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2020年12月28日

OECMs-保護区ともう一つの保全地域-

特集 自然共生社会構築 生物多様性の危機に対処する
【環境問題基礎知識】

角谷 拓

OECMsとは

 2011年から2020年の生物多様性の保全に関する国際目標である愛知目標の一つに、「2020年までに、少なくとも陸域及び内陸水域の17%、また沿岸域及び海域の10%、特に、生物多様性と生態系サービスに特別に重要な地域が、効果的、衡平に管理され、かつ生態学的に代表的な良く連結された保護地域システムやその他の効果的な地域をベースとする手段を通じて保全され、また、より広域の陸上景観や海洋景観に統合される」という目標があります(目標11)。この目標の中で謳われた「その他の効果的な地域をベースとする手段(Other effective area-based conservation measures)」が頭文字をとってOECMsと呼ばれるようになりました。実は愛知目標が採択された時点では、一体どのような保全地域がこのOECMsに該当するかについての合意は存在しませんでした。OECMsの定義が合意にいたったのは、生物多様性条約の第14回締約国会議、2018年のことです。その定義は「保護地域以外の地理的に画定された地域で、付随する生態系の機能とサービス、適切な場合、文化的・精神的・社会経済的・その他地域関連の価値とともに、生物多様性の域内保全にとって肯定的な長期の成果を継続的に達成する方法で統治・管理されているもの」とされました。保護区とOECMsとの違いに注目してそのエッセンスを述べるとするなら、保護区は生物多様性の保全を主目的とする地域であるのに対して、OECMsは、利用や管理の目標に関わらず生物多様性の保全に貢献している保護区以外の地域であるといえます。保護区は目的によって定義され、OECMsは(生物多様性保全に役立っているという)結果によって定義されるということもできます。

OECMsの包括性

 愛知目標が2020年までの目標であることを考えれば、定義の確定こそ遅れた感が否めませんが、一方で、OECMsへの注目は最近急速に高まっています。その理由の一つは、OECMsの包括性にあります。例えば、日本の代表的な保護区である自然公園は、国土に占める割合が現在約15%です。南北に長い日本列島にはとても多様な生物が生育・生息していますが、その全てがこのような保護区の中で個体群を維持しているわけではありません。多くの生物は、保護区の外の85%(もちろん自然公園以外にも保護区はありますが目安としての値)に含まれる、森林や農地、湖沼や河川などを主要な生育・生息の場としています。このような保護区の外にある環境は、その大部分が林業や農業などの生産活動や、居住、あるいは治水・利水など生物多様性の保全とは異なる目的で利用されており、保護区の拡充による保全には大きな社会的コストを伴います。一方で、生物の生育・生息が長期間にわたって持続されてきたという結果にもとづくOECMsであれば、土地利用の主目的を変更することなく、生物多様性の保全地域として取り込むことが可能になります。里地里山に代表されるように、永年にわたる人の営みが結果として生物多様性の保全に貢献してきた歴史をもつ地域において、自然共生型の保全を維持・強化するツールとしてOECMsには大きな潜在力があります。

OECMsのタイプ

 保護区とOECMsともに域内の生物多様性の保全に貢献する区域であることは共通ですが、OECMsには、域内での生態系等の管理が生物多様性の保全をどのくらい意図したものであるかに応じて、保全は意図されていない地域(副次的)、保全は意図されているものの主要な目的でない地域(二次的)、保全を主要な目的とする地域(主目的)が含まれます(IUCN-WCPA Task Force on OECMs, 2019; 図1)。例えば、副次的な地域には、農業生産を目的とした伝統的な土地利用によって生物多様性が非意図的に維持されてきた地域、二次的なものには、治水を主目的として設置される遊水地が平常時には保全のために湿地環境として管理されている場合、主目的のものには、企業が森林を買い取り保全のための管理を行う場合などが含まれると考えられます。なお、保全を主目的とするOECMsと保護区の区別は、公的に保護区として指定・認証されているかどうかの違いであり、制度や管理者の意向などの条件が整えば、OECMsから保護区への移行も選択肢となります(図1)。

OECMsのタイプと保護区との関係の図
図1 OECMsのタイプと保護区との関係
(IUCN-WCPA Task Force on OECMs, 2019)を参考に作成

 このようにOECMsにはその包括性を反映して、域内の生物多様性の保全に貢献している幅広いタイプの地域が含まれることになります。一方で、その幅広さゆえに、OECMsの評価や、維持・強化を進めるための課題は、それぞれの地域が置かれた状況によって大きくかわります。前述の副次的な事例では、伝統的農業利用の中のどのような要素が生物多様性の保全に直接貢献してきたのかという、管理と結果の因果関係を明らかにすることが、有効な管理を長期間にわたって維持するために必要となります。また、主目的の事例として挙げた企業による森林管理では、保護区への移行を促す場合に、民間で管理される保全地域を保護区として認定する公的な仕組みを整える必要があります。国内ではこのような民間保護地域の指定・認証制度はまだ実現していません。

OECMsの評価と課題

 OECMsのもつ幅広さという特性を考慮しつつ、ある地域をOECMとして評価するための手順が、世界自然保護連合(IUCN)により整理されています(IUCN-WCPA Task Force on OECMs, 2019; 図2)。この評価手順では、評価対象となる地域ごとに情報を集約し、基準1~4の観点から、対象地域がOECMの候補としてふさわしいかを評価します。基準2では、地域内の生物多様性や管理の状態が、永続性に関する基準3では、土地利用・管理や所有に関する法律や契約など、社会的に効力の強い取り決めの有無などが重視されます。基準4では、生物多様性条約の3つの目的(①生物多様性の保全、②生物多様性の構成要素の持続可能な利用、③遺伝資源の利用から生ずる利益の公正で衡平な配分)のうち、①生物多様性の保全に焦点をあてた地域であるかどうかが重視されます。これは冒頭で述べたように、OECMsが愛知目標の目標11(目的①の生物多様性の保全に位置づけられる)の達成の手段として提唱されたものであることに対応しています。評価基準を満たす地域は、OECMの候補となり、各締約国における認証を経て、国際目標の達成度評価のために運用されているデータベースに登録されることになります。

 国立環境研究所では、日本自然保護協会と共同で、上記の手順に沿った都市公園等の緑地のOECMsとしての評価を試行しています。敷地内に緑地があること、管理主体となりうる事務所があることを条件に全国から緑地・施設2,000カ所余りをリストアップし、緑地を地図化した上で(基準1,基準2-①に対応)、それぞれの緑地内の管理者に対する緑地内の生物多様性の状態や管理の状況に関する情報収集を行いました。579施設から得た回答の一部を紹介します(図3)。

OECMsの評価の流れの図
図2 OECMsの評価の流れ 
(IUCN-WCPA Task Force on OECMs, 2019)を参考に作成
緑地の生物多様性と管理の現状に関するアンケート結果の図
図3 緑地の生物多様性と管理の現状に関するアンケート結果

 緑地内の希少種の生育・生息の有無については159施設が「あり」と回答し(基準2-③に対応)、その内、保全のための明文化された指針・計画の有無については53施設が「あり」と回答しました(基準3に対応)。この53施設は、管理者の意向との調整ができれば、OECM候補となる可能性がありますが、アンケートや聞き取りだけでは十分な情報が得られない事項もあり、次の段階として現地での情報収集も計画しています。

 このように、OECMsは保全への実質的な貢献の度合によって評価する必要があるため、評価対象地域ごとに多くの調査・情報を要します。潜在的には大きな広がりがあることが期待される一方で、どのようにOECMsの評価や認証を効果的に進めていくかという実務的な面で、検討すべき課題が多く残されています。

気候変動とOECMs

 愛知目標にもとづく検討の中で重要性が認識されるようになったOECMsは、生物多様性に関する2021年以降の国際目標の中でも、保護区とならぶ生物多様性保全のために必要不可欠な対策として、より野心的な目標値とともに位置づけられる見通しです。愛知目標での取り組みが礎となり、より広範な評価・認証と保全策としての強化が進むことが期待されます。

 今後、気候変動の進行に伴い、生物の分布や個体数に影響する気候条件の不確実性が一層大きくなることが予測されています。このような状況下では、地域の自然環境の特徴や社会条件に柔軟に対応できるOECMsは、コアとなる既存保護区の個体群への影響を緩和するバッファーや、生物の移動分散をたすけるコリドーの形成、各地に散在するセーフサイトのきめ細かな保全など、様々な面で重要性が一層増すと考えられます。今後、国立環境研究所では、保護区とOECMsを相補的に活用し、広域的な環境変動に対して頑健な保護区・保全地域ネットワークを計画・形成するための研究を展開します。

出典:
IUCN-WCPA Task Force on OECMs, (2019). Recognising and reporting other effective area-based conservation measures. Gland, Switzerland: IUCN.
ISBN: 978-2-8317-2025-8 (PDF)
DOI: https://doi.org/10.2305/IUCN.CH.2019.PATRS.3.en

(かどや たく、生物・生態系環境研究センター 生物多様性評価・予測研究室 室長)

執筆者プロフィール:

筆者の角谷 拓の写真

生物の分布がどのように決まっているかに興味があります。生物がどのように相互作用しているのか、生物群集の動態がどのように決まっているのかにも興味があります。生態学は面白いです。興味がつきません。生物多様性の保全と生態学分野での探究は、私の研究活動のモチベーションを支える両輪です。

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