ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2022年8月2日

ロゴマーク
北限の生息地陸奥湾に暮らす希少な巻貝
ウミニナの生態を解明
~青森県むつ市立川内小学校との研究が国際誌に掲載~

(環境省記者クラブ、環境問題研究会、筑波研究学園都市記者会、むつ市役所本庁舎記者クラブ同時配付)

2022年8月2日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所
地域環境保全領域 海域環境研究室
 主幹研究員 金谷 弦
 特別研究員 伊藤 萌
熊本大学
くまもと水循環・減災研究教育センター
 准教授   山田勝雅
Mutsu Bay Dolphin Research
 代表    五十嵐健志*
 *前:むつ市海と森ふれあい体験館館長
  現:一般財団法人山形県理化学分析センター

 国立環境研究所、熊本大学、Mutsu Bay Dolphin Researchらの研究グループは、干潟に生息する希少な巻貝ウミニナの生態を、生息北限である陸奥湾の人工干潟において2014年から2019年まで調べました。その結果、北限に生息するウミニナは他地域と比較して成長や成熟が遅いものの、大型化することがわかりました。マーキング個体の成長を2年間追跡したところ、低温の夏には成長が見られず、高温の夏には1ヶ月で殻長が4.6 mmも成長したことから、夏場の温度が年間成長量を決定していることがわかりました。本研究結果は、将来的な気候変動が干潟生物の生活史特性を変化させ、その影響が陸奥湾のような分布域北限付近でより大きくなる可能性を示すものです。本研究は、研究者のサポートのもとでむつ市立川内小学校(5年生)の授業の一環として実施され、小学生が発表者を務めた4回の学会発表は、地元のニュースや新聞でも取り上げられました。これらの研究成果は、地域の生態系保全に向けた「市民科学」の重要性を示すものです。
 本研究成果は、Wiley社から刊行される国際科学雑誌『Ecological Research』電子版に2022年8月2日付で掲載されました。(https://doi.org/10.1111/1440-1703.12347)。

1.研究の背景

 ウミニナBatillaria multiformis注1は巻貝のウミニナ科に属し、東日本各地の干潟で減少が報告されている希少な干潟生物です(環境省レッドリスト:準絶滅危惧種文献1)。本種の分布北限は青森県の陸奥湾ですが、太平洋岸では宮城県の長面浦、日本海岸では石川県の能登半島が北限であり文献2、陸奥湾の個体群は他の生息地から大きく離れています。陸奥湾内には、北部の芦崎干潟(むつ市)や南部の浅所海岸(平内町)などにウミニナが生息していましたが文献3、2007年になってむつ市川内町の人工海浜「かわうち・まりん・びーち(2001年整備)」で新たな個体群が見つかりました。かわうち・まりん・びーちでは年々個体群の密度が増加し、夏になると干潟上に足の踏み場もないほどのウミニナが見られるようになりました。ウミニナの生態については、和歌山県や鹿児島湾のような南の海域からの報告が多く、関東より北の海域での研究はほとんどありませんでした。

ウミニナの生態調査をおこなった人工海浜「かわうち・まりん・びーち」
図1.ウミニナの生態調査をおこなった人工海浜「かわうち・まりん・びーち」(青森県むつ市川内町)。左下はウミニナの成貝。殻口の上部に見える白い膨らみは滑層瘤(かっそうりゅう)と呼ばれ、本種の特徴の一つ。ウミニナは成熟すると滑層瘤が形成され、殻の成長が停止することが本研究によって判明した。冬になると、調査地は雪に覆われる(右下)。

2.研究の目的

 将来的な気候変動は、海の生きものたちの地理的分布や生態に影響をおよぼすと予想されています文献4。一般に貝やカニ、ゴカイのような海産動物の成長速度や繁殖時期は水温の影響を強く受けるため、将来的な気候変動に伴う温度環境の変化は、生きものたちの個体群動態を大きく変化させる可能性があります。そこで私たちは、陸奥湾以南の各地の干潟に広域分布するウミニナをモデル生物とし、小学校との共同研究による市民科学的アプローチ注2を用いて、気候変動による海の生きものへの影響評価・予測研究を試みました。

3.研究手法

 本研究は、青森県むつ市川内町にある川内小学校の5年生、そして先生方と協力し、学校の授業の一環として2014年から2019年の6年間行われました。干潟に多くの測点を設定し、ウミニナが夏と冬に干潟のどこにどれだけいるかを調べました。また、このうちの2年間(2014年7月から2016年9月)は累計129個体のウミニナの殻にマーキングを行い(標識再捕獲法)、現場における成長の季節変化を記録しました。繁殖時期を明らかにするため、月ごとに17から40個体のウミニナを採取し、殻を割って生殖腺の発達段階を目視で評価しました。現場には、地温を記録することの出来る温度ロガーを設置し、調査年毎の温度環境を評価しました。一連の作業は、研究者と先生方によるサポートの下、小学生により行われました。

図2.むつ市立川内小学校と共同で行われたウミニナ調査の様子。
図2.むつ市立川内小学校と共同で行われたウミニナ調査の様子。5年生の授業の一環として、研究者と先生方のサポートの下、現地での分布調査、マーキング(標識再捕獲)調査、体サイズの計測、生殖腺や滑層瘤の発達度合いの評価などを行った。

4.研究結果と考察

 ウミニナは、夏には潮間帯(潮が引いたときに水の上に現れる場所)全域に広く分布していましたが、秋から冬にかけては水のある沖の方(潮間帯下部から潮下帯)に集まる傾向を示しました(図3)。先行研究を調べると、和歌山県のウミニナは、潮間帯上部に主に分布していることがわかりました文献5。今回得られた結果は、陸奥湾の芦崎干潟で得られた調査結果とも一致しており文献3、陸奥湾のウミニナは秋から春にかけて潮間帯下部で過ごす特徴を有すると考えられました。これは、陸上の厳しい寒さを避けるためと推測されました。

図3.干潟上でのウミニナの空間分布
図3.干潟上でのウミニナの空間分布。数値は密度(1 m2あたりの個体数)。夏場(a)は干潟全体に分布していたウミニナが、10月になると沖合の海水のあるエリアに集まる(b)。
図4.ウミニナを解剖し生殖腺(滑層瘤が形成された成熟個体では、産卵期が近づくと生殖腺全体が黄色になる)の発達具合を評価・記録した。
図4.ウミニナを解剖し生殖腺(滑層瘤が形成された成熟個体では、産卵期が近づくと生殖腺全体が黄色になる)の発達具合を評価・記録した。

 生殖腺観察(図4)の結果から、かわうち・まりん・びーちのウミニナは8月から9月に産卵することがわかりました。また、マーキング調査の結果から、浮遊幼生期を終えて着底した稚貝が10月頃に干潟に出現し、翌春に殻長4 mmから6 mmとなり、同年秋に殻長5 mmから10 mm(1歳)、その後3年で同20 mmから25 mm(4歳)に達すると考えられました。この結果を日本各地で行われた先行研究と比べてみたところ、陸奥湾のウミニナは南方の個体群と比較して、とてもゆっくりと成長することがわかりました。これらを手がかりにして、現場での個体群動態データ(図5;年齢構成や成長速度、浮遊幼生から成長した稚貝の出現などを推定できます。)を読み解くと、いずれの調査時にも殻長10 mm以下の個体が出現しており、少なくとも2010年から2018年までの毎年、その年に生まれた稚貝が新たに出現していたと考えられます。大きな個体は殻長50 mm近くに達しており、南の生息地(最大殻長:32 mmから38 mm)と比べると、陸奥湾のウミニナは非常に大きく成長することがわかりました。

図5.ウミニナの殻長分布。
図5.ウミニナの殻長分布。各グラフ中の正規分布曲線はサイズ・コホート(頻度分布から同一齢と推定されたグループ)を示し、個体群は少なくとも2から4のコホートから成っていた。多いときには2,000個体を超えるウミニナを、5年生が協力して測定した。
図6.ウミニナの成長速度。
図6.ウミニナの成長速度。成長は4月から9月にみられ、夏場によく成長した。低温だった2014年、2015年夏と比べ、日照時間が長く地温が高い2016年夏に大きく成長した。

 2014年から2016年の比較をしたことで、初めて見えてきたものがあります。図6は、マーキングしたウミニナの季節毎の成長速度(30日あたりの殻長成長量mm)をプロットしたものです。本調査地のウミニナは、4月から9月に殻が成長し、低温となる9月から4月には成長が完全に停止します。ウミニナの殻は、8月前後に最もよく成長しますが、2016年の成長速度が前の2年と比べてとても大きくなっていました。この原因を知るために、干潟の地温や気象データを調べてみたところ、著しい成長が見られた2016年夏は日照時間が長く、干潟の月平均地温も26.4℃と、前の2年よりも1.9℃以上高くなっていました。この結果から、夏場の温度環境が北限のウミニナの成長に影響していることがわかりました。

5.まとめと今後の展望

 小学校との共同研究により、陸奥湾のウミニナは南の個体群と比べてゆっくり大きく成長すること、また、冬場になると水のある低潮線付近に集まることがわかりました。これらは、緯度間での温度環境の違いを反映していると考えられました。また、陸奥湾では夏場の温度がウミニナの成長に影響する重要な要因であることも示されました。このことは、(1)気候変動にともなう温度の変化が干潟に暮らす海産動物の生活史特性を変化させること、(2)その影響は陸奥湾のような分布の北限付近でより大きくなる可能性があることを示唆しており、(3)市民科学的アプローチによる現場調査が、科学的に重要な発見につながることを実証しました。

6.注釈

注1:ウミニナBatillaria multiformis
本州から沖縄までの干潟にしばしば非常に高密度で生息するウミニナ科の巻貝文献2。高度経済成長期以降、東京湾などの海域で著しく減少しており文献6、環境省の準絶滅危惧種に指定されている文献1。国内での分布北限は青森県の陸奥湾。浮游幼生期を持ち、海流に乗って広域に分散することができる文献6
注2:市民科学(Citizen science)
職業研究者だけでなく、一般の市民もデータの取得や解析に参加した科学研究。近年、インターネットの発達やソフトウェアの開発、ガイドブックの整備などにより、気候変動、移入種、保全生物学、自然再生、水質モニタリング、個体群調査といった生態学や環境科学関連の分野で大きく発展しつつある文献7

7.研究助成

本研究は、以下の研究プロジェクトの一環として実施されました。
・国立環境研究所 気候変動適応研究プログラム
・JSPS科学研究費助成事業(17K07580, 20K06819)
・笹川平和財団 海洋教育パイオニアスクールプログラム

8.発表論文

【タイトル】
Life-history traits of the endangered mud snail Batillaria multiformis in their northern limit population in Mutsu Bay, Japan
【著者】Kanaya G, Yamada K, Itoh H, Igarashi T
【雑誌】Ecological Research 電子版
【DOI】https://doi.org/10.1111/1440-1703.12347

9.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地域環境保全領域海域環境研究室
 主幹研究員 金谷 弦(かなや げん)
 E-mail:gen (末尾に@nies.go.jpをつけてください)
 TEL:029-850-2590

【小学校での研究活動に関する問い合わせ】
一般財団法人 山形県理化学分析センター
 五十嵐 健志(川内小学校からの依頼により学校への取材も代行)
 山形県山形市松栄1-6-68
 E-mail:mbaydolphin50 (末尾に@gmail.comをつけてください)
 TEL:090-5356-5895

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
 E-mail:kouhou0 (末尾に@nies.go.jpをつけてください)
 TEL:029-850-2308

10.関連する文献

  1. 環境省(2020)環境省レッドリスト2020.環境省自然環境局生物多様性センター.https://www.env.go.jp/press/107905.html
  2. 環境省(2007)浅海域生態系調査(干潟調査)業務報告書.環境省生物多様性センター,236 pp.
  3. 金谷弦,上村了美,鈴木孝男,五十嵐健志(2020)同所的に生息するウミニナBatillaria multiformisとホソウミニナB. attramentariaの個体群構造と潮位分布における経年変化-陸奥湾芦崎干潟での事例.日本ベントス学会誌 75: 43–53
  4. Hoegh-Guldberg O, Bruno JFF (2010) The impact of climate change on the world’s marine ecosystems. Science 328: 1523–1528
  5. Adachi N, Wada K (1998) Distribution of two intertidal gastropods, Batillaria multiformis and B. cumingi (Batillariidae) at a co-occurring area. Venus 57: 115–120
  6. Furota T, Sunobe T, Arita S (2002) Contrasting population status between the planktonic and direct developing batillariid snails Batillaria multiformis (Lischke) and B. cumingi (Crosse) on an isolated tidal flat in Tokyo Bay. Venus 61: 15–23
  7. Silvertown J (2009) A new dawn for citizen science. Trends in Ecology & Evolution 24: 467–471

関連新着情報

関連記事

関連研究者