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2018年2月28日

化学物質の少量多品種化の問題を考える

特集  化学物質曝露の包括的・網羅的把握に向けて

中島 大介

 化学は錬金術から始まった、といわれます。人類は化学物質の持つ化学的・物理的及び生物的性質を知り、欲する機能を持つ化学物質を作り出し、それらを利用することで、健康で安全な、そして豊かな生活を手に入れようと考えたのです。その探求は現在も積極的に進められています。新たな化学物質の合成は農業生産と経済を向上させ、様々な病気からヒトの健康を守り、人々の生活を豊かにしてきました。その反面、化学物質が目的をもって使用される局面以外の場所で、あるいは併せ持った目的とは異なる機能の影響で、ヒトの健康や生態系へ悪影響を及ぼす事象も多く発生してきました。両者のバランスを有効にとりながら、化学物質を管理していかなければならないことは、世界の共通認識となっています。

 我が国における化学物質の管理の仕組みに、化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)があります。この法律により、新たな化学物質を“一定量以上”製造・輸入しようとする事業者は、事前にその毒性を届け出て審査を受けることになっており、毎月数十物質がその審査にかけられています。一方で、現代において新規に製造される化学物質は高機能・高付加価値であることが期待されるのは当然の流れです。安価でかつ大量に製造・使用する必要がある物質は、良く知られている物質が中心で、新たに開発する必要があるものはそう多くはないと考えられます。したがって新たに合成される化学物質は、大量に製造することを意図するものから、少量で十分な効果・利益を得られる物質へと変化しているように感じます。また知的財産の観点もあり、目的とする機能や効果を示す同一の化学骨格を持ち、わずかに異なる官能基を付けた多種類の化学物質が続々と生産される可能性も少なくありません。これらは生産・輸入量が少ないことから、化審法における毒性スクリーニングの対象外とされます。その結果、毒性が未知なまま環境中に排出されることになります。

 このような状況下での環境中の化学物質の存在量をモニタリングするにはどうしたら良いのでしょうか。これが本特集の主題です。

 まず、続々と増え続ける多種類かつ新規の化学物質(分解物や代謝物も含めて)を測定できるような、網羅的で高感度な手法が求められるでしょう。一方で、環境中の化学物質をモニタリングする意図は、ヒトの健康や生態系を、その影響からまもることです。そうであれば、膨大な種類の化学物質を網羅的に測定するだけでなく、総体としての毒性を包括的に測定する必要もある、と考えられます。私たちは網羅的化学分析と毒性による包括的把握は車の両輪であって、その統合が実現したときに新たな知見と対策がみえてくるはずだ、と考えています。

 本特集の「研究プログラムの紹介」では、その課題に挑戦する私たちのプロジェクトについて、それを構成する4つのアプローチに分けて紹介します。「研究ノート」では、みなさんの関心も高いPM2.5について、毒性の観点から発生源を捉えようとする試みについて紹介します。この研究は、本プロジェクトのひとつの実践例です。「調査研究日誌」では、環境モニタリングの現場の様子を飾らずにご紹介します。また「環境問題基礎知識」では、ベンゾ[a]ピレンとビスフェノールAについて、最新のリスク評価結果を概説します。

 本稿をとおして、安全で豊かな社会の実現を目指し、化学物質を効果的かつ効率的に管理するための技術基盤について、研究者たちが地道な努力をしている姿を感じていただければ嬉しく思います。

(なかじま だいすけ、環境リスク・健康研究センター 曝露影響計測研究室 主席研究員)

執筆者プロフィール

筆者の中島大介の写真

夕食後のウォーキングを始めて1年半。出張先の土地を歩くのが楽しみに加わりました。

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