含まれる二酸化炭素の分子数(単位;分子数/平方メートル)。柱の中の平均二酸化炭素濃度(単位;ppmv)で定義することもできる。
  • オープンパス長光路吸収法
     長光路吸収をさせるための容器に気体を引き込んで測定する方法とは反対に、容器を用いずに外部の大気中に長い光路を設定して光の吸収スペクトルを観測する測定法。
  • 赤外吸収スペクトル
     2個以上の原子を持っている分子が赤外線を吸収して振動エネルギーが高い状態(より激しく振動する状態)に変化する際に、どの波長(波数)の赤外線をどの程度吸収するかを図示したもの。
    波数:1cmの長さの中に入っている赤外線の波の数。cmで表した波長の逆数になる。1μmが10,000cm-1に相当し、10μmが1,000cm-1に相当する。
  • リトリーバル
     インバージョン(逆問題を解くこと)によって、観測したスペクトルから分子の濃度を計算すること。

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