ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2023年9月26日

国環研のロゴ
山小屋カメラを高山植生モニタリングに活用
深層学習を用いた植生図の自動作成手法を開発

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2023年9月26日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所
 

 高山植生は、気候変動に対して特に脆弱なことが知られています。効果的な保全のための基礎情報として、現在の植生分布をモニタリングすることが必要です。しかし、地形が険しくアクセスの困難な高山帯では、調査者の立ち入りによる植生調査を広域かつ高頻度で行うことが難しく、継続的なモニタリングが困難でした。
 このため、国立環境研究所の研究グループは、山小屋等に設置したタイムラプスカメラを用いて、地理情報化された植生図を自動的に作成する手法を開発しました。タイムラプスカメラは安価で簡単に広域、高解像度、高頻度の観測が可能である半面、得られる画像は一般的なデジタルカメラによるカラー写真であり、植物の分類が難しいことや、写真を整形して地図に重ね合わせること(オルソ化)が難しく、高山植生の位置や分布面積を正確に知ることが困難なことから、広域の植生分布の観測に利用された例はありませんでした。
 しかし、本研究では、夏から秋にかけての植生の葉色の変化パターンを用いることで、高精度な植生分類を可能にするとともに、地上撮影写真を正確にオルソ化する新規手法を開発しました。オルソ化手法はPython言語のパッケージとして再利用可能な形で公開しています。
 これらの本研究成果によって、従来は困難であった広域にわたる継続的な高山植生分布のモニタリングが可能になり、気候変動影響の早期発見や保全への応用が期待されます。本研究成果は、2023年8月10日付でWiley社から刊行された『Remote Sensing in Ecology and Conservation』に掲載されました。

1. 研究の背景と目的

標高の高い山岳域に分布する高山植生は、多くの固有種や希少種を含み、生物多様性の保全上、重要な植生です。しかし、寒冷な高山帯の環境に依存する高山植生は気候変動の影響を受けやすく、例えば、日本の高山生態系では融雪の早期化に伴うササ類の分布拡大が既に報告されています。
将来にわたって効果的な高山植生の保全を実現するためには、植生分布をモニタリングし続け、その変化をいち早く捉えることが必要です。しかし、地形が険しくアクセス性の乏しい高山帯では、調査員の立ち入りによる植生調査を広域かつ高頻度で行うことは困難です。また、調査員の立ち入りによる踏圧で植生がダメージを受けてしまうといった問題もあります。森林や草原の植生モニタリングでは、衛星画像やドローンの利用も活発に行われていますが、雲に覆われることが多い高山帯では衛星画像が利用できないことが多く、強風や険しい地形におけるドローンの操縦も困難です。
このため、国立環境研究所は、高山生態系の変化を観測するために国内約30か所の山小屋等にタイムラプスカメラを設置し、1時間に1枚程度の頻度で撮影を行ってきました(※1)。地上設置のタイムラプスカメラは極めて安価に広域、高解像度、高頻度の観測を実施することが可能であり、上空にかかる雲の影響を受けにくいといったメリットもあります。一方、タイムラプスカメラから得られる画像は一般的なデジタルカメラによるカラー写真と同じであり、また、広域を写した写真では、葉や花の形状が判別できないため、植物の分類が難しいことや、山を見上げるように撮影された写真を地図上に重ね合わせて表示可能な形式に変換すること(オルソ化)が難しいことから、広域の植生分布の観測に利用された例はありませんでした。本研究では、これらの問題を解決し、タイムラプスカメラから高山植生の分布を明らかにする手法を開発しました。

2. 研究手法

中部山岳国立公園内、北アルプスの立山近くに位置する立山室堂山荘(富山県中新川郡立山町)に設置されたタイムラプスカメラを用いて、手法の開発と検証を行いました。カメラは立山の西側斜面を2009年から撮影しています。本研究では2015年に撮影された写真を用いました。写真は国立環境研究所による気候変動影響モニタリング事業(高山帯)の一環として撮影されたものであり、国立環境研究所のホームページ上で公開されています(※1)。

植生分類手法

本研究では、継続的に高頻度の観測が可能なタイムラプスカメラの利点を生かし、夏から秋にかけての紅葉や落葉に伴う植生の葉色の変化パターンに着目し、その特徴に基づいて植生分類を行いました。デジタル写真は赤、青、緑の光の三原色からなる画素で構成されています。葉色の変化はタイムラプスカメラによって画素値の変化パターンとしてとらえられ、例えば、赤く紅葉する植生は秋に赤の画素値が高くなります。葉色の変化パターンを用いることで、葉の形状等が判別できないような遠方から撮影された写真においても、植生の分類が可能であると考えました。本研究では、時系列データの分類で高い性能を示すことが知られている深層学習モデル(Long Short Term Memory, LSTM)を用いて、画素値の変化パターンを、ハイマツ、ササ類、ナナカマド類、ミネカエデ、ミヤマハンノキ、その他植生、無植生の7カテゴリーに分類しました。

図1の画像
図1 タイムラプス写真と植生ごとの画素値の変化パターン。可視化のため、植生ごとに10個の画素をランダムに選び、その時系列変化をグラフにした。折れ線の色は赤、青、緑の3色を表し、例えばナナカマドでは9月下旬に赤色の画素値が高くなっていることがわかる。

オルソ化手法

オルソ化とは、横から撮影した山の写真を地形の三次元モデルに重ね合わせ、真上から撮影したように整形する作業のことです。このためには、地形モデルと写真との間で対応する箇所を見つけ出し、これを手掛かりに撮影に用いたカメラの状態(向きや画角等)を推定することが必要です。航空写真などの場合は、地理座標が既にわかっている地物を利用したり、決まった場所に標識を置いて地形と写真の対応付けをしたりしますが、高山帯では地物がほぼなく標識の設置も困難です。また、従来手法ではレンズの特性による写真の歪み(以下「レンズ歪み」という。)を無視しており、精度の悪化につながっていました。
本研究では、航空写真と地形モデルを組み合わせることで、山小屋に設置したカメラから見える風景のシミュレーション写真を作成し、シミュレーション写真と実際の写真の間で画像特徴に基づく対応点を自動で得る手法を開発しました(図2)。シミュレーション写真では、すべての画素が地理座標と紐づいているため、これとタイムラプス写真を重ねることができれば、タイムラプス写真の各画素に地理座標を付与し、オルソ化することができます。また、レンズ歪みを考慮することで、オルソ化精度の向上を実現しました。開発した手法はPython言語のパッケージとして再利用可能な形で公開しています(※2)。

図2の画像
図2 実際のタイムラプス写真(左、対応点の誤取得を減らすため、カメラ近くを撮影した手前部分は黒塗りにしています)とシミュレーション写真(右)の間で得た対応点(赤点)

3. 研究結果と考察

開発手法によって高精度の植生分類(平均F1値 0.937)、オルソ化(平均投影誤差 3.45m)を行い、植生分類図を作成することができました(図3)。植生分類では、タイムラプス写真を用いることによって、それぞれの日に撮影された一枚の写真を用いた場合と比べて大幅な精度の向上が見られ、葉色の変化パターンが植生分類に有用であることを示す結果となりました。また、オルソ化手法では、開発手法の二つの特徴(画像特徴に基づく地形と写真の対応付け、レンズ歪みの考慮)がオルソ化精度の向上に大きく寄与することが示されました。

図3の画像
図3 植生分類結果(左)とオルソ化後の植生分類図(右)

4. 今後の展望

本研究では、植生の分類カテゴリーを7つに絞っていましたが、実際には「その他植生」のカテゴリーに様々な種類の植生が含まれています。今後は、より細かい分類を試行することが必要です。また、開発手法を他の山岳域に設置されている既存のライブカメラやタイムラプスカメラに適用することで、広範囲にわたる植生分布の把握や植生変化の発見を過去にさかのぼって行い、気候変動影響の把握や保全方法の策定に応用することが期待されます。

5. 注釈

※1 国立環境研究所 気候変動影響モニタリング(高山帯)定点撮影カメラ
https://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/mountain/
同モニタリング 立山の様子
https://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/mountain/station.html?id=2
※2 ソフトウェア開発のプラットフォーム「GitHub」上で配布しているPython言語のオルソ化パッケージ「alproj(A simple georectification tool for alpine landscape photographs)」
https://github.com/0kam/alproj/tree/main/(外部サイトに接続します)

6. 研究助成

本研究はJSPS科研費JP21H03612の助成を受けたものです。

7. 発表論文

【タイトル】
Automatically drawing vegetation classification maps using digital time-lapse cameras in alpine ecosystems
【著者】
岡本遼太郎*, 小熊宏之, 井手玲子(国立環境研究所)*責任著者
【掲載誌】Remote Sensing in Ecology and Conservation 【URL】https://doi.org/10.1002/rse2.364(外部サイトに接続します) 【DOI】10.1002/rse2.364(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立研究開発法人 国立環境研究所
生物多様性領域 生物多様性保全計画研究室
 リサーチアシスタント 岡本遼太郎
 室長 小熊宏之
地球システム領域 陸域モニタリング推進室
 高度技能専門員 井手玲子

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
 国立研究開発法人国立環境研究所 生物多様性領域
 生物多様性保全計画研究室 リサーチアシスタント 岡本遼太郎

【報道に関する問合せ】
 国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
 kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

関連新着情報

関連記事

関連研究者

表示する記事はありません