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2016年9月30日

100年続けることをめざす

Interview研究者に聞く

二酸化炭素などの温室効果ガスは、地球の熱の出入りに関係する働きをしています。近年は人間の活動によって、大量の温室効果ガスが大気中に放出され、地球の気温を上昇させています。このまま、温室効果ガスが増え続ければ、地球温暖化はどんどん進むと懸念されています。センター長の向井人史さんと主任研究員の笹川基樹さんは、地球環境研究センターのメンバーと共に、地球環境モニタリングステーションで大気中の温室効果ガスの濃度を観測し、その変動の要因を探っています。

向井 人史の写真
向井 人史(むかい ひとし)
地球環境研究センター
センター長
笹川 基樹の写真
笹川 基樹 (ささかわ もとき)
地球環境研究センター
大気・海洋モニタリング推進室 主任研究員

地球環境モニタリングステーションの建設

Q:お二人のモニタリングステーションでの役割は?

向井:以前は全体を運営していましたが、現在は二酸化炭素の観測を中心に担当しています。

笹川:数年前から向井さんに代わり、全体の運営とデータ整理や解析の一部を担当しています。ただ研究の比重としては、シベリアでの温室効果ガス観測も大きいです。

Q:地球環境モニタリングステーションはいつできたのですか。

向井:1993年に沖縄県の波照間島に、1995年に北海道根室市の落石岬にモニタリングステーションが設置されました。世界的には、温室効果ガスの長期モニタリングは、ハワイにあるマウナロア観測所で、1958年に始まっていました。そのころは、地球温暖化への関心はまだ低かったのですが、1990年代になると関心が高まり、国立環境研究所にも地球環境研究センターが設立されました。これをきっかけに、日本でも温室効果ガスの観測施設を設置することになりました。

Q:どうして波照間島と落石岬に作ったのですか。

向井:大都市では、車や工場などの二酸化炭素発生源が影響し、地域の代表的な温室効果ガス濃度(バックグラウンド濃度)を測定できません。そこで、なるべく人為的な二酸化炭素の発生源から離れて測りたいのです。南の波照間島に設置したのは、1990年ごろ、日本の南にはまったく観測点がなかったからです。波照間ステーションはアジア大陸に近く、経済発展するアジア諸国の影響を観測できると考えていました。一方、北の落石岬は、高緯度帯にあるユーラシアの森林域の二酸化炭素の吸収を観測できると考えていました。日本が、南北に長い国であることを利用した配置です。最近では両者の真ん中の緯度にある富士山でも観測を始めています。

Q:北と南の端ですね。

笹川:電気がないと装置を動かせないので、まったくの無人島ではなく、インフラのある環境だったことも、これらの場所が選ばれた理由です。ただ、どちらの場所に行くのも大変です。とくに波照間島行きの船は天候による欠航が多くて、途中の石垣島で足止めされることもよくあります。しかも、小さい船なので、波が高いと、波の上から下へ急降下するようなスリルを何度も味わうことになります。そんな時は、港に着くとすでにぐったりです。

向井:落石岬も波照間島と同じように遠いのですが、船に乗らないので予定通りに行くことができます。落石岬は、歴史のある南半球タスマニアのケープグリム観測所と赤道をはさんでちょうど対称の位置にあるんです。

Q:わざとそうなるようにしたのですか。

向井:詳細はよくわかりませんが、たぶん当時の担当者がそんなイメージで作ったのだと思います。訪れてみるとケープグリムも落石岬の観測所もよく似た自然環境であることに驚きます。

Q:ステーションでの観測はすぐに軌道に乗ったのですか。

向井:いいえ。二酸化炭素の測定はもっと簡単だと考えていましたが、実際は違いました。

簡単ではなかった二酸化炭素の観測

Q:二酸化炭素はどうやって観測するのですか。

図1 (クリックすると拡大画像がポップアップします)
図1 波照間ステーションにおける観測システムの概略図
長寿命ガス測定用のステンレスラインと大気汚染物質測定用のガラスライン用の2つの採取口がある。

笹川:まず、モニタリングステーションの鉄塔上部に取り付けた採取口から上空の大気をポンプで引き込みます(図1)。二酸化炭素が赤外線を吸収する性質を利用したNDIRという装置で濃度を測定します。あらかじめ濃度がわかっている標準ガスを測定して、得られた出力値を基準に大気中の二酸化炭素の濃度を決めます。モニタリングステーションはつくばから遠く、人は常駐していないので、自動で連続的に分析できるようにしています。

向井:このシステムができるまでは、試行錯誤の連続でした。観測を始めた当初は、すでにアメリカで観測が始まっていましたが、市販の観測システムは無く、自分たちで独自の技術をつくろうとしました。測定値の基準となる標準ガスの取り扱い方や濃度を決めることにも新たな技術の開発が必要でした(コラム1)。

笹川:大気中には、二酸化炭素以外にも赤外線を吸収する物質がたくさんあり、測定値に影響します。その中でも特に水の影響が大きいので、大気中の水分を除く装置を測定器の前に取り付けています。

Q:どうやって水分を除くのですか。

向井:試料の大気をマイナス45℃に冷やしたガラス容器に通すと、その中で水分が凍り付くので、取り除けます。湿度がとても高い波照間島では、大気中の水蒸気の量が多くどんどん氷がたまって流路がつまるので、冷却容器を2つ置いて、半月ごとに自動で切り替えるようにしています。

笹川:観測装置には、たくさんの配管がつながっています。その配管のつなぎ目から空気がもれていることや、そのせいで知らないうちに外気ではなく、室内の空気を測定していることもあります。このような空気の漏れに気づいて場所を探し当て、修理するのは、配管や装置がどんどん複雑になっているので大変です。

Q:測定はいろいろな影響を受けるのですね。

笹川:はい。温度や気圧などの影響を受けて、センサーの感度が変わります。そこでときどき標準ガスを流しながら、連続的に測定しています。データの変化は機械の不具合による場合もあるので、慎重に検討する必要があります。

向井:装置の材料も影響します。銅の配管は、長年使っていると、錆びて測定に悪影響を及ぼすことが最近わかりました。ステンレス製の配管でも、ステンレスには炭素が含まれているので、ゆっくりと二酸化炭素が出ているかもれしれません。観測は長期にわたるので、こちらも検討しなければなりませんね。

Q:かなり繊細な分析なのですか。

向井:ええ、0.1ppmくらいの精度で測定しています。大気中の濃度が約400ppmなので全体濃度のわずか0.025%の違いを測定していることになります。また、地表付近に二酸化炭素がたまるので、なるべく高いところで大気を採取するようにしています。落石岬では、51mの高さで大気を採取しています。それでも、地面に二酸化炭素がたまりやすい夜間になると測定値に少し影響が出ます(コラム7)。

Q:二酸化炭素以外には何を測定していますか。

向井:メタンやフロン、オゾンなどの温室効果ガスや窒素酸化物などの大気汚染物質も測定しています。大気汚染物質を測定するためには、ガラスの流路をチタンで覆ったタワーも建てました(図1コラム4

台風に雷に、絶えない苦労

Q:観測ステーションにはどれくらいの頻度で行きますか。

笹川:装置や設備のメンテナンスのため、毎月4~5日ほど行く必要があります。フィルターの交換や配管に漏れがないかを確認します。研究所で測定するための大気サンプルを持ち帰るのも重要な仕事です。これらのルーチンワークは専門の業者の協力で行っていますが、装置の更新や大きなトラブルが発生した時には研究者が駆けつける体制をとっています。

向井:年に1~2回は配管のそうじをし、ポンプや標準ガスを交換します。それ以外の急な対応も必要です。例えば、両ステーションでは、台風や雪で電線が切れることがあるので、停電対策も欠かせません。今では、ステーションが停電すると研究所にメールが来るようにしてあります。

笹川:波照間ステーションは、自家発電の装置があるので、停電しても2~3日は大丈夫です。

向井:台風で高潮の被害にあったこともありました。2006年に電柱や防風林が倒れるほどのひどい台風がきたときは、島を始めステーションも数日間停電しました。その時は、担当者らが出向き、何日もかかってなんとか復旧できました(コラム3)。

Q:沖縄は台風が多いですからね。

波照間の海の写真
図4 波照間島の海岸

向井:ステーションには、ウェブカメラをつけてあり、台風の予報があれば、つくばからずっと様子を見ています。停電しても、電話線が切れなければ状態を確認できるし、データも転送できるので、現場に行くかどうかは、様子を見ながら決めます。

笹川:台風がきはじめる6月ごろから、みんなひやひやしています。また、ステーションは海岸にあるので、塩害もひどいです。鉄塔や施設のドアなどは錆びるし、装置も被害を受けます。特に鉄塔は、防錆塗料を毎年塗りなおすなど船と同じようなメンテナンスが必要です(コラム4)。

向井:しかし、北の落石岬でも大変なことは多いんです(コラム5)。

Q:研究所にステーションの担当者は何人いますか。

笹川:装置ごとに担当者が分かれていて10名ほどでしょうか。4~5人のコアメンバーで施設全体の管理をしています。

Q:現地の人との関わりはどうですか。

向井:現地の方々には、月に何回か装置の状態の確認や草刈りなどをしてもらっています。観測を続けるためには、現地の方々の協力は欠かせません。エコスクールという環境学習のプログラムにも参加し、地域にも貢献しています(コラム6)。

笹川:落石岬の小学校と波照間島の小学校をインターネットでつないで、交流会も実施しました。このような活動で、地球温暖化への理解を一層深めてもらいたいと思っています。

見学対応の様子の写真
図6 波照間ステーションでの見学会で、島の子供たちに標準ガスについて説明する藤沼管理官(当時)
落石エコスクールの様子
図10 落石岬ステーションでのエコスクールの様子。町田室長が二酸化炭素による海洋の酸性化について実験を行っている。

二酸化炭素の濃度は増加

Q:これまでの測定でどんなことがわかりましたか。

サンプリングの写真
図8 空気をガラスボトルに採取するための作業
4日ごとに13:00頃自動的に採取している。

笹川:波照間島も落石岬も観測以来、二酸化炭素の濃度は増加し続け、20年で35ppm以上、全体濃度の1割以上も増加しました。落石岬では、北海道やシベリアの森林帯の影響を受け、季節変動が大きいことがわかりました。一方、波照間島では、中国などアジア大陸の影響が大きく、アジア諸国の経済活動の活発化に伴って、二酸化炭素の短期的な濃度変動が大きくなっています。20年以上も観測していると、このような変化が見えてきます。

向井:全体としては、両地点での大気中の二酸化炭素の濃度は有名なハワイの観測点と同じように増加し続けていて、昨年は、ハワイよりも早く年平均が400ppmを超えました。

笹川:波照間ステーションのデータと他のバックグラウンドサイトのデータも利用して、アジア地域から放出される二酸化炭素の量を見積もることができます。各国では統計的に二酸化炭素の放出量を報告していますが、実際の観測から、別の科学的な方法として二酸化炭素の放出量を評価できます。

向井:地球は広いので、場所によって二酸化炭素の濃度は違います。地球全体の変化を見るためには、世界中のあらゆるところで観測することが求められています。また、私たちの観測データでは、アジア大陸近辺のほうが、太平洋中心域より二酸化炭素の濃度が増加しているように見えます。地域によって、濃度の変化率も異なります。

Q:二酸化炭素の量はかなり増えているのですか。

向井:産業革命前の二酸化炭素の濃度は280ppmですから、明らかに増えています。でも、地球の歴史を振り返ると、原始地球の大気の二酸化炭素の濃度はいまよりかなり高かったと考えられています。その頃に比べれば、二酸化炭素の濃度はずいぶん低くなっています。でも、過去に地球の凍結があったように、二酸化炭素の濃度が低すぎれば、気温が下がってしまいます。一方、濃度が高すぎると暑すぎます。いったいどのくらいの濃度が適当なのか、地球環境における二酸化炭素の役割を探るのも研究の目的です。

笹川:科学的基盤となるデータがないと、地球温暖化に対する対策も立てられませんし、対策の効果もわかりませんから、このまま測定を続けていくことが大切です。

向井:100年後、200年後になっても、必要な人が使える精度の高いデータとして残しておかないといけません。

観測を長く続けるには

Q:観測にはどんな人が向いていると思いますか。

笹川:注意深い人が向いています。長期間の観測ですから、気づかないうちに徐々に装置の調子が悪くなることもありえます。装置の音がちょっと違うとか、普段との微妙な変化に気づけることが大切です。ステーションに関わるメンバーは個性的ですが、慎重で細かい人が多いですよ。

向井:この観測は相当な長期戦ですから、ひとりではできません。みんなでステーションを運営し、観測できる体制を整えることが重要です。

Q:測定の方法を改善していますか。

向井:長い研究ですから、先人たちの開発した方法を残しながら、改善しています。急に別の方法に変えてしまうと、以前のデータと整合しなくなるからです。

笹川:最近は二酸化炭素と同時にメタンと一酸化炭素も同時に測定できる装置を導入したのですが、従来の方法による分析と並行しながら、徐々に新しい方法に切り替えていく予定です。

向井:波照間ステーションの二酸化炭素の測定装置は、20年以上使っています。ここの装置は壊れずに、ずっと使えているのですが、落石岬ステーションの装置は壊れて新しいものにしました。観測は長期的な視点が必要です。長く観測を続けても、精度が維持できるような方法を考えながら改善を重ねています。

笹川:人の引き継ぎもそうですね。

向井:観測が100年続くことをめざしています。私たちがいる間に、その土台を固めておきたいです。

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