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2014年9月30日

環境疫学で大気汚染物質が健康に与える影響を明らかに

Interview 研究者に聞く

新田裕史
新田 裕史 / 環境健康研究センター・センター長

 近年、中国の深刻な大気汚染とともに日本でも大気中で PM2.5(微小粒子状物質)濃度の上昇が観測されるなどで、大気汚染についての関心が高まっています。環境健康研究センター・センター長の新田裕史さんは、環境疫学という分野で大気汚染物質と健康の関わりについて研究をしてきました。また、子どもの健康と環境の関わりを調べる「エコチル調査」にも取り組んでいます。

大気汚染に取り組む

Q:環境疫学の研究を始めたきっかけは何ですか。

新田:私が大学に入学したのは1973年で、入学前の中学生から高校生の頃は公害問題への社会的関心が非常に高まっていました。その頃、漠然とした考えでしたが、公害問題に関わる勉強ができないかと思っていました。中でも、人に関わることに興味があったので大学では保健学を専攻することにしました。そこで、環境疫学に出合いました。

Q:日本が高度経済成長期の時代ですね。

新田:そうです。経済成長の陰で環境破壊が起こり、「水俣病」や「四日市ぜんそく」などの公害病が問題となりました。ちょうどその頃、公害問題に対応するために環境庁が設立(1971年7月)され、その付置研究所として国立環境研究所の前身である国立公害研究所が発足(1974年3月)したんですよ。

Q:大学では何を研究されましたか。

新田:当時、大気汚染の原因として注目されていた自動車排ガスの成分である二酸化窒素(NO2)に関する研究をしました。NO2の環境基準は1973年に設定されていましたが、世界的にみて非常に厳しい基準であったこともあり、その科学的根拠に対する批判が産業界を中心に高まっていました。1977年にNO2の環境基準が改定されることになり、私の指導教官が当時の中央公害審議会のNO2の環境基準に関する専門委員になりました。このような環境基準改定の動きは一方では改悪という批判もあり、社会問題化しました。とはいっても当時はNO2の健康影響についての疫学データが不十分でしたから、研究室の研究テーマになりました。そのため、私もNO2の健康影響を調べることになったのです。

Q:具体的に印象に残るエピソードはありましたか。

新田:東京都衛生局(当時)が都内環七通りと甲州街道沿道の住民を対象として呼吸器症状に関する調査をすることになり、研究室で参加することになりました。 私が大学院生だったころで、沿道のご家庭を訪問して、調査票の回収に歩き回りました。当時の環七沿道の大気汚染はひどく、1日の仕事が終わるころには、ディーゼル車などから排出されるすすのために、鼻や耳の中が黒くなりました。
 また、この調査と並行して、NO2バッジという個人モニターを用いて、人々が実際にどれくらいの量の二酸化窒素を吸っているかを調べる研究をしました。これが私の環境疫学研究者としてのスタートです。

Q:研究所(当時は国立公害研究所)に移られてからも大気汚染の研究を続けたのですか。

エコチル調査運営委員会(第1回会議風景)

新田:ええ、大きくテーマを変えることもなく大気汚染の原因となる物質と健康との関わりについて研究を続けていました。研究所に来れば、より社会に役立つ研究ができるのではないかと期待して入所しましたが、後でお話するエコチル調査に関わるまでは、大気汚染以外の研究テーマはほとんど手がけたことがありません。研究の幅が狭かったという見方もあるかもしれませんが、自分では幸運だったと思っています。
 最初に取り組んだ自動車排ガスの健康影響に関する疫学研究というテーマは、研究所が実施した疫学調査に参加するとともに、東京都がその後も実施した調査に協力する形で続きました。最終的には、環境省が2005~2011年まで実施した「そらプロジェクト」という調査につながりました。

Q:ニュースなどで話題になったPM2.5の研究はどうですか。

新田:PM2.5(微小粒子状物質)とは、大気中に浮遊する小さな粒子のうち、粒子の大きさが 2.5μm(1μm は 1mm の千分の 1)以下の非常に小さな粒子のことです。実際、大気中にはPM2.5を含めてさまざまな 粒子状物質が含まれています。これらは、物が燃えてできたすすや粉じん、自動車の排ガスなどいろいろなものがあります。室内でも、たばこの煙や暖房など何かを燃やせば粒子状物質は発生します。話題になったように最近は海外から日本に飛んでくる越境汚染の影響も大きいのです。

Q:PM2.5などさまざまな粒子の健康影響をどのように研究されているのですか。

新田:PM2.5やディーゼル排気粒子などの大気中の 粒子状物質の動態をモデル化したり、観測によって得られる大気汚染物質への曝露の程度やその成分に基づいて、地域住民の健康影響を評価します。大気にはいろいろな物質が含まれていますから、PM2.5の影響のみを取り出して見るのはとてもむずかしいのです。そこで、環境疫学という考え方が有効になってきます。(コラム1コラム2参照)

Q:高度経済成長の時代から日本の大気汚染の解決に尽力されてきたわけですね。

新田:大気汚染の健康影響に関する疫学研究が停滞した時期や疫学研究の成果が環境政策になかなか活かされないような時期もありました。2009年にPM2.5の環境基準が定められましたが、私も専門委員として、基準をつくるのに携わりました。私の研究は、指導教官の先生がNO2の環境基準をつくるところから始まりましたが、今度は自分がPM2.5の環境基準の設定に関わることになり、研究にひとくぎりついたなと感慨深かったです。

Q:今後は研究をどのように進めていきたいですか。

新田:日本では、環境疫学の研究者は少ないのですが、海外ではたくさんの研究者がいて、研究の成果が環境基準の設定などいろいろなところに活用されています。最近では、社会疫学という言葉も生まれ、社会と病気の関わりについての議論も頻繁に行われています。疫学のテーマや手法も広がりをみせており、これから環境疫学はますます重要になってくるでしょう。若手研究者を育て、日本でも環境疫学をもっとさかんにしたいと思っています。

環境と健康をつなぐ

Q:環境疫学とは、病気などの疫学とどう違うのですか。

新田:どちらも地域や集団の中で、人の健康に対する影響を明らかにするという点で共通です。疫学はもともと、伝染病の研究から始まったものです。病気の発生件数が少なければなかなか原因などはみつかりませんが、大きな集団として調べればデータが集まり、原因にたどりつきやすいのです。1952 年に起こったロンドンスモッグ事件では、大気汚染の発生と引き続き生じた死亡数の増加との因果関係を疫学的な手法を用いて明らかにしようとしました。ロンドンスモッグ事件は、数千人以上が死亡した、史上最悪規模の大気汚染です。この事件はその後の公害や環境問題の社会運動に大きな影響を与えました。また、これをきっかけとして、大気汚染の問題では、疫学がことさら重要視されるようになりました。

Q:それはなぜですか。

新田:大気汚染の問題では、人が大気汚染物質にどれくらい曝露したのかを測定したり、曝露する大気汚染物質をコントロールしたりすることは容易ではありません。たとえば、食べ物に有害物質がはいっていたとしたら、食べなければコントロールできますが、空気を吸わないわけにはいかないですよね。また、人がどれくらい大気汚染物質に曝露したかなんて、曝露した本人でさえわかりません。ですから、健康被害の原因をみつけることはとても困難です。でも、たとえ原因が分からなくても、地域や集団の中で健康に関する事象が明らかになれば健康影響が生じないように対策をたてられることもあります。また環境基準を定めるために必要なデータを集めることができます。環境疫学は、環境と健康をつなぐことのできる学問なのです。

Q:環境疫学の研究はどのように進めるのですか。

新田:集団を対象として、大気汚染物質などへの曝露、疾病それぞれの分布、状況を調べ、それらの関係を調べます。また、個人レベルで長期にわたり観察をすることもあります。
 先ほども述べましたが、人がどれくらい大気汚染物質に曝露されたかという曝露評価は本当にむずかしいのです。そこで、環境中の化学物質のモニタリングやモデリングのデータを使って曝露評価を行っています。この精度を高めていくことが課題となっています。

Q:研究するのはどんなところが大変ですか。

新田:何より研究を計画から実現までこぎつけるところですね。疫学研究では、まず研究をどのようにデザインするかが大切です。次に、デザインした計画を実行することです。コホート研究は長期間にわたって多数の人々を対象としますので、一度始めたらなかなか計画の修正は困難ですし、予算の獲得、関係者との調整、調査対象者に対する調査説明や参加への同意をいただくことなど、研究開始までにはたくさんの高いハードルを越えなければなりません。多くの調査対象者に理解してもらわなければ計画は現実のものとなりません。最終的には、得られた多数の複雑なデータを処理するために高度な統計手法を必要とします。計画を誤ると調査しても何の因果関係もつかめませんし、何万人分ものデータが無駄になってしまいます。
疫学研究は多くの研究者が共同して実施することが必要です。若いころは、いろいろな研究に参加し、データの解析などを手伝いました。ひとりでできることはたかが知れていますから、いろいろな分野の人と共同で行わなければなりません。コミュニケーションをうまくとることも大切です。自分で計画した疫学研究を実施できるようになったのは 40代後半になってからです。

Q:人を対象にした研究はとても大変そうですが、苦労する点は何ですか。

新田:たとえば、大気汚染の調査をするときには、環境のよいところや悪いところを含めていろいろな場所で行い、比較することが必要です。決して環境の悪いところだけを調査するわけではないのですが、大気汚染調査というだけで、「私たちの住んでいるところは環境の悪い場所なのか」と誤解されたり、あるいは「環境の悪い場所と世間に誤解されるから」といって調査を断られたりする場合があります。

Q:調査を円滑に進めるためにはどのような点を工夫されていますか。

新田:調査に協力してもらうためにまず大事なのは、きちんと説明することです。そこで、調査対象の人々に対して、丁寧に説明するようにしています。ときには、世間話などもして相手の心をほぐしながら、この調査で何がわかるのかをきちんと理解してもらうまで話します。
 また、実際に調査を行うときは、調査対象者に迷惑がかからないようにプライバシー保護など多くのことに気をつけなければなりませんし、調査結果を発表するときも、調査が社会に与える影響をよく考えなければなりません。

子どもたちがすこやかに育つ環境とは

Q:今行っているエコチル調査はかなり大規模なものですか。

新田:はい、日本全国の多くの人に協力をお願いしたところ、参加者数が10万人をこえました。

Q:それはずいぶんと大勢ですね。どんな調査なのですか。

写真3
生体試料の検体整理作業(上)と保管(下)

新田:「エコチル」はエコロジーとチルドレンをくみあわせた造語で、正式には「子どもの健康と環境に関する全国調査」といいます。2011年にスタートした全国的な調査で、環境要因が子どもたちの成長や発達にもたらす影響を探ろうとしています。環境省が計画、立案し、国立環境研究所で運営を行っています。また、国立成育医療研究センターが医学面でサポートをしています。調査では、赤ちゃんがお母さんのおなかにいる時から13歳になるまで、定期的に健康状態を確認します。参加者には、血液や尿などの試料も採取させていただくとともに、定期的に質問票に回答してもらいます。

Q:コホート調査とはどんな意味ですか。

新田:疫学研究の手法の一つで、特定の地域や集団に属する人々を対象に、長期間にわたってその人々の健康状態と生活習慣や環境の状態などさまざまな要因との関係を調査する研究のことです。エコチル調査は、日本ではかつてないほどの大規模で長期間の調査です。生まれた時からある集団を調査していくので、このような調査を出生コホート調査と呼ぶこともあります(コラム3参照)。

Q:国立環境研究所や国立成育医療研究センターのほかにどんなところが研究に参加しているのですか。

写真4
エコチル調査関係者の研修(上)、シンポジウム風景(下左)、コアセンター指定式風景(下右)

新田:全国15の地域に拠点をおき、ユニットセンターとしてその地域の大学などが実際の調査を担当しています。ユニットセンターでは、参加者をリクルートし、さらに赤ちゃんが13歳になるまで追跡調査をしてもらいます。地方自治体や地域の医療機関にもサポートしてもらっています。

Q:研究の成果は出ているのですか。

新田:研究は始まったばかりですから、成果が出るのはこれからです。エコチル調査は2032年まで続きますが、徐々にいろいろなことが分かってくるでしょう。できるだけ早く成果を出したいと思っています。調査の結果がまとまったら、その結果を子どもの成長や健康に影響を与える原因となる物質の規制や対策に通じるものとしたいです。将来、エコチル調査が子どもがすこやかに育つ環境の実現に必ず役に立つと信じています。

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