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2016年8月31日

気候変動対策と大気汚染対策の最適なバランスとは?

特集 パリ協定とその先を見据えて
【研究ノート】

花岡 達也

1.はじめに

 世界の人々が、今のままの生活スタイルを続けると将来の世界の平均気温はどれくらい上昇するのでしょうか?気候変動に関する政府間パネル(IPCC)により2014年に公表された第五次評価報告書では、気候変動の原因となる温室効果ガスに対する排出抑制対策を取らずに排出量がこのまま増加し続けると、産業革命前と比べて2100年には地球全体の平均気温が2.6℃~4.8℃ほど高くなり、海面上昇、農作物への影響、異常気象の多発など様々な環境影響が生じると予測されました。このような科学的な知見をもとにして、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に加盟する世界の国々は、2015年12月に開催された第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)において「産業革命前と比べて地球全体の平均気温上昇を2℃よりも十分低く抑える」ことに合意しました。このことを、この研究ノートでは簡略化して「2℃目標」と呼ぶことにします。しかし、世界気象機関(WMO)によると、2015年の地球全体の平均気温は産業革命前と比べてすでに約1℃上昇しています。また、IPCC第五次評価報告書によると、1950年頃から世界の温室効果ガス排出量が急増し、平均気温が10年あたり0.12℃のスピードで上昇し続けています。つまり、2℃目標を実現するには、現在からあと1℃上昇未満に抑える必要があり、これは容易なことではありません。私は、温室効果ガスや大気汚染物質の排出量の削減のために、技術的にどのような対策が有効なのか、有効な対策技術を普及させるためにはどのような政策が考えられるか、また対策技術に頼るだけでなく生活スタイルの変革や社会システムの改善が排出量にどのような影響を与えるかなど、長期的な気候変動を見据えながら2050年までの気候変動対策を研究しています。

2.気候変動対策の将来シナリオ

 気候変動の原因となる温室効果ガスには、主に二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、亜酸化窒素(N2O)、フロン類(CFCs, HCFCs, HFCs, PFCs, SF6, NF3)があります。これらの排出量は、人口や経済活動量、エネルギー消費量、そして用いる対策技術などによって推計されます。しかし、将来を正確に予測することはできません。例えば、都市に人口や資本が集中する社会、豊かな自然とゆとりある生活を求めて地方にも人口や資本が分散する社会、IT技術が進歩して利便性が高まる社会など、様々な将来像を描くことができます。また、50年後や100年後に用いられている革新的な技術を具体的に想像することも難しいです。そこで、この研究では、現時点で考えられる革新的な技術の見通しの情報をもとにして将来像を議論します。そして、将来の人口や経済成長の予測の幅や多様な社会像を考慮したシナリオをもとに、コンピュータシミュレーションを用いてエネルギーや対策技術の選択肢を考え、将来の排出量の見通しを推計します。これを「将来の排出シナリオ」と呼びます。将来の排出シナリオは何通りも考えられるのですが、IPCC第5次評価報告書では、2℃目標の実現のためには、2010年と比べて2050年までに世界全体で55%程度と大幅に温室効果ガスを削減する必要があるとされています。ガスの種類によってガスが排出される要因(発生源)は異なるため、発生源の特徴に応じて適切に排出量を削減する対策をとる必要があります。例えば、発電部門、産業部門、運輸部門、民生業務部門で消費される化石燃料(石炭、石油、天然ガス)の燃焼に由来する排出量が大きな割合を占めていますが、その排出削減対策を大きく4つに分類すると、「発生源に回収・除去装置をつけて直接的に排出削減する技術の導入」「品質が向上した燃料の導入」「省エネルギー技術の導入」「化石燃料から再生可能エネルギーへの燃料転換の導入」が考えられます。これらの技術を全て組み合わせていく必要があり、また、技術的な対策だけでなく、個々の生活スタイルの変革や社会システムの改善によってエネルギー消費量そのものを削減する対策も重要です。その他にも、化石燃料の燃焼と関係をもたない発生源に由来する排出量もあり、水田に由来するCH4排出削減、農耕作の肥料・土壌に由来するN2O排出削減、エアコンや冷蔵庫などの機器に充填されているフロン排出削減なども必要としています。

3.気候変動対策と大気汚染対策に共通する便益

 ところで、化石燃料を燃焼すると、前述の様な温室効果ガスだけでなく、硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)、粒子状物質(PM)およびPMの構成要素であるブラックカーボン(BC)や有機カーボン(OC)などの大気汚染物質も排出されます。これらの大気汚染物質は人々の健康に悪影響を与えるため、大気中への大気汚染物質の排出を可能な限り削減することは健康面からみて良いことです。一方で、大気汚染物質は気候変動にも影響を与えています。この大気汚染物質の中には、温室効果を持つBCや対流圏オゾン(O3)と、冷却効果を持つSOx、NOx、OCを主とした大気エアロゾルがあります。COP21で合意した2℃目標の実現を目指すには、化石燃料の燃焼に由来するCO2を大幅に削減する必要があります。図1に示すように、発生源に回収・除去装置をつけて大気汚染物質を排出削減する技術のみを導入したときよりも、大気汚染対策と気候変動対策の両方をとったときの方が、大幅に大気汚染物質を削減できることが分かります。気候変動対策を取れば大気汚染対策になり、逆に、大気汚染対策をとれば気候変動対策にもなる、といった双方に共通する便益を知ることが重要です。ただしCO2を大幅に削減するには、対策の費用も高くなるので経済への影響も考える必要があります。COP21での温室効果ガスの削減目標の国際交渉の議論では、CO2の削減対策とその費用には注目されるのですが、同時に考えられる大気汚染削減の便益については十分に取り上げられていません。気候変動対策をとることにより大気汚染物質が削減されれば、健康への悪影響が減るので、このような便益にも注目することも重要です。

排出シナリオのグラフ
図1 アジアにおけるCO2, SO2, BC, PMの排出シナリオ

 一方で、CO2削減対策をとることで、温室効果を持つ大気汚染物質BCだけでなく、冷却効果を持つ大気汚染物質SOx、NOx、OCも同時に減ってしまうことにも注目する必要があります。健康影響のことを考えるならばSOx、NOx、PM、BCを大幅に削減したいのですが、地域的な気候影響を考えると冷却効果も減ってしまうのでSOxやNOxは極端には減らしたくはない、という議論も生じます。そこで、温室効果ガスであるCO2の削減と、冷却効果の大きい大気汚染物質SO2の削減と、温室効果の大きい大気汚染物質BCの削減との最適なバランスはどこでしょうか?削減対策をとることによる経済的な影響、気候変動への影響、そして健康への影響を同時に考えて、議論しなければなりません。また、気候変動対策と大気汚染対策には、特定の一つのガス種の削減のみに有効な対策から、同時に複数のガス種の削減に有効な対策まで、国別・部門別に様々な削減対策技術があります。それらの対策をどのように組み合わせれば削減目標を実現できるのか、例えば図2に示すように、排出シナリオごとにガス種別の排出量の関係をみながら、温室効果ガスと大気汚染物質の削減の最適なバランスを検討する議論を続けています。そして、COP21で合意された「2℃よりも十分低く抑える」という長期的な削減目標に向けて、各国が気候変動対策と大気汚染対策に共通する便益に注目しながら、世界全体が気候変動対策の進捗状況を定期的に確認する仕組みをどう確立するか、その議論に役立つような研究が求められています。

シナリオのグラフの比較

図2 気候変動対策と大気汚染対策の最適なバランスの検討

(はなおか たつや、社会環境システム研究センター 統合環境経済研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール

筆者の花岡達也の顔写真

好きな食べ物:肉じゃが、ハヤシライス、ポタージュ。好きな飲み物:コーヒー、牛乳。好きな洋菓子:チーズケーキ。好きな和菓子:はさみ最中。好きな色:青、緑。好きな季節:全部。最近気になること:インナーマッスル。今まで一番痛かったこと:鎖骨骨折。

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