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2017年2月28日

重金属の水生生物への影響を知る

特集 生態学モデルによる生態リスク評価・管理の高度化
【調査研究日誌】

三﨑 貴弘

 重金属は、農薬として水田や畑で、工業製品のメッキ加工で主に使用される我々の生活に身近な存在であり、生活を豊かにするのに用いられています。また重金属は、採掘が終了した廃鉱山や、その周辺の土壌中にも依然として存在する場合があります。これら農業排水、産業廃水、自然由来の表層水や伏流水が河川に流入し、その水域において過剰な重金属濃度となる場合には、人の健康や水圏生態系へ影響を及ぼす危険性が有ることを考慮する必要があります。このような危険性が現実に生じる前に、人の健康や水圏生態系にとって望ましい状態を把握し、効果的な対策を講じる手法を考えていく必要性があります。

 国立環境研究所環境リスク・健康研究センターでは、河川中に存在する重金属が水生生物に及ぼす影響について調査を行っています。この調査は、2016年4月から始まった安全確保研究プログラムのプロジェクト3「生態学モデルに基づく生態リスク評価・管理に関する研究」を構成するサブテーマ1「環境かく乱要因と生物群集の因果関係の推定と最適管理に関する研究」の一環です。このプロジェクトは、化学物質等の様々な環境かく乱要因による生態系への影響の評価と、特に人為的環境かく乱要因に着目した効果的な対策を講じる基礎とするための生態学的数理・統計モデルの構築を目的としています。これに基づいて、重金属濃度と水生生物の種や個体数で表される群集構成がどのように変わっていくのかということを明らかにするために、国内の複数の河川において調査を実施しています。

 水生生物とは、河川の底質の礫や砂及び泥等に主として生息するトビケラやトンボの幼虫、ミミズ等の環形動物、シジミ等の貝類、エビ等の甲殻類等に代表される底生無脊椎動物(写真1の(a)と(b))です。底生無脊椎動物の特徴として、魚類と比べて生活する場所の範囲が狭く、その場の環境変化に対する影響を受けやすいと言われています。この特徴に着目し、国土交通省、環境省、文部科学省が連携し、市民団体、教育関係者、河川管理者等が一体となって実施している「水辺の楽校」等の観察会でも底生無脊椎動物を採取し、水環境の状態を知ることに活用しています。底生無脊椎動物は、私たちに水環境の汚染状態等を教えてくれる指標となる生物です。水質と底生無脊椎動物の有機汚濁に関する知見を活かし、化学物質による水環境への影響を適切に評価することが出来るのではないかと考えています。

川の生き物の写真2点
写真1 河川に生息する底生無脊椎動物
(a)ふるいの上にいるのは、細長いイモムシ状の生物はトビケラの幼虫で、2枚貝はシジミです。
(b)河川に生息するトンボの幼虫です。

 実際に研究を進めるのに当たり、まずは重金属濃度と底生無脊椎動物に関するデータを文献などにより調べました。この2つのデータが同時に採取され、尚且つ公表されているデータは少ないため、両者のデータを取るところから始めました。データの取得時に、地点間の差を重金属濃度の違いだけにし、河川の流速、水深及び河床構造についてほぼ均一となるように調査を行っています。

 調査は、日本全国の重金属を使用している事業所周辺の河川や、廃鉱山がある山間地の河川で実施しています。事業所周辺の河川は、家庭、他の事業所及び水田等で使用した水が入り、栄養塩類や化学物質が含まれているという特徴があります。廃鉱山がある山間地の河川は、人為的汚染の影響が少ないという特徴があります。これら別々の特徴を持つ河川で、水量が最も少なく、底生無脊椎動物が成育する11月から2月の時期に調査を行い、重金属濃度の違いにより底生無脊椎動物の群集構成がどのように変わるのかを評価しています。

 さらに、ある都市河川では、重金属が底生無脊椎動物の成育に及ぼす影響について明らかにするために、月1回程度の間隔で調査を行い、年間を通じて重金属濃度の違いにより底生無脊椎動物の種や個体数及び種毎の湿重量の推移を調べています。底生無脊椎動物は、個体がある一定以上の重量にならないと繁殖時の羽化を行うことが出来ないという特徴があり、これらの推移を調べて成育と繁殖への影響を評価しています。

 日本全国を対象としているため、調査を行う河川が存在する都市には、公共交通機関を利用して入ります。調査を行う河川については、事前に地図や衛星画像等で調べていますが、実際に現地に行くと河川に通じる道路や河川自体で工事が行われている場合があるので、その場で調査が可能かどうか判断しなければなりません。河川に安全に降りられるか、河底にある礫の大きさ、流れの速さ(流速)及び水の深さ(水深)等を調べて、事前に決めた調査条件とほぼ同じならば調査を行うことができます。特に調査時に苦労している所は、河川の水量と水質濃度から求められる物質の総量を把握できるかについてです。ある物質が一定に排出される河川でも、日によって水量が違うために、一時的に水量が多い時には水質濃度は低い値を示し水質的に生物への影響はないとされる値となる場合があります。しかしながら、生物側から見ると日常的に水質の影響を受けており、生物の群集組成が変化しているという逆の結果となるからです。

 河川の調査地点ごとに、流速と水深の測定、底生無脊椎動物の採取(写真2)、河床砂礫の測定(写真3)、水試料の採取、現場での水質測定(写真4(a)と(b))を行っています。測定のために採取した河床砂礫は、測定後に採取した場所に戻し、次に生息する底生無脊椎動物の棲み場所となるよう配慮しています。 写真2のようにして採取した後に、網がついたふるい(写真1(a))やバットにあけて、土砂や水草と動物に分けて、底生無脊椎動物だけを研究所に持ち帰ります。複数の河川で同じ内容の調査を行い、採取した河川水の分析と底生無脊椎動物の種(写真1)を調べます。この後、調査地点毎にデータをまとめて、重金属が水生生物の群集構成や成育及び繁殖に関わる影響を明らかにしていきます。

調査風景写真
写真2 調査地点の橋と河川で底生無脊椎動物採取の様子
底生無脊椎動物の採取と動物が生息する河底の砂礫も同時に採取し、大きな礫等はバケツに入れています。河底には、割れた瓶や金属片等がある場合があり、採取時に手を切らないようにゴム手袋をしています。

採取したものの写真
写真3 河底にある砂礫の様子
底生無脊椎動物が生息していた砂礫(写真2)の大きさを計測して、その割合を求めます。
分析風景写真
写真4 水質の現場測定の様子
(a)調査地点で出来る簡易的な水質の分析を行います。水温、pH、溶存酸素、電気伝導度や透視度等の水質汚濁を計測します。
(b)専用の試薬を混ぜて発色させ、機械で発色の度合いを測り、アンモニア濃度を求めています。

 現在(本原稿を書いている2016年11月時点)は、調査地点を増やして重金属濃度と底生無脊椎動物に関するデータを取得している段階です。将来的には、本研究で取得した化学物質と底生無脊椎動物の調査結果を研究所等のデータベースを通じて外部に公開したいと考えています。

(みさき たかひろ、環境リスク・健康研究センター リスク管理戦略研究室 特別研究員)

執筆者プロフィール

執筆者写真

博士後期課程の時に群馬県内の利根川で始めた水質汚濁と生物の関係を調べる研究が、研究所で全国規模に行うことが出来る様になりました。初めて訪れる都市や河川が多く、河川での両者の関係について日々発見があります。恩師に言われた「泥臭い」作業の積み重ねが、研究者として水環境行政の一助となればと思い、調査研究を行っています。

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